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第4話 合宿夜話
前編
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「かぁ~、やっぱ走った後の温泉は最高だねぇ~!」
ひとみが湯船の中で大きく伸びをしながら恍惚の表情で声を上げる。自動車部一行は練習を終え、近くの温泉付き旅館に移動していた。
「イオックスもそうだけど、スキー場の近くは安くていい宿が有るから助かるわ」
「イオックス…、一体どんなコースなんですか?」
亜里沙はその名を何度か聞いているものの、まだ見たことの無いコースについてが響子に問いかけた。
イオックス・アローザ。富山県にあるスキー場であるが、その駐車場は夏季にはジムカーナ場として使用されている。全日本ジムカーナも何度も開催されているコースであり、今年の全国大会の開催コースでもある。
「基本的には大きな駐車場よ。パイロンコースとしては全国屈指の広さかしら。夏の予選を突破したらイオックスでも合宿するわよ」
「私もイオックス走ったこと無いんだよね。早めに一度走っときたいんだけどなぁ」
ひとみが二人の方に歩みよって来た。全く隠すそぶりも見せない均整の取れた体に、思わず亜里沙は見とれてしまう。
「気持ちは分かるけど先ずは予選突破に集中しなくちゃね。北陸工業大も相当気合入ってるわよ」
北陸工業大学、先の合同テストで2番手タイムを叩き出した石動悠希率いる北陸の雄だ。石川県に本拠を構えるが富山県のイオックス・アローザは目と鼻の先で、初の地元開催となる全国大会出場に並々ならぬ闘志を燃やしている。
「あそこの部長、おっかないからなぁ……」
ひとみは忌憚ない物言いの石動が元々苦手だったが、合同テストで負けて以降、その意識がさらに強くなっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
入浴、食事を済ませた面々は大部屋で今日の反省と明日の課題についてミーティングを行っている。
「明日は今日よりも難易度を上げたコースを予定している。2日目となると体力勝負だ、今晩は夜更かしし過ぎないでしっかり睡眠を取るように!くれぐれも事故だけはしないように気を付けてくれ。以上!」
八千代の総括で本日のスケジュールが終了した。
「はーい、みんなお疲れ様~!これは私たちからの差し入れよ~!」
沙織と八千代が近くのスーパーで買い出して来たクーラーボックス一杯の飲み物、お菓子おつまみの類が運び込まれてきた。
「おぉ、あざっす!ビール、ビールありますか!?」
真っ先にクーラーボックスに飛びついて来たのはひとみだ。
「勿論あるわよ~。うふふ、ひとみもようやく盃を酌み交わせる年になったわね♪」
「二十歳になったばかりなんだから、飲み過ぎには気を付けなさいよ。こら江梨奈!あなた未成年でしょ!」
冷酒の瓶に手をかけたようとした江梨奈を響子がたしなめる。
部員の中で未成年はまどかと1年生3人だ。こんな場なのでつい……となりかねない所だが、前部長&現部長の堅物コンビが監視の目を光らせている。
「あははー、スミマセン……実家にいた頃の癖でつい……」
「今のは聞かなかった事にするわ……」
「あ、そうそう!ひとみ先輩、今朝言ってたアタシの家が名古屋じゃないって話、詳しく聞かせてくださいよ!」
「ぷはぁーっ!あー旨い!!あぁ、あれか。お前、自分ん家の住所分かる?」
「それくらい分かりますよ、愛知県日進市△○※・・・」
「日進市じゃん」
「え?日進市ですよ。日進市って名古屋ですよね?」
「いや、日進市は日進市だろ。何言ってんの?」
『え、ええぇぇーーーーーーー!!』
突然の奇声に何事かと全員が集まってきたので、ひとみがことの顛末を説明する。
「え!え!ほだがておらのおばちゃん、アパート名古屋にある言ってただよ!」
「それはね、名古屋に隣接する市町村に住んでる人は、市外なのに何故か名古屋って言う傾向があるのよ。愛知県あるあるね」
響子が妙に納得した口調で説明する。
「それは名古屋というのは特定の地域では無く名古屋という概念の影響下にある一定の地域のことを名古屋と言う…ということなの!?」
「ちょっと、この子何言ってるの……?」
「えぇー、嘘だぁ~!おら名古屋駅から地下鉄乗って来ただよ!」
「赤池駅ね。あそこは名古屋の地下鉄で唯一名古屋市外にある駅なのよ……」
「い、嫌っ…!夏休み山形のともだぢさ遊びに来んだげど、名古屋でねぇってばれたらぜーってぇばがにされる……」
江梨奈は大粒の涙をたくわえ天井を見上げる。
―――『江梨奈さん、大丈夫ですよ』―――
「み、美優っち……?」
「江梨奈さんが住んでいる赤池はとっても便利な所なんです。地下鉄で2~30分で大須や栄に出られるんですよ」
「大須…?栄……?それは…名古屋なの……?」
「はい、それはもう名古屋そのもの、象徴オブ名古屋です。きっと山形のお友達も満足して下さると思いますよ」
「本当に……?」
「ええ、今度一緒に行きましょう。特に大須は私の庭のようなもの。ディープな名古屋の世界を堪能しましょう!」
