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 物悲しさを感じて少しうるっと涙腺が緩んだ。家を出てからずっとこの部屋で過ごしてきたのだ。感傷的にもなる。必死に、働いて一人で生活してきたのに。後先の将来など考える暇も時間もなく働き、その日その日を生きてきた。自分なりに一生懸命に。

 そんな努力も報われず、こうして社会に捨てられてしまう。何の役にも立たない、ハムスター獣人のオメガ。

 できそこない、のオメガ

 その事実を突きつけられたようで悔しくて、でもどうしようもできない自分に悲しくて。腹が立った。

 この次どうするかなんて決まっていもいない。いく当てもお金もない。

 実家に帰る?
 そんなことしたら、またオメガのくせにとか、勝手に出ていったことを非難される。
 どんな顔して帰っていいかもわからないし。
 また回し車を必死に回すように、自分一人いいように家族にこき使われるだけだ。
 その当時を思い出してまた身体が冷えてぶるぶると震え出してしまった。
 
 ――落ち着け、落ち着け。

 両手で抱きしめた身体を摩りながら、身体を必死に温めた。

 リュックを背負って簡単に掃除して、部屋を出て大家さんに鍵を返した。

 大家さんは申し訳なさそうに言いながらも、出てってくれてよかったと安堵感を隠せない顔で、「すまないね、元気でやるんだよ」と声をかけてきた。それにはい、と半笑いのような歪んだ笑顔で返した。

 とぼとぼと当てもなく歩く。以前家を出てすぐ住む場所に困って公園で寝泊まりしたことがあった。友達に頼るなんて事も恥ずかしくて、知られたくなくて出来ず、どうしようもなくて。
 雨風を凌げるような公園の遊具に隠れて夜を越した。しばらくはそうしていたのだが、近所の人に気づかれて通報されてしまったのか、警察に見つかってしまった。見咎められ、公園での寝泊まりはやめるように言われてしまった。
 警察にやめるように言われてしまったらもうこの公園では寝泊まりできない。

 すぐに出ていき、他の遠くの公園に身を潜めて自分でも借りられるような物件を探した。見つかるまで公園を転々とした。

 そんな日々を思い出したが、いく先はやはり公園しかなくて、歩きながら大きめの遊具がありそうな場所を探し始めた。


 オメガの性で、一つだけ憧れていることがある。
 
 今も語り継がれている、である。
 アルファとオメガの間で遺伝子、魂レベルで惹かれ合う存在。フェロモンの匂いでお互い運命だとすぐにわかるらしいのだが、本当にそんなものが嗅ぎ分けられるものなのだろうか。それとも目が合ってビビッとくるのだろうか。

 結びつきの強い番いという運命に、俺はかなり憧れを持っていた。

 運命の番い同士出会うことが出来れば、それはそれは幸せになれるそうなのだ。互いの存在を認め合い、慈しみ、愛を育むことが出来る。アルファはオメガを自分の唯一だと大事にして、オメガはそんな自分を守ってくれるアルファを優しい愛で包み込む。そうすることでお互いに最高の幸福感を味わうことが出来るというのだ。
 おとぎ話のような話で、ちょっと信じがたい。

 ――でも、本当にそんな運命がいるとすれば
……。
 
 オメガである自分にも運命の番いなんてものが現れてくれれば幸せになれるのかな、なんて考えてしまうのはしかたないだろう。家族と疎遠になり、自分一人きりで生きている自分がそんな相手に恋する乙女のように憧れてしまうのは仕方のない話しだ。

 ただ、そんな会えるかどうかもわからない相手の前に、自分は恋人も好きになった人もいたことがない。運命の番いと出会ったとしてもきっと気づけないだろうとも思う。
 
 ハムスター獣人は鼻がいいほうだけど、俺はからきしだめ。ハムスター獣人としての習性や特性なんかも歳を重ねるごとに薄らいでいっているようだ。
 それに自分はオメガとしてはできそこない。運命の番いなんて俺にはそもそもいないのかもしれない。けれどもやっぱり憧れることを止めることはできなかった。
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