26 / 51
13-1
しおりを挟む◇
父フランツの判断力や対応力には、アルブレヒトはいつも驚かされる。
目線だけで使用人を呼び、スマートに指示を出す。
辺境伯が見ている前で対応し、それをしっかりと見せるというところも上手い。
いつもにこやかに笑い、穏やかそうに見えても頭の中で実は色々と策を巡らせているのだ。
そうでなければこんな魔物に囲まれたちっぽけな領地が今の今まで生き残ることはできなかっただろう。
流石に物語のように王都レベルへ発展させるまでの手腕を持っているわけではなかったが、貧乏な辺境に燻らせておくには勿体無いほどの力を持っているとアルブレヒトは思った。
王子の婚約者となり王都で過ごした中で、たくさんの権力者たちと関わることがあった。
王都の貴族たちはみな、上の者に媚びへつらい、下の者たちをぞんざいに扱う者ばかりしかいない。
自分の懐を肥やすことしか考えていない。
何の力もない男爵家の次男が第二王子の婚約者となり、そして婚約破棄されたことで態度がコロコロと変わる者ばかりだった。
父親という贔屓目もあるかもしれないが、領地と領民のことをここまで考えて動ける貴族をアルブレヒトは知らない。
貴族の世界では次子から下は政治のために嫁がされたり利用されたりすることが多々ある。
貧乏貴族なら当然、そういうこともあり得るだろう。
だが、フランツはアルブレヒトの好きなようにしなさい、と言ってくれた。
今は領地が落ち着いて、発展の最中にある、ということもあるかもしれない。
それでも、父フランツが自分の自由を許してくれたことが嬉しかったし、父からの愛情を感じられた。
最近会えていない兄のエミールだってアルブレヒトのことを心配してくれていた。
頻繁に王都へと手紙を送ってくれていたのに、勉強で忙しすぎて、返信をあまり返せず薄情だったのはアルブレヒトの方だった。
婚約破棄をされたことで、すぐに兄が会いにきて慰めてくれるかもと心の隅で期待していた。
一度も姿を見せてくれなくて、薄情な自分のことなどもう気にも止めてはくれないのかと気落ちしていたら、今は領地の発展のために色々な土地を回って忙しくしていると父フランツから聞いた。
新婚旅行も兼ねているということで驚いたが、兄の妻となったマルガレーテの発案らしかった。
兄に見捨てられてしまったなどと見当違いの思い違いをしていた自分が恥ずかしくなった。
「はぁ……。気分転換に、小麦畑でも見に行こうかな……」
ふと視線が自室の小さな丸テーブルに移る。
こんもりと山を作っていたブルネの実が目に入った。
昨夜ロヴィスとシュタルクが取ってきてくれたものだ。
「やっぱり、シュタルクに会いに行こう」
小麦畑を見に行くよりも、厩舎へ行くのがいいかもしれない。
そして、このブルネをシュタルクと一緒に食べるのだ。昔みたいに。
昨日わざわざ自分のために取ってきてくれたお礼をシュタルクにしていないのにも気がついた。
おやつの時間にもちょうどいい。
名案だと思ってすぐさま向かう準備をした。
燃えさかる紫の実を三つほど掴んで部屋を出る。
シュタルクも大好きなブルネの甘い実。
大きめの二つはシュタルクにあげよう。
きっと喜んでくれる。
急ぎ足で厩舎へ向かった。
大きい体に凶悪な顔をつけて、ギュルギュルと甘えて体を擦り付けてくるシュタルクは飼い慣らされたカッツェのようで可愛い。
気まぐれなところがあるけれど、甘えてくる時はとことん甘えてくる。こちらがおやつを手にしている時は特にだ。
厩舎の中へと入ると、一番広い部屋に藁をしきつめられた上で丸くなって寝ていた。
「シュタルクー!」
声をかけたが反応が薄い。
以前であれば、顔をぱあっと明るめてこちらに一直線で向かってきてくれていたのに。
たしたし!と長い尻尾が硬い地面を叩く。
風圧で細かい藁が舞い上がるくらいだった。
アルブレヒトには気づいており、顔を上げずに目線だけこちらによこした。
フン、と鼻息荒くそっぽを向く。
(あれ? なんか機嫌悪い……?)
