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「アルブレヒト、今夜、お前の部屋に行く」

 耳元でロヴィスがフランツには聞こえないほどの声てアルブレヒトに囁いた。
 
「っ……!」

 低い重低音が直接脳内へ送り込まれた。
 突然のことで体がびくっと反応した。
 アルブレヒトは囁かれた耳を手で覆った。耳が熱い。

「デューラー男爵、すまないがここで失礼するよ。シュタルクを夜の散歩に連れていかないと、退屈しのぎに厩舎きゅうしゃを壊されてしまいそうだ」
 
「最近は魔物の活動が落ち着いているようですが、夜道にはお気をつけて。いや、夜空かな?」
 
「ははっ、違いないな」

 フランツとロヴィスらお互いに笑い合って挨拶を交わした。

「では失礼」と言ってロヴィスは席を立った。しっかりと、アルブレヒトに流し目を送って。

 

 その流し目のせいで、困り顔に赤いほっぺが追加されてしまった。
 アルブレヒトとフランツが食卓に残されてしまった。

 食卓は無言に包まれ、二人とも言葉を話さなかった。
 何から話せばいいのか、アルブレヒトにはわからなかったのだ。

 ドアをコンコンと叩く音が聞こえ、そのすぐ後にカチャカチャと茶器を鳴らす音が聞こえた。

 食後の紅茶が使用人によって運ばれてきたのだった。
 もう客人の辺境伯閣下はいなくなったので、お茶のワゴンをその場に置かせて、フランツは使用人を下がらせた。
 自ら立ち上がり、ワゴンの側へ立つと、ポットに入った紅茶を二人分、ティーカップへと注いでいく。

 フランツがアルブレヒトの前にティーカップを置いた。
 目の前の紅茶は、春に摘んだ茶葉だったのか、いつもの茶色より薄くて稲穂に近い色をしていた。
 それが、アルブレヒトにはロヴィスの瞳に思えてならなかった。

「ロヴィス殿は良い男だ……。お前も、その赤くなった顔を見ると満更ではなさそうだな」
 
「ち、父上!」

 からかうようなフランツの物言いに、アルブレヒトは非難するように声をあげた。

 そんなアルブレヒトを笑い、フランツは紅茶を一口飲んだ。

「さっきの話は……私と、閣下の結婚……のお話ですよね?」

 アルブレヒトはどうしても確かめずにはいられなかった。

「そうだ。それ以外の何に聞こえたんだ?」
 
「いえ、……本当に私なんかに結婚を申し込んできたのかと思いまして…………」

 この国の王子に婚約破棄までされて、行き遅れの貧乏男爵家の次男である。
 結婚相手には何の利益も与えられない。
 
「これが初めての打診ではないよ。ロヴィス殿はもうずっと婚姻の申込みを我が男爵家にしてきていた、お前が婚約後もずっと……な」
 
「え……?」
 
「お前はまだ未成年で、最初は慕っていたようだが、ある時から怯え始めただろう?それを見て、さすがにそんなに怖がっている相手の元に嫁にやるのもどうかと思ってな……婚約の話は成人になるまで待ってくれと言っていたんだ。まぁ、そうしているうちに、成人直前にカスパー第二王子と婚約することになってしまったが……」

 そんな話があっただなんて……。
 そうだったのか。
 しかも、閣下はそんな前から僕のことを……?
 
「ですが、うちは貧乏で……ロ、……ルートヴィヒ閣下はうちに貢献してくれる英雄で、融資者ではないのですか?」

 だから、彼の婚姻の申し出を待ってもらっていた上に、断るだなんてことが出来るのだろうか?

「ロヴィス殿は断ったとて、うちに不利益を与えるような小さな男ではないのは、お前も良く知っているだろう?」
 
「それはそうですが……」

 そうは言っても、心情的には心配になってしまうだろう。
 
「たとえもしそんなちっぽけな男であったのなら、そんな輩に私の可愛い息子を渡すことなど出来るわけがない」
 
「父上……」
 
「閣下の融資がなくなろうとも、新しい事業が軌道に乗ればなんとかやっていけるだろうし、最近は冒険者ギルドにも精鋭が育ってきているようだから、何の心配もない」

 穏やかな表情でフランツがいった。

「だからアルブレヒト、お前はお前の好きなようにしなさい」
 
 冒険者が育ってきているのもアルブレヒトには初耳であったが、気になるのは新事業の方だった。
 
「父上、新しい事業とはどんなものなのですか?」
 
「色々と手を出してはいるが、大きく分けて二つだな。一つは、将来的にこの地を観光地にするために宿屋や観光施設、道路などを建設する予定だ。工事がもうすでに始まっている所もある」
 
「観光地なんて……こんな辺境に魔物の森以外に珍しい場所なんてありますか?新しく作るということですが?」
 
「魔の森の生体系を壊さない程度で動植物園やら水族園やらを作る計画があるが、すぐにとはいかないだろうな……」
 
「なっ、魔物を見せ物にするということですか?! そんな、……危険です!」

 魔物は危険、この辺境で今まで散々に魔物の被害を受けてきて、それを目の当たりにしてきた自分にとっては、そんな危険なものを見せ物にするなんて信じられなかった。
 領民はもっと反発するのではないか?

「これまでしっかりと魔物についての調査をしてきたことはなかったからな。施設は魔物の森の生態系の研究を進めた上での副産物という位置付けだ」

「それでも……僕は反対です」

 魔物にそんなふうに手を出すくらいなら、汗水垂らして農作業をしていた方が領民だってましだと考えるはずだ。

「まあ、計画段階ということでまだ何も決まってはいない。とりあえずは小麦畑があるだろう。当面はあそこを観光の名所とする予定だよ」
 
「小麦畑を……観光名所に」
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