『不思議さんと僕』

水由岐水礼

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『雨の日、明日を探す少女 ~不思議さんと僕~』

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 登場は唐突で、別れも突然に。
 こちらの都合なんてお構いなし。
 それは、いつもと同じで……。
 今回の不思議さん、「明日を探す少女」も勝手に現われて、勝手に消えてしまった……。

 夜の城址公園に、僕は一人残された。
 同じ場所に立っているのに、葵さんがいなくなったその場所は、ひどく寂しく感じられた。
 さっきまでは、然して気にもしていなかったのに、夜の寒さが急に身近に感じられてしまう。
 でも。火照った顔や身体を冷やすには、夜風の冷たさとこの寒さはちょうどいいかもしれない。
 夜風に吹かれ、身体を冷やしながら思う。
 結局、葵さんは明日を見つけられたのかな。
 思い出したとか、ありがとうとか言ってたし。おまけに、最後には成長して大人になっちゃったことだし。
 きっと、見つけられたんだとは思うけど……。
 葵さんの言っていた明日って、いったい何のことだったんだろう。
 確かめたくても、それを教えてくれる不思議さんはもういない……。
 せめて、消えてしまう前に、それくらいは教えていって欲しかったなぁ……。
 そういえば……挨拶もなしだったな。
 出会いの「こんにちは」も、別れの「さよなら」も。
 どちらの言葉も、僕は葵さんから貰っていなかった。
 何の説明もなく、挨拶もなく消えてしまうなんて……。
「……本当に礼儀知らずな娘だよな」
 まあ、お礼の言葉だけは、ちゃんと貰ったけど。
 と、その時の感触を思い出し、また顔が火照ってきてしまう。
 当分の間、こんな風に思い出しては、赤面してしまうんだろうなぁ……。
 僕は小さくため息を吐いた。
「まったく……厄介な置き土産を残していってくれたもんだ」
 だからといって、返すわけにもいかないし。
 僕に今できることは、苦笑するくらいのことだった。
 苦笑の後、もう一つ深く息を吐き、「さて」と僕は視線を落とす。
 葵さんの残していった、もう一つの置き土産である蛇の目傘。
「これは、どうするかな……」
 とりあえず、手に持ったそれを開き、差してみる。
 その瞬間。……月が消えた。
 それは蛇の目模様に視界が遮られたからじゃなく……文字通り、月は僕の目の前から消えてしまっていた。
「………………」
 ……雨が傘を打っている。
 晴天から一転、雨天へと。
 傘を差した瞬間、夜の闇は一瞬で退散し、僕の目に映る世界は昼間に戻っていた。
 けれど、僕の傍らに葵さんの姿はない。
 僕は一人、雨の中、昼間の城址公園にいた。
 月や星の消えた空は、鈍色の雨雲に覆われている。
「なんだ、これ……?」
 もしかして……まだ終わってない?
 葵さんはもういないけど、今回の不思議はまだ継続中なんだろうか。
 いったい……どういうことなんだ?
 ブレザーの袖を捲り、腕時計を確認してみる。
 PMの後に続くデジタル数字は、今が夜であることを表わしていた。
 僕は傘を下ろした。
 すると、空は月が浮かぶ星空に変わり、夜が戻ってきた。
 街灯の明かりが、僕を照らしている。
「つまりは、そういうことか……」
 再び蛇の目傘を頭の上に持っていく。
 やっぱり……。これがスイッチだったようだ。
 街灯の明かりが消え、見慣れた町がまた明るさを取り戻す。
 僕の目に映る世界は、小雨の降る昼間に変わってしまっていた。
 そして、気づく。
 ……軽い。まるで傘なんて差していないかのようだった。
 持っていることを感じさせないくらいに、蛇の目傘は重量を感じなかった。
 閉じている時は、ちゃんと重さを感じたのに……。

 どうやら……見誤っていたらしいな。
 遅ればせながら、僕は自分の間違いに気づいた。

「……この傘だったんだ」
 今回の不思議さんは、葵さんじゃなく……この傘、「雨降り蛇の目」の方だったんだろう。
 僕が勝手にそう思い込んでいただけで、葵さんは不思議さんじゃなかったんだろう。
 こんな傘をずっと差していたら、そりゃあ明日なんて来ないよな……。
 明日なんて、いくら探してみたところで見つかるわけがない。
 だって、いつまで経っても、翌朝どころか夜さえやって来ないんだから。
 前に進むことや、自分が探し求めていた何か……。
 ……移ろわず変わらない。止まった時間の中で、彼女はいつしか忘れてしまったんだろう。
 葵さんも僕と同じ。きっと、不思議さんと縁を結べる人だったんだろう。
 だから……運悪く、囚われてしまった。
 ……何かの魔法や呪いみたいだな、と思う。
 でも、傘を奪っただけで解けてしまう魔法というのも、ひどく儚いよな。
 明日という新しい一日への架け橋、夜空を見上げただけで解けてしまうような魔法。そんなものを葵さんに掛けて、この傘は何をしたかったんだろう?
 いろいろ謎だらけの一日だったけれど、今回の一番の謎はこれかもしれない。

 だけど。そんなことよりも、いま一番解決しなきゃいけない問題は……。

 ぐぅ。……これかな。
 腹の虫。こいつを、どうにかしないと。
「……腹減ったな」
 不思議さんの謎よりも、腹の虫の鳴き声。
 今の僕にとっては、そちらの方が大きな問題だった。

 だから。
「……帰ろ」
 不思議の仕組みを解いた僕には、おかしな魔法が掛かることはないだろう。
 暗い夜道を歩いて帰るよりは、安全そうだし。
「このままでいいか……」

 ぐぅ……。
 はいはい、急ぎますよ。

 あと残り一つ、最後のキャラメルを口を放り込むと、雨降り蛇の目を差したまま、僕は家路についた。


 一時間後……。
「あはは……」
 腹ペコの僕を迎えてくれた夕食メニュー、そのメインは……。
「これは、たまたまだよな……」
 ……誰かさんの大好物である、オムライスだった。

 風呂上がりでもないのに、また……。
 ……これは、思っていたよりもずっと、厄介な置き土産かもしれないな……。

 雨降り蛇の目の魔法には、掛からなかったけれど。
 どうやら、僕は、軽く別の魔法に掛かってしまったらしかった……。
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