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「アルブレヒト……起きなさい。せめてスープだけでも食べるんだ」

 食事もろくに喉を通らず、あれから一週間ほどずっと部屋に閉じこもったままのアルブレヒトを心配して、父親であるフランツがわざわざ食事を持ってきてくれていた。

 人当たりがよくいつもにこにこ顔のフランツは、今は心配そうに眉が下がり切っていた。
 
 トレーの上にはパンとスープと果実の身が盛られていた。

「何も食べたくありません……」
 
「アルブレヒト……」

 父親の優しさは身に染みて嬉しかったが、体が受け付けようとはしなかった。
 顔を上げるのもおっくうで、ベッドに体を投げ打ったままぼうっと返事をする。

「だったらブルネはどうだ?お前の大好物だろう?」
 
「……ブルネ? 採集にいくなど聞いておりませんでしたが、どうやって手に入れたのですか?」
 
「いや……それはだな…………」

 やっと枕から顔を上げて、父フランツとトレーの上を見やる。

 紫炎に染まったブルネの果実がカットされ、皿の上に並んでいる。
 ブルネの実はとても甘くて、ひとたび食べた者を魅了する。
 華やかな香りがして、柔らかなその実を一口かじると、さらに香りがたちこめ、甘い果汁で口の中は幸せいっぱいになる。
 ゴクリ、と喉を通るその感触さえも優しく甘美だ。
 
 ブルネの果実は、このデューラー男爵家領地の特産品である。
 魔物の森の奥深くに生息するブルネ。
 その甘い香りに魅了されるのは何も人間だけではない。
 森に住む魔物の好物でもある。

 その中でも上位に位置するリンドヴルムの大好物だ。
 
 リンドヴルムとは、ワニのような躯に、コウモリのような翼で空を飛ぶ恐ろしく凶暴な魔物。
 尻尾はヘビのように長いのも特徴だ。

「その……たまたま手に入ってだな…………」

 困ったように、もごもごと蓄えたヒゲをうごめかせてはっきりしないフランツ。

 そんな上位種の魔物のリンドヴルムを相手取って、このブルネをとって来られる強者はこの領地にはいない。

 いるとすればそれは……。
 

「よぉ、久しぶりだな」
 

 半開きのドアの戸枠に寄りかかる一人の長身の大男。
 その体躯は鍛え上げられて、盛り上がった筋肉が服の下から主張している。
 いつも着ている防具類は外しており、その見事な筋肉を自慢しているのか、体の線がはっきりとわかる軽装をしている。

「ルートヴィヒ閣下……」
 
 どこもかしこもゴツゴツとしていて、男臭い。
 爽やかで、柔らかな印象のカスパー王子とは真逆でむさ苦しさを感じる風貌だ。
 
 カスパー王子と同種のブラウンをまとっているのに、その印象は全く違っていた。

「ロヴィスと呼べよ」

(昔とは違うのだから、そんな軽々しく呼べるわけがないのに……)
 
 錆びついたような濃い茶色の髪は長く、整えられていない。
 前髪も顔全体を覆うほど野暮ったく、金の瞳を隠している。
 けれど、そんな粗暴な粗さがむしろ、男らしさを強調している。
 
 アルブレヒトにはむさ苦しさしか感じないけれども、一般的にはこういった男の中の男、というのもモテるのだ。
 
 アルブレヒトの理想のタイプはそれと真反対の、カスパー王子のような優しい王子然とした雰囲気の人がすきなのだ。
 
 ――そう、カスパー王子……。

 王子のおもかげを思い出したらまた悲しくなってきた。
 涙は枯れることを知らず、また溢れ出そうになる。
 それでも涙をこらえたのは、この目の前の男にそんな弱いところを見せなくなかったから。
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