「あぁーん!美優っち大好き!絶対連れてってね!!」
他の部員はようやく落ち着いたかと安堵したが、美優の案内先が栄ではなく大須な点に一抹の不安を感じていた。
ひとみが湯船の中で大きく伸びをしながら恍惚の表情で声を上げる。自動車部一行は練習を終え、近くの温泉付き旅館に移動していた。
「イオックスもそうだけど、スキー場の近くは安くていい宿が有るから助かるわ」
「イオックス…、一体どんなコースなんですか?」
亜里沙はその名を何度か聞いているものの、まだ見たことの無いコースについてが響子に問いかけた。
イオックス・アローザ。富山県にあるスキー場であるが、その駐車場は夏季にはジムカーナ場として使用されている。全日本ジムカーナも何度も開催されているコースであり、今年の全国大会の開催コースでもある。
「基本的には大きな駐車場よ。パイロンコースとしては全国屈指の広さかしら。夏の予選を突破したらイオックスでも合宿するわよ」
「私もイオックス走ったこと無いんだよね。早めに一度走っときたいんだけどなぁ」
ひとみが二人の方に歩みよって来た。全く隠すそぶりも見せない均整の取れた体に、思わず亜里沙は見とれてしまう。
「気持ちは分かるけど先ずは予選突破に集中しなくちゃね。北陸工業大も相当気合入ってるわよ」
北陸工業大学、先の合同テストで2番手タイムを叩き出した石動悠希率いる北陸の雄だ。石川県に本拠を構えるが富山県のイオックス・アローザは目と鼻の先で、初の地元開催となる全国大会出場に並々ならぬ闘志を燃やしている。
「あそこの部長、おっかないからなぁ……」
ひとみは忌憚ない物言いの石動が元々苦手だったが、合同テストで負けて以降、その意識がさらに強くなっていた。
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入浴、食事を済ませた面々は大部屋で今日の反省と明日の課題についてミーティングを行っている。
「明日は今日よりも難易度を上げたコースを予定している。2日目となると体力勝負だ、今晩は夜更かしし過ぎないでしっかり睡眠を取るように!くれぐれも事故だけはしないように気を付けてくれ。以上!」
八千代の総括で本日のスケジュールが終了した。
「はーい、みんなお疲れ様~!これは私たちからの差し入れよ~!」
沙織と八千代が近くのスーパーで買い出して来たクーラーボックス一杯の飲み物、お菓子おつまみの類が運び込まれてきた。
「おぉ、あざっす!ビール、ビールありますか!?」
真っ先にクーラーボックスに飛びついて来たのはひとみだ。
「勿論あるわよ~。うふふ、ひとみもようやく盃を酌み交わせる年になったわね♪」
「二十歳になったばかりなんだから、飲み過ぎには気を付けなさいよ。こら江梨奈!あなた未成年でしょ!」
冷酒の瓶に手をかけたようとした江梨奈を響子がたしなめる。
部員の中で未成年はまどかと1年生3人だ。こんな場なのでつい……となりかねない所だが、前部長&現部長の堅物コンビが監視の目を光らせている。
「あははー、スミマセン……実家にいた頃の癖でつい……」
「今のは聞かなかった事にするわ……」
「あ、そうそう!ひとみ先輩、今朝言ってたアタシの家が名古屋じゃないって話、詳しく聞かせてくださいよ!」
「ぷはぁーっ!あー旨い!!あぁ、あれか。お前、自分ん家の住所分かる?」
「それくらい分かりますよ、愛知県日進市△○※・・・」
「日進市じゃん」
「え?日進市ですよ。日進市って名古屋ですよね?」
「いや、日進市は日進市だろ。何言ってんの?」
『え、ええぇぇーーーーーーー!!』
突然の奇声に何事かと全員が集まってきたので、ひとみがことの顛末を説明する。
「え!え!ほだがておらのおばちゃん、アパート名古屋にある言ってただよ!」
「それはね、名古屋に隣接する市町村に住んでる人は、市外なのに何故か名古屋って言う傾向があるのよ。愛知県あるあるね」
響子が妙に納得した口調で説明する。
「それは名古屋というのは特定の地域では無く名古屋という概念の影響下にある一定の地域のことを名古屋と言う…ということなの!?」
「ちょっと、この子何言ってるの……?」
「えぇー、嘘だぁ~!おら名古屋駅から地下鉄乗って来ただよ!」
「赤池駅ね。あそこは名古屋の地下鉄で唯一名古屋市外にある駅なのよ……」
「い、嫌っ…!夏休み山形のともだぢさ遊びに来んだげど、名古屋でねぇってばれたらぜーってぇばがにされる……」
江梨奈は大粒の涙をたくわえ天井を見上げる。
―――『江梨奈さん、大丈夫ですよ』―――
「み、美優っち……?」
「江梨奈さんが住んでいる赤池はとっても便利な所なんです。地下鉄で2~30分で大須や栄に出られるんですよ」
「大須…?栄……?それは…名古屋なの……?」
「はい、それはもう名古屋そのもの、象徴オブ名古屋です。きっと山形のお友達も満足して下さると思いますよ」
「本当に……?」
「ええ、今度一緒に行きましょう。特に大須は私の庭のようなもの。ディープな名古屋の世界を堪能しましょう!」
「あぁーん!美優っち大好き!絶対連れてってね!!」
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