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 ◇

 小麦畑を一緒に見に行ってからロヴィスはあからさまにアルブレヒトを避け始めた。
 食事はもう一緒に取ることはないし、二人でデートをすることも、ロヴィスが夜にアルブレヒトの部屋に訪れることも無くなった。

「なんで……」
 
 いきなりロヴィスとの逢瀬がなくなり、ショックだった。
 あんなに強引にアルブレヒトに迫ってきたロヴィスが、こんなに簡単に引いてしまうなんて考えてもみなかった。

 アルブレヒトのお願いを、こうまで徹底的に叶えてくれることになるなんて想像もつかなかったのだ。
 ちょっとしたお願いのつもりだったのに、思ったことを深く考えもせずに口にしてしまったことをアルブレヒトは後悔した。
 

 一人の夜はすでに辛くて耐えがたいものになっていて、彼がいない夜は寂しすぎる。

 どうにかロヴィスに会って撤回しようとしても、肝心のロヴィスが捕まらなかった。
 廊下でロヴィスの姿を見かけても、角を曲がると途端に消えしまう。

 アルブレヒトの居場所がいつでもどこでもわかるかのようにすぐにいなくなる。
 フランツの執務室を訪れているときいてかけつけても、すでにいない。
 厩舎のシュタルクの元へと向かって待ち伏せしても、一向に出会えない。

 ロヴィスは予知能力でも持っているのか。

 次第にイライラが溜まってきた。発散されることのない体の熱も溜まりきっていた。
 一度覚えてしまった快感を忘れることはできなかった。

 (こんな体にしたのはロヴィスの方なのに……)

 快楽に弱い自分も自分だが、ロヴィスがアルブレヒトの体を開いたのだ。
 責任を持ってその熱を発散させるのも当然ではないのか?

 そんな自己中心的な考えがずっと頭の中にあってアルブレヒトをいらいらさせた。

 そして不安もどんどん大きくなっていく。

 ロヴィスが心変わりしてしまったらどうしよう。また婚約を破棄されるかもしれない。
 こんな自分がロヴィスの婚約者だなんて、気の迷いだった、なんてことがあるかもしれない。

 ――やはり話し合うべきだ。

 次に見かけたら絶対に捕まえて、話をしようと決めていた。

「ロヴィス! 待って!」

 フランツの執務室から出てきたロヴィスにすかさず声をかけた。

 張り上げた声は確実にロヴィスまで届いているはずなのに、ロヴィスは聞こえていないかのようにアルブレヒトと反対の廊下へと向かう。

「ロヴィス!」

 思い切り走って追いかけた。

「待ってください!」

 やっと追いついて、ぐいっとその腕を掴んだ。

 
 ぱしっ!
 

  ――え……。

 ロヴィスを掴んだ手は振り払われた。

 振り払われしまうなんて思わなかったアルブレヒトは突然のことにびっくりしてしまった。

 乱暴に振り払われた訳ではないのに、思わぬ動きにひゅ、と一気に心臓が冷えた。

 走って上がった息は一気に下がる。
 全身の血の気もすっかり引いていた。

「ロ、ロヴィス?」
 
「……なんだ?」

 振り返った表情は何の感情もうつしてはおらず、アルブレヒトは怖くなった。
 声は冷たいくらいに低くて、ぶっきらぼうに感じた。

 どうしてか、怒っているようなその態度に、心臓が嫌な音を立てながらドクドクと鳴る。

「怒っているのですか?」
 
「いや、……ただ不意に触れないでくれ。不愉快だ」

 不機嫌な声でそう言われれば、頷くしかできなかった。

「と、突然……ごめ……ん、なさい」
 
「次からは気をつけてくれ」
 
「ぁ……」

 怒らせてしまったと思って怖くなって、話したい事は何だったか、用意した言葉が出てこない。

 何か言おうと口を動かしても、唇が震えていて声が上手く出せそうにない。

 実際ほんの数秒だったと思うのだが、沈黙がずいぶんと長く感じた。

 ちょっと前はお互いに何も言葉がなくても心地よい雰囲気で過ごせていたのに。
 今はこんなにも沈黙が怖い。
 だけど何を話せばいいのかわからない。

 何か話さなければと思うのに、言葉が詰まって出てこない。
 そんな状況が恐ろしい。

 何も言わないアルブレヒトに代わりロヴィスが口を開く。

「もういいか? こちらも暇ではないのでね」
 
「っ……!……ぁ、ごめ、……なさ……っ」

 絞るように返事をしたら、こちらを気遣うこともなく、すぐに踵を返して大股で行ってしまった。

「っ……」

 ――くるしい。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。話し合いたいことも、何も話せないままだ。
 


 
 

 部屋に戻り、夜になると余計に体は疼く。
 心は苦しめられているのに、体はなぜかこんなにもその相手に反応する。
 ロヴィスはここにはいないというのに。

 どうにかして体の奥の熱を発散しようと、自慰をしてみても上手くいかない。

 ベッドの上で横向きになって勃ち上がった自身を慰める。けれどどうしても最後までいけない。

「……っうう……どうしてぇ……」

 いきたいのに、いけない。

 そろそろと手を後ろに忍ばせてみる。
 自分でするのは怖いけど、もう体がつらすぎて何とかしたい。

 ゆっくりと指を入れた。

「んんっ……」

 恐る恐る中を探るように動かす。
 自分の指じゃ違和感しかなくて、こんなんじゃいける気がしない。

「う……ぁ……はぁ……っ。なんで、ロヴィス……」

 どうしてロヴィスはここにいないんだろう。
 どうして自分はこんなことをしているんだ。

 一人でいじっている行為も虚しくて苦しい。

 つうっと涙が流れてシーツに染み込んだ。

 このまま予定の一月が過ぎてロヴィスと領地へ赴くことになってしまったら、こうやって自分を慰める日々が続くのか。

 考えたら頭もズキズキと痛み出した。

 もう熱を発散するのは諦めて、用意していたタオルで汚れた体を拭き取った。

「婚約なんて……」

 ――婚約なんてしなければよかった……。

 最後まで言葉にはしなかったが、そんなことを思ってしまった。そしてそんな自分に自己嫌悪した。
 婚約を受け入れると決めたのは自分なのに。
 早まったことをしてしまったのかもしれない、との考えが頭の中にまとわりついて離れない。

 ロヴィスの考えている事がわからない。自分もどうしたいのか、するべきなのかすらわからない。

 惚れた相手に急に態度を変えられて振り回されている愚かな自分。
 そんな自分がとても滑稽に思えた。

 婚約を破棄してしまえば簡単だ。
 父には婚約報告をしたが婚約発表を大々的にしたわけではない。

 だけど、それはしたくない。そんな簡単に諦められないほどロヴィスを愛している。
 いつからこんなにロヴィスのことが好きになっていたんだろう。
 自分でも知らないうちに大きな存在になりつつある。
 こんな簡単に壊したくない。

 ――ちゃんと向き合おう。
 
 一人で考え込んでいても仕方がない。
 話し合う必要がある。
 まだ日も登っていないほどの朝だったが、朝食の時間まで待ったらロヴィスは捕まらないかもしれないし。
 思い立ったらいてもたってもいられなくなった。



 
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