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 父フランツの判断力や対応力には、アルブレヒトはいつも驚かされる。
 目線だけで使用人を呼び、スマートに指示を出す。
 辺境伯が見ている前で対応し、それをしっかりと見せるというところも上手い。
 いつもにこやかに笑い、穏やかそうに見えても頭の中で実は色々と策を巡らせているのだ。
 そうでなければこんな魔物に囲まれたちっぽけな領地が今の今まで生き残ることはできなかっただろう。
 
 流石に物語のように王都レベルへ発展させるまでの手腕を持っているわけではなかったが、貧乏な辺境に燻らせておくには勿体無いほどの力を持っているとアルブレヒトは思った。
 
 王子の婚約者となり王都で過ごした中で、たくさんの権力者たちと関わることがあった。
 王都の貴族たちはみな、上の者に媚びへつらい、下の者たちをぞんざいに扱う者ばかりしかいない。
 自分の懐を肥やすことしか考えていない。
 何の力もない男爵家の次男が第二王子の婚約者となり、そして婚約破棄されたことで態度がコロコロと変わる者ばかりだった。

 父親という贔屓目もあるかもしれないが、領地と領民のことをここまで考えて動ける貴族をアルブレヒトは知らない。

 貴族の世界では次子から下は政治のために嫁がされたり利用されたりすることが多々ある。
 貧乏貴族なら当然、そういうこともあり得るだろう。
 だが、フランツはアルブレヒトの好きなようにしなさい、と言ってくれた。
 今は領地が落ち着いて、発展の最中にある、ということもあるかもしれない。
 それでも、父フランツが自分の自由を許してくれたことが嬉しかったし、父からの愛情を感じられた。

 最近会えていない兄のエミールだってアルブレヒトのことを心配してくれていた。
 頻繁に王都へと手紙を送ってくれていたのに、勉強で忙しすぎて、返信をあまり返せず薄情だったのはアルブレヒトの方だった。
 婚約破棄をされたことで、すぐに兄が会いにきて慰めてくれるかもと心の隅で期待していた。
 一度も姿を見せてくれなくて、薄情な自分のことなどもう気にも止めてはくれないのかと気落ちしていたら、今は領地の発展のために色々な土地を回って忙しくしていると父フランツから聞いた。
 新婚旅行も兼ねているということで驚いたが、兄の妻となったマルガレーテの発案らしかった。
 兄に見捨てられてしまったなどと見当違いの思い違いをしていた自分が恥ずかしくなった。

「はぁ……。気分転換に、小麦畑でも見に行こうかな……」

 ふと視線が自室の小さな丸テーブルに移る。
 こんもりと山を作っていたブルネの実が目に入った。
 昨夜ロヴィスとシュタルクが取ってきてくれたものだ。

「やっぱり、シュタルクに会いに行こう」

 小麦畑を見に行くよりも、厩舎へ行くのがいいかもしれない。
 そして、このブルネをシュタルクと一緒に食べるのだ。昔みたいに。
 昨日わざわざ自分のために取ってきてくれたお礼をシュタルクにしていないのにも気がついた。
 おやつの時間にもちょうどいい。
 名案だと思ってすぐさま向かう準備をした。


 
 

 燃えさかる紫の実を三つほど掴んで部屋を出る。
 

 シュタルクも大好きなブルネの甘い実。
 大きめの二つはシュタルクにあげよう。
 きっと喜んでくれる。
 急ぎ足で厩舎へ向かった。
 
 大きい体に凶悪な顔をつけて、ギュルギュルと甘えて体を擦り付けてくるシュタルクは飼い慣らされたカッツェのようで可愛い。
 気まぐれなところがあるけれど、甘えてくる時はとことん甘えてくる。こちらがおやつを手にしている時は特にだ。

 厩舎の中へと入ると、一番広い部屋に藁をしきつめられた上で丸くなって寝ていた。
 
「シュタルクー!」
 
 声をかけたが反応が薄い。
 以前であれば、顔をぱあっと明るめてこちらに一直線で向かってきてくれていたのに。
 
 たしたし!と長い尻尾が硬い地面を叩く。
 風圧で細かい藁が舞い上がるくらいだった。
 アルブレヒトには気づいており、顔を上げずに目線だけこちらによこした。
 フン、と鼻息荒くそっぽを向く。

 (あれ? なんか機嫌悪い……?)

「シュタルク……? ほら、昨日シュタルクが取ってきてくれたブルネだよ。一緒に食べよう」

 ゆっくりと部屋の中に入り、シュタルクの鼻にブルネを近づけてみた。
 くん、と鼻がブルネの匂いを嗅ぎ取った。 すぐに喜ぶ顔が見られると思ったのだが、シュタルクの顔はまたフン!と大きく反対側へとそっぽを向いた。

「あれ、どうしたの? なんか怒ってる?」
 
 予想とは違った反応にアルブレヒトは戸惑った。寝起きで眠たいのかと思ったそうでもなさそうだ。

 シュタルクは長い首を持ち上げて、ギュルギュル、ギャルルー!と怒ったように伝えてきた。

「ええ、と? なんて言ってるのかな……」

 あいにくとロヴィスのように飛竜シュタルクの言葉を理解できない。

 シュタルクはこちらが状況を理解していないのにさらに苛立ちをつのらせた様子で、尻尾で地面を打ちつける力が強くなった。
 
 見ていろ!と目尻の上がった顔を見せる。

 アルブレヒトが手に持っていたブルネ三つを鋭い爪のおててで奪った。
 演技をするかのように、寝そべっていた藁の一番高いところにフンス!と立ち上がる。
 
 そして、作り笑顔のニコニコ顔で歩く真似をして奪ったブルネを両の手で抱えながら、きゅるるるー!とアルブレヒトに渡してくる。
 
 いきなり演劇がはじまったようで、訳もわからずアルブレヒトはそれを受け取った。

 (昨日ブルネを持ってきてくれた時の再現? かな……?)

 そしてふんぞり返っておててを腰にあて、ない前髪を後ろになでつけるような仕草をした。
 
 ……これはロヴィスの真似?

 そしてアルブレヒトの目の前にやってきてキス顔を作った。
 リップ音のつもりなのか、ぎゅ!ぎゅ!と音をたてながら目をつぶってアルブレヒトへ顔を擦りつけた。
 
「ぅっ……」
 
 勢いが強すぎて、シュタルクの硬い皮膚が顔に擦れてちょっと痛い。
 だが、一生懸命演技しているようなので我慢した。

 最後にわざとブルネを払ってアルブレヒトの手の中から全てのブルネを地面に落とし払った。

 ギャルルー!

 と悲しい声を出して、地面に落ちたブルネを爪で指し示した。
 絶望したかのように顔をおててで覆い隠して泣き真似をしながら、よよよ、とふらつきダイナミックに藁の上に倒れ込んだ。

 グキュグキュ、と顔を覆って藁に突っ伏しているので籠った悲しそうな鳴き声が厩舎に響く。
 だが目はしっかりとこちらの様子を伺っており、目が合うとさらに鳴き声が大きくなった。

 シュタルクの演技はちょっと下手でよくわからなくて、アルブレヒトにはいまいち伝わらなかった。だがシュタルクの伝えたい感情はわかった。

 (ああ、これは……)

「昨日シュタルクが取ってきてくれたブルネを、僕たちが全部落としちゃって……。シュタルク、悲しかったんだよね? ごめんね?」
「ギュルギュル!」

 そうだ! と言わんばかりに首を大きく上下に動かす。
 
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