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番外編

25-2

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「どうしたのですか? 頭がいたいのですか?」

 小首をかしげてこちらを見上げる水色の髪の男の子。
 美しい子ではあったが、もっと美人で美形、グラマラスな者たちを相手にしてきたロヴィス。
 特に思うことはなかった。

「僕の大好きなブルネを分けてあげます! これを食べると元気になれますよ!」

 ブルネという紫の果物をこちらによこして、にこにこと笑いかけてくる。

 いつもどろついた笑顔を向けてくる貴族たちしか相手にしていなかったので、アルブレヒトのこの笑顔はロヴィスにとって眩しく見えた。
 アルブレヒトが目を開けると、キラキラと宝石のような瞳が輝く。

 だがロヴィスは期待していなかった。

 きっとこの笑顔の裏にも何かしらの思惑があると思ったからだ。

「いらん」

 自分でもずいぶんとそっけなく突き返してしまったと思った。

 アルブレヒトは肩を落としてこちらに差し出した手を下げる。
 いまにもその大きな瞳から涙がこぼれ落ちそうだった。
 
 その様子を見て少し後悔した。
 まだあどけない子どもに対して接する態度ではなかったと反省した。

 ――だがもう寄ってこないだろう。

 これでいい、他の誰にも期待などしない。
 ロヴィス自身を見てくれる人など、いないのだから。
 
 
 だが、ロヴィスの予想に反していつも後ろをくっついてくるようになり、次第に弟のように可愛く思うようになった。

「ロヴィス! ロヴィス!」

 笑顔で後ろを追いかけてくる健気な姿に愛しさを感じる。

 アルブレヒトの思惑は実際のところはあったが、この辺鄙な領地を助けて欲しい、あわよくば、自分のためにブルネを取ってきて欲しい、というなんともふわふわとしたものだった。
 それを知ったロヴィスはすっかり毒気を抜かれた気分になった。


 だが、仲良くなったとはいえ、アルブレヒトに飛竜の背に乗せて欲しいと言われた時は断った。
 飛竜を乗せるのは自分自身のみ、そう決めていた。
 乗せるとしたら、きっと人生の伴侶であろうか。
 だが、自分にそんな存在は必要ない。
 必要性を感じなかった。周りからは結婚しろ、後継者を残せ、と色々言われていたが、そんなつもりも毛頭なかった。
 
 王族として生まれ育ち、弟であれど実力主義の国である。
 兄よりも優秀であることを示すことができれば、王位を手にすることも夢ではなかった。
 だが、秀でて優秀である兄に勝てることといえば武術だった。
 他のことで勝つことは叶わなかった。
 いくら勉強して努力したところで敵う相手ではなかったのだ。
 国王である父も、最初は自分にも期待を向けてくれていたが、すぐに期待を超えてこないとわかるとロヴィスに対して落胆した。
 そして次第に興味を示さなくなり、接する機会も少なくなった。
 母親である第二王妃は、ロヴィスに王位を継がせることしか考えておらず、期待を押し付けるばかりでロヴィス、という自分を見てくれることはなかった。
 ロヴィス自身も、だんだんと周りに期待するのをやめた。
 血を分けた肉親ですらこうなのだ。
 自分を見てくれる相手が現れることを期待するのをやめた。
 自分のことは、自分自身がわかっていればそれでいい、そう思うようになった。
 
 だがアルブレヒトと出会ってそれは間違いだったと感じた。

 子どもだと思っていたアルブレヒトは年々成長していき、自分の中の気持ちにも変化が現れていった。
 大きくなっていっても変わらず、憧れの眼差しを自分に向けてくるアルブレヒト。
 別に自分はアルブレヒトのことを好きでもなんでもなかったはずなのに、この気持ちはなんだろう。
 この笑顔を独り占めしたいといつしか思うようになった。
 自分だけに笑いかけて欲しい。
 笑って、怒って、泣いて、そして……。
 ひたむきにずっと好意をむけてくるアルブレヒトに、それ以上を求め始めていた。
 
 自分を愛して欲しいと。

 ロヴィスが愛するのと同じだけの気持ちが欲しいと。

 そんな想いが溢れ出過ぎたのか、ある日アルブレヒトの兄であるエミールに呼び出された。

「閣下、アルブレヒトに好意を抱いているのであれば、口説くのはアルブレヒトが成人してからにしてください」
 
「口説く口説かないは俺の自由のはずだろう。そんなことを兄であるお前がでしゃばる問題ではないはずだ」
 
「このことは、父であるデューラー男爵も同意のことです」

 デューラー男爵の名を出されれば了承するしかなかった。
 律儀にもその約束を守り、アルブレヒトが成人を迎えるのを今か今からと待ち望んでいたのに、その直前に横から掻っ攫われるなんて思いもしなかった。
 しかも自分と同じような地位にあるカスパー第二王子。
 ロヴィスの場合はもうすでに第二王子ではない。第一王子である兄が国王となった時、辺境伯の伯爵位となり王位継承権は放棄している。

 言いようのない怒りや嫉妬が湧き上がる。

 他の男と婚約したからといってアルブレヒトを諦められるほど簡単な想いではなかった。
 もうすでに自分の中でアルブレヒトへの想いは大きく育っていたからだ。

 アルブレヒトを自分のものにするにはどうしたらいいか考えた時、ふと思いついた。
 代わりを用意すればいいのだと。

 自分にはアルブレヒトの代わりなどいない。だが、カスパー王子はどうだろうか?
 自分以上にアルブレヒトを愛している者などいない。そんな思いから、きっと代わりを立てれば王子はそちらに乗り換えてしまうだろうと思った。
 そしてその代わりがカスパー王子の理想的な相手で、しかもドラマチックな出会いを用意すれば、きっとカスパーは食いついてくるはずだ。
 
 ロヴィスはすぐに準備に取り掛かった。
 思った以上に長い時間がかかったが、最終的にアルブレヒトが手に入りさえすれば構わないと考えた。
 
 だがアルブレヒトの初めてをカスパーに奪われたと知った時は、カスパーをどんな無惨な目に合わせながらいたぶり殺してやろうかと考えたこともあった。

 領主補佐のコンラートには足元に泣きつかれながら、リヒャルトに必死に説得されてそれは思いとどまった。

「今カスパー王子を殺してしまったら、一生アルブレヒト様の中にカスパー王子が居座りますよ! それは嫌でしょう?!」

 殺してしまっては、アルブレヒトの心に深くカスパーが根付いてしまうだけだ。
 それはさすがに面白くない。
 アルブレヒトにはロヴィスのこと以外考えてほしくない。
 消すのは諦めて、アルブレヒトの気持ちをロヴィスで塗り替え、綺麗さっぱり忘れてもらうのがいいと思い直した。
 
 それに、コンラートのロヴィスの足に抱きついて泣きながら叫んだ言葉にも頷けた。

「閣下、冷静になってくださいいい! アルブレヒト様の初めての人になるより、アルブレヒト様の最後の男になる方がいいでしょう?! ね? ね?!」

 確かにその通りだ。
 最後の男になる。

 アルブレヒトのこの先の人生の全てを手に入れる。




END
 

 
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