「シュタルク……? ほら、昨日シュタルクが取ってきてくれたブルネだよ。一緒に食べよう」
ゆっくりと部屋の中に入り、シュタルクの鼻にブルネを近づけてみた。
くん、と鼻がブルネの匂いを嗅ぎ取った。 すぐに喜ぶ顔が見られると思ったのだが、シュタルクの顔はまたフン!と大きく反対側へとそっぽを向いた。
「あれ、どうしたの? なんか怒ってる?」
予想とは違った反応にアルブレヒトは戸惑った。寝起きで眠たいのかと思ったそうでもなさそうだ。
シュタルクは長い首を持ち上げて、ギュルギュル、ギャルルー!と怒ったように伝えてきた。
「ええ、と? なんて言ってるのかな……」
あいにくとロヴィスのように飛竜シュタルクの言葉を理解できない。
シュタルクはこちらが状況を理解していないのにさらに苛立ちをつのらせた様子で、尻尾で地面を打ちつける力が強くなった。
見ていろ!と目尻の上がった顔を見せる。
アルブレヒトが手に持っていたブルネ三つを鋭い爪のおててで奪った。
演技をするかのように、寝そべっていた藁の一番高いところにフンス!と立ち上がる。
そして、作り笑顔のニコニコ顔で歩く真似をして奪ったブルネを両の手で抱えながら、きゅるるるー!とアルブレヒトに渡してくる。
いきなり演劇がはじまったようで、訳もわからずアルブレヒトはそれを受け取った。
(昨日ブルネを持ってきてくれた時の再現? かな……?)
そしてふんぞり返っておててを腰にあて、ない前髪を後ろになでつけるような仕草をした。
……これはロヴィスの真似?
そしてアルブレヒトの目の前にやってきてキス顔を作った。
リップ音のつもりなのか、ぎゅ!ぎゅ!と音をたてながら目をつぶってアルブレヒトへ顔を擦りつけた。
「ぅっ……」
勢いが強すぎて、シュタルクの硬い皮膚が顔に擦れてちょっと痛い。
だが、一生懸命演技しているようなので我慢した。
最後にわざとブルネを払ってアルブレヒトの手の中から全てのブルネを地面に落とし払った。
ギャルルー!
と悲しい声を出して、地面に落ちたブルネを爪で指し示した。
絶望したかのように顔をおててで覆い隠して泣き真似をしながら、よよよ、とふらつきダイナミックに藁の上に倒れ込んだ。
グキュグキュ、と顔を覆って藁に突っ伏しているので籠った悲しそうな鳴き声が厩舎に響く。
だが目はしっかりとこちらの様子を伺っており、目が合うとさらに鳴き声が大きくなった。
シュタルクの演技はちょっと下手でよくわからなくて、アルブレヒトにはいまいち伝わらなかった。だがシュタルクの伝えたい感情はわかった。
(ああ、これは……)
「昨日シュタルクが取ってきてくれたブルネを、僕たちが全部落としちゃって……。シュタルク、悲しかったんだよね? ごめんね?」
「ギュルギュル!」
そうだ! と言わんばかりに首を大きく上下に動かす。
488
お気に入りに追加
957
あなたにおすすめの小説
寂しい竜の懐かせ方
兎騎かなで
BL
ジルは貴重な宝石眼持ちのため、森に隠れて一人寂しく暮らしていた。ある秋の日、頭上を通りがかった竜と目があった瞬間、竜はジルを鋭い爪で抱えて巣に持ち帰ってしまう。
「いきなり何をするんだ!」
「美しい宝石眼だ。お前を私のものにする」
巣に閉じ込めて家に帰さないと言う竜にジルは反発するが、実は竜も自分と同じように、一人の生活を寂しがっていると気づく。
名前などいらないという竜に名づけると、彼の姿が人に変わった。
「絆契約が成ったのか」
心に傷を負った竜×究極の世間知らずぴゅあぴゅあ受け
四万字程度の短編です。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
みやこ嬢
BL
2023/01/27 完結!全117話
【強面の凄腕冒険者×心に傷を抱えた支援役】
孤児院出身のライルは田舎町オクトの冒険者ギルドで下働きをしている20歳の青年。過去に冒険者から騙されたり酷い目に遭わされた経験があり、本来の仕事である支援役[サポーター]業から遠退いていた。
しかし、とある理由から支援を必要とする冒険者を紹介され、久々にパーティーを組むことに。
その冒険者ゼルドは顔に目立つ傷があり、大柄で無口なため周りから恐れられていた。ライルも最初のうちは怯えていたが、強面の外見に似合わず優しくて礼儀正しい彼に次第に打ち解けていった。
組んで何度目かのダンジョン探索中、身を呈してライルを守った際にゼルドの鎧が破損。代わりに発見した鎧を装備したら脱げなくなってしまう。責任を感じたライルは、彼が少しでも快適に過ごせるよう今まで以上に世話を焼くように。
失敗続きにも関わらず対等な仲間として扱われていくうちに、ライルの心の傷が癒やされていく。
鎧を外すためのアイテムを探しながら、少しずつ距離を縮めていく冒険者二人の物語。
★・★・★・★・★・★・★・★
無自覚&両片想い状態でイチャイチャしている様子をお楽しみください。
感想ありましたら是非お寄せください。作者が喜びます♡
大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります
かとらり。
BL
前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。
勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。
風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。
どうやらその子どもは勇者の子供らしく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる