上 下
40 / 51

20-2

しおりを挟む
 しばらくひとりで泣いていると、後ろの方から何か音がするのが聞こえていた。

 なんだろうとは思ったが、後ろは崖だったからあまり気にしなかった。
 それにここにはアルブレヒトと小麦畑しかない。こんな朝早くから働く領民はいない。
 アルブレヒトを追いかけてくる人だって、いないのだ。

 コロコロと石が落ちていくような音。
 その音が次第に大きくなる。

 その時にやっと、土砂崩れでも起きたのかもしれないと、もたれていた岩陰から後ろを振り向いた。
 

 ズドン!
 

 大きな音を出して崖の下から鋭い爪を持つ腕が這い上がってくるのが見えた。
 

 ――リンドヴルム……?! まさか、うそ、……どうして……!
 

 崖の下は深い魔の森が広がっている。
 だがリンドヴルムは翼はあるが飛べないし、崖もかなりの角度があり、昇ってくる個体など今までいなかった。

 リンドヴルムの全身が顕になる。

 這い上がってきたリンドヴルムから長い首を持つ三つの頭が生えていた。

 ――こんな個体……今まで見たことない……!

「っ…………っ!」

 サッとアルブレヒトは岩陰に隠れた。
 身を小さくしてひっそりと、口と鼻を両手でしっかりと塞いだ。
 呼吸の音を知られたくなかったからだ。

 どしん、どしん!と地面を歩く振動で砂利が動き、その振動はどんどんと近づいてくるようだった。

 ――くるなくるなくるな!

 気づかれたくないのに、自分の心臓の音がドクドクとうるさく聞こえた。

 不意に、振動も音も、ピタリと止まった。

 ――いなくなった……?

 止めていた息をホッと吐き出した。

 

 

 ぺちゃ
 



 何か粘着力のあるものが、頭から頬にかけて落ちてきた。
 手でそれを拭って感触を確かめたが、これは一体なんだろうか。

 何かが荒い息遣いをする音が嫌に鮮明に聞こえる。

 アルブレヒトは上を、ゆっくりと見上げた。

 涎を垂らした三つの頭が半開きの口を開けてその鋭くも凶悪な牙を見せつける。

「ぁ……あ、…………ぁあ、……っ………………」

 声になっていたかわからない。
 

『グォォオオオォーーーン!!!』


 三つの頭が同時に強烈な咆哮を上げた。
 森全体に響くような大きな唸り声を出し、あたりに涎を撒き散らしながらその大きな巨体を揺らす。

 頭が三つあるだけじゃなく、通常のリンドヴルムよりも体が大きい。

 キーンと耳鳴りがして、逃げなきゃと思うのに体が全く動かなかった。
 腰は抜けているし、完全に威圧されて、ひるんでしまった。

 ギョロリとした目がこちらを睨む。

「ひっ……」

 それでも動けない。
 恐怖に涙も声も出なくて、助けも呼べない。
 
 誰もいない小麦畑の真ん前で、鼻先にリンドヴルムがいる状況で助けを呼んだとしても助かる訳がないのに。
 喉の奥まで出てきた彼の名前も、呼べなかった。

 三つの魔物の大きな口が開く。
 スローモーションのように牙が己に向かってくるのが見えた。
 

 ――ああ、喰われる……。


 三つのうち、真ん中の頭の大きな口が目の前に迫り来る。
 中は真っ黒で、ブラックホールのようだ。
 
 ギザギザと尖った牙が体に刺さったら、ものすごく痛いのだろうか。
 
 他の二つの頭にも肢体を引きちぎられて、飲み込まれて、苦しみの中で絶命するのか。

 ゆっくりと進む時間の中で、人は死ぬ前はそんなことを考える余裕があるんだな、なんて自分で自分に感心した。

 そして諦めて目を閉じた。

 最後に浮かんできたのは金色の瞳のロヴィスだった。

 ――ロヴィス……
 
 
 


 

 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

寂しい竜の懐かせ方

兎騎かなで
BL
ジルは貴重な宝石眼持ちのため、森に隠れて一人寂しく暮らしていた。ある秋の日、頭上を通りがかった竜と目があった瞬間、竜はジルを鋭い爪で抱えて巣に持ち帰ってしまう。 「いきなり何をするんだ!」 「美しい宝石眼だ。お前を私のものにする」 巣に閉じ込めて家に帰さないと言う竜にジルは反発するが、実は竜も自分と同じように、一人の生活を寂しがっていると気づく。 名前などいらないという竜に名づけると、彼の姿が人に変わった。 「絆契約が成ったのか」 心に傷を負った竜×究極の世間知らずぴゅあぴゅあ受け 四万字程度の短編です。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢
BL
2023/01/27 完結!全117話 【強面の凄腕冒険者×心に傷を抱えた支援役】 孤児院出身のライルは田舎町オクトの冒険者ギルドで下働きをしている20歳の青年。過去に冒険者から騙されたり酷い目に遭わされた経験があり、本来の仕事である支援役[サポーター]業から遠退いていた。 しかし、とある理由から支援を必要とする冒険者を紹介され、久々にパーティーを組むことに。 その冒険者ゼルドは顔に目立つ傷があり、大柄で無口なため周りから恐れられていた。ライルも最初のうちは怯えていたが、強面の外見に似合わず優しくて礼儀正しい彼に次第に打ち解けていった。 組んで何度目かのダンジョン探索中、身を呈してライルを守った際にゼルドの鎧が破損。代わりに発見した鎧を装備したら脱げなくなってしまう。責任を感じたライルは、彼が少しでも快適に過ごせるよう今まで以上に世話を焼くように。 失敗続きにも関わらず対等な仲間として扱われていくうちに、ライルの心の傷が癒やされていく。 鎧を外すためのアイテムを探しながら、少しずつ距離を縮めていく冒険者二人の物語。 ★・★・★・★・★・★・★・★ 無自覚&両片想い状態でイチャイチャしている様子をお楽しみください。 感想ありましたら是非お寄せください。作者が喜びます♡

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

処理中です...