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しおりを挟む「シュタルクに……?」
「ええ、ぜひ乗せてください」
飛竜シュタルク。
ロヴィス・フォン・ルートヴィヒ辺境伯の相棒。
ロヴィスが卵から孵して育て、共に戦に出て勝利を勝ち取り、諍いを制し、寝食を共にしてきた友であり家族ともいえる魔獣。
飛竜とは珍しい生き物であり、魔の生き物の中でトップのヒエラルキーに位置することはいうまでもない。
強い力を持つのはもちろんのこと、知能もとても高い。人の言葉を理解するのか、人と信頼関係を築くことができる稀有な生き物なのである。
まず、野生の飛竜を手なづけることはほぼ不可能に近い。
それゆえ、卵から孵して育てるのである。
その卵を手に入れるのでさえ、かなり難しいのだ。
なぜならば、卵は飛竜の群れの中で厳重に守られているからだ。
ハイランクの飛竜が何体もいる中に卵を奪いに挑む強者は、これまでいなかった。
強者ではなく、愚か者はいたが。
あるおばかな小国が、その飛竜の群れの卵に手を出して、怒り狂った飛竜が暴れまわりその周辺国に被害が出る大事件が発生した。
それをしずめたのが、このロヴィス・フォン・ルートヴィヒ辺境伯だった。
そこで彼は飛竜の卵を手に入れたのだった。
昔、アルブレヒトが兄のように慕っていたころ、シュタルクのお世話を少し任されていい気になって、乗せて欲しいとお願いしたのだ。
そんな事件のことも、飛竜の希少性も知らずに。
『ロヴィス、僕はシュタルクに乗ってみたいのです。乗せてください』
『無理だな』
にべもなく断られた。
『なぜですか?シュタルクは僕にも懐いているのに』
『これに乗せるのは、俺だけだ。たとえ王様……王女様が頼み込んできても乗せることはないよ』
グルグルと喉を鳴らしながら、大きな顔をロヴィスに擦り付けているシュタルク。
そんなシュタルクの頭を撫でてやるロヴィスの手つきは優しかった。
猫目のドラゴンアイがギョロリとこちらを――アルブレヒトを見つめてきた。
最初はたしかに飛竜が怖かったが、その瞳の奥には優しさを秘めていることをアルブレヒトはもう知っている。
そこまで言われてしまっては仕方がないと、当時は諦めた。
実際にこの国だったか、隣国だったかは忘れたが、王女が飛竜シュタルクに乗ってみたいと願い出て断れられたと聞いたことがある。
その話を聞いたのは最近の話だ。
だからきっと断られるだろう。
自信満々な口元を少しでも歪ませることができればいいと思っただけだった。
だが、ロヴィスから返ってきた言葉は、
「いいだろう」
だった。
「え……?」
いいと言ったのだろうか?
アルブレヒトは思いがけない返答に、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「え、……っと、今なんと?」
「だからいいといったんだ。乗せてやろう、シュタルクに」
自分の聞き違いではないことを確認した。
本当にいいと言ったのか、ロヴィスは。
どこぞの王女の願いも断るほどだったはずなのに、一体なぜ今になって?
「え、でも……」
「なんだ? 自分から言い出したのに、けっきょく怖気付いたのか?」
その怖気付くの意味は、飛竜に乗ることを指すのか、それとも、ロヴィスのものになるという言葉に対してなのか、どちらなのだろうか。
その両方かもしれなかった。
相変わらず人の神経を逆撫でするような言い方が上手い。
アルブレヒトは戸惑っていた気持ちが一気にイライラに変わるのがわかった。
「そんなわけないでしょう! いいですよ! 乗ってやりますから!!」
自分は本当にのせられやすい性格だと思う。
フン!と鼻息荒く言ってみたはいいものの、いざ、飛竜シュタルクに乗るとなると怖くなってきた。
しかも、久しぶりに会ったシュタルクは、アルブレヒトを見るなりそのドラゴンアイを細めて睨みつけるような顔を見せた。
グルル、と怒ったように鳴いて、こちらを威嚇しているように見える。
「シュタルク……僕だよ、覚えていないの?」
もう、アルブレヒトのことはすっかり忘れてしまったのだろうか。
そうであったのならば、とても悲しく、残念に思った。
あんなに懐いて、ロヴィスが取ってきてくれたブルネを分け合って食べた仲であったのに。
「お前が会いに来なくなったから拗ねてるんだ」
アルブレヒトの肩を落とした様子を見て、そうロヴィスは言った。
「拗ねて……?」
飛竜の目を見ると、シュタルクは、こちらを非難するような目つきでアルブレヒトを見ていた。
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