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◇
「それで、二人は婚約……ということでいいのですかな?」
ニコニコ顔のフランツが二人のただならぬ雰囲気を察してロヴィスに問いかけた。
必死で表情を無にして食事をしていたアルブレヒトの体がギクリ! と大きく揺れて、握ったナイフとフォークが変な位置で止まる。
ロボットのような動きとなってしまった。
対してロヴィスの方は優雅に食事を続け、カタリ、と静かな音でフォークを置いた。
ナプキンで口周りを少し拭く動作をするくらいに余裕だ。
「残念ながら、まだイエスの返事をもらえていない。ご子息は中々手強い。これからじっくりと口説き落とす予定なのだよ」
「ほうほう……それはそれは……。アルブレヒトよ、あまりロヴィス殿を振り回すのではないよ」
「んなっ……!? 振り回されているのはこちらですっ!」
ガシャン!と、騒々しく音を上げながら立ち上がったアルブレヒト。
本来であれば厳しい目で見られるような、マナーを完全に忘れてしまったその行為を、フランツは生暖かい目で見る。
ロヴィスは以前と変わらないニヤニヤと意地悪そうな目でアルブレヒトを見ていた。
感情的になって込み上げたものが、一気に羞恥に変わり、ゆっくりと静かに座り直した。
冷静に顔を作ろうとするが、どこか歪む。
うらめしい顔でむぐぐぅ!と、ニヤけ顔のロヴィスを睨みつけた。
(ほら!やっぱり振り回されているのは僕の方じゃないか!)
昨日の夜見た、泥だけになったむっつり顔のロヴィスは見間違いだったのかもしれない。
イライラで震えそうになる両手を必死になって鎮め、気を取り直して食事を再開した。
「ところでデューラー男爵」
ロヴィスは打って変わって真面目な顔をフランツに見せた。
「もう秋の訪れも目前に迫っているが、今年はうちに討伐依頼をしないと聞いた。それは事実か?」
「ええ、そうなのです。うちの兵士たちが森を調査したところによると、魔物の数が例年に比べると激減しているとか……。もし、これからさらに増えたとしても、今年は冒険者も育っていることですし、うちの者たちだけで討伐が可能かと考えています」
「それは僥倖だ」
「このまま魔物が減り続けて落ち着いてくれればありがたいことなのですがね」
「こればかりは中々難しいものがある。この地の魔物の森はまだまだ解明されていないことが多々あるだろうからな。いきなり魔物が減りすぎて生態系が狂ってしまっては、どこに影響が出るかもわからないぞ」
「魔物が減ることに困ることなどないのでは? 作物の被害も減り、今年の収穫量はかなり期待できるのです。何も心配はいりませんよ」
晴れやかにフランツは答える。
その顔には全く心配など見えず、期待の心は今季の収穫量に囚われてしまっているようだ。
「……だといいが」
目を細めながら少しかげりのある言い方がアルブレヒトには引っかかった。
「何か、あるのですか?」
どうしても気になって、二人で話している会話に入り込み、アルブレヒトはロヴィスに聞いた。
「いや、……これと言って何かある、という訳ではないんだが……」
「気になることが少しでもあるのならば教えてくださいませんか」
辺境伯の領地とはこの広い魔物の森を挟んでだが隣り合ってはいるのだった。
広大な森では、デューラー男爵領地周辺と辺境伯領地とでは魔物の種類も異なってくる。
この小さなデューラー男爵領地とでは比べ物にらならないくらいの富んだ領地と領民の数、潤沢な財に、屈強な軍隊。
どこを比べても男爵領地が勝るものはない。
そんな辺境では魔物の研究も森の生態系解明にも力を注いでいると聞く。
今まで数多くの森の魔物たちを討伐してきたロヴィスだ。
それでなくても、あのだだっ広い荒くれる辺境の領地を帝王さながらおさめている手腕の持ち主である。
常人よりも何かそういうことを感じることに秀でているはず。
その野生の勘と、今まで見聞きして培ってきた経験を侮ることはできない。
言葉を濁しながらではあったが、ロヴィスは考えを語ってくれた。
「……基本的に魔物の数の増減は多少は見られるものだが、何かの要因がなければ急激に増えたり減ったりすることはないと考えられている」
「はい」
「だから、今回の魔物の著しい減少の原因は何かと気になった」
それを聞いたフランツが口を開いた。
「単に魔物の繁殖が少なかっただけでしょう。今までもあったことです。去年は収穫量も少なかったことですしね」
デューラー領地の作物量が少なければ、魔物の食糧も減り、魔物の数が減るという理屈に違和感は感じない。
「それにしては森が静かすぎる気がしてな」
ロヴィスの顔はやはり何かを感じ取っているような気がした。
「ロヴィス殿が何かひっかかるものがあるというのならば、何かあるのかもしれませんな。念のため、うちの兵団に森を調べさせましょう」
フランツが部屋の端に控えていた使用人を目線だけで呼びつけた。
小声で指示を出した後、一礼をしてすぐさま部屋を出ていく使用人を見送った。
「まぁ、何も心配はいりませんよ」
「……そうだな」
「それで、二人は婚約……ということでいいのですかな?」
ニコニコ顔のフランツが二人のただならぬ雰囲気を察してロヴィスに問いかけた。
必死で表情を無にして食事をしていたアルブレヒトの体がギクリ! と大きく揺れて、握ったナイフとフォークが変な位置で止まる。
ロボットのような動きとなってしまった。
対してロヴィスの方は優雅に食事を続け、カタリ、と静かな音でフォークを置いた。
ナプキンで口周りを少し拭く動作をするくらいに余裕だ。
「残念ながら、まだイエスの返事をもらえていない。ご子息は中々手強い。これからじっくりと口説き落とす予定なのだよ」
「ほうほう……それはそれは……。アルブレヒトよ、あまりロヴィス殿を振り回すのではないよ」
「んなっ……!? 振り回されているのはこちらですっ!」
ガシャン!と、騒々しく音を上げながら立ち上がったアルブレヒト。
本来であれば厳しい目で見られるような、マナーを完全に忘れてしまったその行為を、フランツは生暖かい目で見る。
ロヴィスは以前と変わらないニヤニヤと意地悪そうな目でアルブレヒトを見ていた。
感情的になって込み上げたものが、一気に羞恥に変わり、ゆっくりと静かに座り直した。
冷静に顔を作ろうとするが、どこか歪む。
うらめしい顔でむぐぐぅ!と、ニヤけ顔のロヴィスを睨みつけた。
(ほら!やっぱり振り回されているのは僕の方じゃないか!)
