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 ロヴィスを避けるようになって、自然とシュタルクに会う頻度も減った。
 最初はロヴィスがいない時をみはからってシュタルクに会いに厩舎きゅうしゃに顔を出していた。
 しかし、主人あるじのロヴィスがいない間に、シュタルクに会っていることに対して気まずく感じ始めた。
 ロヴィスのいない時に勝手に撫でまわして、おやつを分け与えてやることはあまり良くないと思い直したのだ。

 これで最後にしようと、ぎゅうっとその冷たく固い躯を抱きしめて、お別れの挨拶をした。

 寂しそうに鳴くシュタルクを振り返らずその場を去った時のことを忘れたことはない。

「お前が会いに来ないのは俺のせいだと噛みついてきやがった」

 「この傷はその時の咬み傷だ」と、着ていた服をまくってゴツゴツと割れた腹筋の横腹の傷跡を見せてきた。

「わっ! ちょっと! そんなもの見せないでください」
「そんなものとはなんだ」

 目を覆ってみないようにしたが、もうすでに見てしまった映像が脳裏に張りついている。

 細い自分とは違う体。
 日常的に鍛えているのがわかるその体躯。
 男らしい筋肉をまとった体を見てしまい、ドギマギとしてしまった。

「まあ、いい。それよりさっさと乗るぞ」

 そう言って、颯爽とシュタルクの背に飛び乗った。

「え! ちょっと何してるんです?! 鞍は……? た、手綱もないではないすか…………ま、まさか……そのまま飛ぶつもりじゃないですよね?!」
 
「そのまさかだが?」
 
「た、手綱なしなんて聞いてませんよ!」

 シュタルクにも、馬と同じように人が背中に乗れるよう専用の鞍と手綱を付けているのを昔見たことがあった。

 今のシュタルクにはその両方がついていない。
 
「鞍やら手綱やら、じゃらじゃら付けているとスピードが落ちるんでな。今回こちらに来る時は外した」
 
「そ、そそんな……く、鞍はまだしも、手綱なしなら乗りませんからね!」
 
「はぁ……面倒くさいな…………」

 心底嫌そうに言い放つロヴィスに、だったらもうやめればいいのだと、そう思った。
 
 そうだ、こんなこともう終わりにしよう。
 全部冗談だっということにして、お開きにしようではないか。

 アルブレヒトが何か言葉を発しようと口を開いた時、ロヴィスにぐっと腰を捕まえられてひょいっと抱えられた。
 「うわ!」と思ったら、シュタルクに乗ったロヴィスの膝の上に、向き合う形で抱き合うように乗せられていた。

「いや! なんでこんな格好で……!」
 
「手綱がない二人乗りなんだ。仕方がないだろう」
 
「やだ! 下ろしてください! う、後ろにひっついて乗りますから」
 
「それだと落ちるぞ。シュタルクのスピードは相当だからな。ほら、しっかり俺に掴まっていろよ」
 
「せ、せめて向きを変え……ひぇっ!」

 浮遊感をいきなり感じた。
 シュタルクが翼を広げて助走したのだ。
 ぐぐっと、空気の抵抗を体で感じたら、いつの間にか上空へと飛び立っていた。

「うわぁぁああああ!」
 
「おい、わめくな」
 
「そ、そんなこといった……ってぇえええ~!!? お、落ちるー!!」
 
「俺がお前を落とすわけないだろうが」
 
 翼が動くたびに、ぐんぐんと浮上していく。下を見ると、屋敷がどんどん小さくなる。
 足のつかない空に連れ出されて、不安に心がぎゅっとなった。
 体が萎縮したのがロヴィスに伝わったのか、ぐっと背中に回った片腕に力が込められた。
 太くて力強い体に抱きとめられている、と感じて、安心感から少しだけホッと力を抜いた。

 かなり上まで来ると、シュタルクはゆっくりと空を前進しながら飛んでくれているようだった。

 それでもやはり怖くて怖くて、腕も足もがっちりとロヴィスの大きな体にしがみついていた。
 その事実に気がついて、かぁっと顔が熱くなった。けれど離れたら落ちそうで怖い。
 どうすることもできない状況で、アルブレヒトはなにがなんだかわからなかった。

 ちょっとロヴィスを困らせてやろう、そんな思いつきでシュタルクに乗せろといったせいで、こんなことになるとは思いもよらなかった。

 今は魔物の森の上空を飛んでいる。
 旋回して、屋敷に戻ってくれないだろうか。
 もう、シュタルクに乗るのは十分だ。
 今乗ったばかりだろうが、アルブレヒトはもう長い時間のっているような気分になっていた。

 

「ん……」

 ふと気づくと、乗っている下に、なにか固い盛り上がったものが当たっているように感じた。
 お尻の、変なところに当たるので、ちょっと違和感がある。
 もぞもぞとお尻を動かして、移動しようと試みるが、うまくいかない。
 くいくい、と腰を動かしてみてもやはりだめだった。
 むしろ、動いたら大きくなったような……。

「っ……、……おい、これ以上動くんじゃない」
 
「だって、……なにか当たって…………」

 そこでやっとアルブレヒトは気がづいた。
 
「って……え……? こ、これってもしかして…………」

 今アルブレヒトは、ロヴィスの股を開いた上に向かい合わせて乗っているのだ。
 当たるとしたら、しかないではないか。
 
「そりゃ、口説いてる相手がこんな近距離でぎゅうぎゅう抱きついてきたらデカくもなるだろうよ」
 
「へ、へへ変態!」
 
「おいこら、暴れるなよ。落ちるぞ」
 
「さっき落とすわけないって言ってたでしょうが!」
 
 ギャーギャーと喚いてロヴィスの上で暴れたが、ぼすん、と厚い胸板に顔を押し付けられた。
 
「いいから大人しくしていろ。わかったか」
 
 トクトクトクと、押し付けられたところから早鐘が聞こえた。
 ロヴィスの心臓の音だ。
 
「なんだか、心臓の音が……早くはないですか?」
 
「……憎からず思っているやつがこんな距離にいりゃ、いくら俺でも緊張くらいする」
 
 いらいらとした様子で拗ねたような顔をみせ、少し耳の上が赤くなっていた。

 思わぬロヴィスの反応に、ええ? と驚いた。
 こんな雄の中の雄、という風貌と態度なのに、ロヴィスが可愛く見えてきてしまったアルブレヒトであった。

 クスクスと思わず笑ってしまうと、長い前髪の向こう側からもっと拗ねたような顔を見せた。
 それがまたさらに子どもっぽくて、可愛かった。

 厚いムッチリとした胸板に顔が当たり、ロヴィスの心臓がものすごい速さで音を奏でて振動しているのが伝わる。
 その振動が自分の心臓までうつってしまって、ドキドキしてきた。

 (あたたかい……)

 ロヴィスの腕の中は、守られている、と感じられて、そしてあたたかった。
 

 
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