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しおりを挟むそんな毎日を一週間ほど続け、今日は秋の収穫の前に小麦畑を見納めようと、二人で出かけた。
アルブレヒトが見たいと言った願いをロヴィスが叶える形となったのだった。
段々に連なる小麦畑を見渡せる高いスポットに二人腰を下ろす。
収穫を間近に控えた小麦は、さわさわと揺れて黄金の色をたなびかせている。
久しぶりに見る小麦は、とても幻想的に輝いていて一際美しく目に入った。
「きれい……」
金色が反射して光ったように隣に座るロヴィスの瞳も温かく光る。
「絶景だな」
「……なんで僕ばかり見ているんですか」
隣に座るアルブレヒトの姿を小麦色の竜目がじいっ、と見つめる。
「美しい背景に俺の可愛い婚約者殿がいるのを目に焼き付けているんだよ」
「僕の後ろに小麦畑はないですよ。あっちです」
目の前を指差すが、その先には興味はないと見向きもしない。
その手を取って、手の甲にキスをしてすりっと頬を重ねた。
「たんなる草木も、婚約者殿のおかげて特別きれいな背景に変わるな」
「ー~~っ! なにを言ってるんですか!」
「本当のことだからな」
「っもう!」
恥ずかしげもなく、そんなことを言ってくる。
常に顔が火照って頬がどんどん赤くなっていく気がする。
――よくこんな恥ずかしい言葉がポンポン出てくるものだ。
二人でいる時はいつもこんな感じで口説いてくる。
婚約した後にこんなに口説いてくるとは一体どういうことなのか。
いつもロヴィスの恥ずかしい言葉の数々に、アルブレヒトが照れて、プンスカと怒っているような気がするのは気のせいではないだろう。
じっと見つめてくる視線を無視してもう一度目の前の小麦畑へと視線を向けた。
ゆらゆらと風に揺れる小麦を見ていると、心がゆっくりと落ち着いていくのがわかる。
穏やかな日々。
冷静になると、今ではなく先のことを考えてしまう。生活環境が一気に変わったら、どうなってしまうのかと一抹の不安もそこにはあった。
辺境に二人で帰ったらロヴィスは忙しくて、毎晩抱かれることはなくなるかもしれない。
自分だって、覚えることはきっとたくさんあるだろうし、辺境伯の奥方としての責務もあるだろう。
それに、これ以上抱かれ続けてロヴィスに溺れ続けたら、一夜だって一人で寝るのは寂しくて寂しくてどうにかなってしまいそうだと、そんな不安がよぎる。
――慣れてしまう前に、頻度を抑えて貰うのがいいかもしれない。
小麦畑を見ていたら心が落ち着くどころか、それを通り越して不安になるなんて考えもしなかった。
その不安は大きくなって、もう喉奥までさしかかってきている。
言わないほうがいいとはわかっている。でも言わずにはいられなかった。
「ロヴィス……ちょっとお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「お前の願いなら何でも叶えよう」
俺の可愛い人、と口にキスをされそうになる。
(ダメだ。キスしたら……)
ロヴィスのキスは中毒性がある。
気持ちがいいし、何も考えられなくなってしまう。
ふいっと顔を逸らしてロヴィスの唇から逃げた。
「その……夜の、頻度を…………少なくしたいのです。あまり、お互いの負担になってしまわないかと心配で……」
「……俺には何の不満もないが? お前には負担になっていたのか?」
口から『お互い』なんて言葉が出てきたが、いつも求めてくるのはロヴィスの方で、そうすると負担に思っているのはアルブレヒトということになる。
「……負担……というわけでは…………」
「だったら今のままでも支障はないだろう」
「ですが……その……」
「はぁ、なんだよ……」
気まずい空気が流れて、お互いに言葉を発することができなかった。
この少しの沈黙がお互いの間に溝を作り始めた。
「……お前がどうしてもというのなら、それを叶えよう」
意外にもあっさりと、なにも詮索されずに頻度を減らしてくれることになった。
――よかったんだ、これで。
そう思うのに、ズキン、と胸が一瞬痛くなった。
自分から言い出したくせに、何も理由を聞かずに頷かれてしまい、寂しいな、と思ってしまった。
こんなに面倒くさい性格だっただろうか、自分は。
ロヴィスのこととなると、自分が自分じゃないみたいに訳のわからない行動をとってしまうことがある。
初恋の憧れの人に舞い上がる10代のように、気持ちの浮き沈みも激しい。
「ありがとう、ございます。あと……もし領地が大変そうでしたら、先にロヴィスだけでも帰ってもらっても構いませんからね。僕は、後からでも一人で向かえますから」
一人でも平気だと、安心してもらえるように無理に笑顔を作ってみせた。
(苦笑いがバレてるかな……)
口角や眉尻が引き攣っている感覚があったけど、それらを隠しながら高めの声を出した。
自分と一緒にいる時間を無理矢理作ったせいで、辺境地で何か問題が起きてしまっていたらどうしようとも思ったのは事実だ。
戻った途端にロヴィスはその後始末に追われてしまうかもしれない。
そしたらそれは当然、ロヴィスの負担になってしまうだろう。
自分のせいでロヴィスが大変になるのはなるべく避けたかった。
なるべくロヴィスの負担になりたくない。
「お前はそれで平気なんだな……」
「え……?」
「いや、……なんでもない。もう戻ろう」
「あ……は、はい」
掴まれていた手は簡単に離された。
温かったロヴィスの手が離れると、秋風に吹かれてどんどんとアルブレヒトの手は冷えていく。
来た道ではずっと腰を腕をとってくれていたのに、ロヴィスはアルブレヒトの前を一人でずんずんと進んでいく。
脚の長さは言うまでもなく、歩幅も違うので、ロヴィスが合わせてくれなければ歩くスピードは全く違うのだとわかった。
小走りで追いかけてもロヴィスの後に追いつけない。
(すごく……遠い)
広くて大きな背中に素直に飛び込んでいけたらいいのに、追いつかない。
ロヴィス・フォン・ルートヴィヒ辺境伯との差はこれだけあるのだ、とみせつけられた気がした。
息が上がる。
次第に追いつかなきゃ、という気持ちも、追いつけるはずがない、と萎んでいった。
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