昨日の夜見た、泥だけになったむっつり顔のロヴィスは見間違いだったのかもしれない。
イライラで震えそうになる両手を必死になって鎮め、気を取り直して食事を再開した。
「ところでデューラー男爵」
ロヴィスは打って変わって真面目な顔をフランツに見せた。
「もう秋の訪れも目前に迫っているが、今年はうちに討伐依頼をしないと聞いた。それは事実か?」
「ええ、そうなのです。うちの兵士たちが森を調査したところによると、魔物の数が例年に比べると激減しているとか……。もし、これからさらに増えたとしても、今年は冒険者も育っていることですし、うちの者たちだけで討伐が可能かと考えています」
「それは僥倖だ」
「このまま魔物が減り続けて落ち着いてくれればありがたいことなのですがね」
「こればかりは中々難しいものがある。この地の魔物の森はまだまだ解明されていないことが多々あるだろうからな。いきなり魔物が減りすぎて生態系が狂ってしまっては、どこに影響が出るかもわからないぞ」
「魔物が減ることに困ることなどないのでは? 作物の被害も減り、今年の収穫量はかなり期待できるのです。何も心配はいりませんよ」
晴れやかにフランツは答える。
その顔には全く心配など見えず、期待の心は今季の収穫量に囚われてしまっているようだ。
「……だといいが」
目を細めながら少しかげりのある言い方がアルブレヒトには引っかかった。
「何か、あるのですか?」
どうしても気になって、二人で話している会話に入り込み、アルブレヒトはロヴィスに聞いた。
「いや、……これと言って何かある、という訳ではないんだが……」
「気になることが少しでもあるのならば教えてくださいませんか」
辺境伯の領地とはこの広い魔物の森を挟んでだが隣り合ってはいるのだった。
広大な森では、デューラー男爵領地周辺と辺境伯領地とでは魔物の種類も異なってくる。
この小さなデューラー男爵領地とでは比べ物にらならないくらいの富んだ領地と領民の数、潤沢な財に、屈強な軍隊。
どこを比べても男爵領地が勝るものはない。
そんな辺境では魔物の研究も森の生態系解明にも力を注いでいると聞く。
今まで数多くの森の魔物たちを討伐してきたロヴィスだ。
それでなくても、あのだだっ広い荒くれる辺境の領地を帝王さながらおさめている手腕の持ち主である。
常人よりも何かそういうことを感じることに秀でているはず。
その野生の勘と、今まで見聞きして培ってきた経験を侮ることはできない。
言葉を濁しながらではあったが、ロヴィスは考えを語ってくれた。
「……基本的に魔物の数の増減は多少は見られるものだが、何かの要因がなければ急激に増えたり減ったりすることはないと考えられている」
「はい」
「だから、今回の魔物の著しい減少の原因は何かと気になった」
それを聞いたフランツが口を開いた。
「単に魔物の繁殖が少なかっただけでしょう。今までもあったことです。去年は収穫量も少なかったことですしね」
デューラー領地の作物量が少なければ、魔物の食糧も減り、魔物の数が減るという理屈に違和感は感じない。
「それにしては森が静かすぎる気がしてな」
ロヴィスの顔はやはり何かを感じ取っているような気がした。
「ロヴィス殿が何かひっかかるものがあるというのならば、何かあるのかもしれませんな。念のため、うちの兵団に森を調べさせましょう」
フランツが部屋の端に控えていた使用人を目線だけで呼びつけた。
小声で指示を出した後、一礼をしてすぐさま部屋を出ていく使用人を見送った。
「まぁ、何も心配はいりませんよ」
「……そうだな」
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