御曹司な元カレの甘ったるいコマンドなんて受けたくないっ!

ノルジャン

文字の大きさ
上 下
17 / 35
本編

16-ケア

しおりを挟む

「違うんだヒカル。ため息を吐いたのは、お前が回復してくれて安心しただけで……」
「嘘つけ」
「本当だ、信じてくれ」

そんな確証も何もない言葉を信じられるほどお人好しじゃない。
それに、こんなところで蓮にさいている時間も惜しい。

「蓮、そろそろ俺の服を返してくれ。もう仕事に戻る」
「は? 一体何を言っているんだ?」
「なにって、仕事が溜まってるし、これ以上遅らせたらとんでもないことになる」

休んだ分だけ仕事は残る、新しい仕事も増え続ける。
最近は土日も出勤したりして仕事の後処理を進めたりしていた。
そうしないと終わらないから。

ベッドを降りると、頭をトンカチで殴られるようなほどの頭痛がしてふらりとよろけた。

慌てて蓮が俺の体を支える。

「『Freeze動くな』って言ってるだろ」
「俺はお前のパートナーじゃない。お前に俺を縛ることなんてできない」

コマンドを弾き飛ばして蓮を睨みつける。

「ヒカル、お前は1週間はここで自宅療養だ」
「いやだね」
「そう医者にも言われて、俺はそれを了承した。だから退院手続きができたんだ」
「そんなの、お前が勝手にしたことだろ! 俺には関係ない!」

1週間も療養したら、どれだけ仕事がたまるかわかっているのか? 
仕事で1週間を取り戻すのに、どれほどの労力がかかるか、蓮はわかっていない。
社長だなんて偉そうに。
どうせ社員に命令するだけの楽な仕事だろ。
底辺リーマンの俺と、ホテル経営者の社長とじゃ、立場が違う。

俺はギリギリと奥歯を噛み締めた。

やっぱり、こいつはDomだ。
自分だけで勝手に決めて、俺のことなんて考えてくれていない。自分が相手を支配することしか考えていないんだ。
俺がどんな思いをするかも、わかってくれない。わからろうとしていない。
俺たちはDomとSubである限り、一生分かり合えない。

「ヒカル、こんな状態で仕事にいけるわけがないって、わかるだろう?」
「うるさいっ」

別にどうってことない。
薬を飲めば欲求は抑えられる。頭痛も、吐き気も我慢すればなんとかなる。今までなんとかしてきた。
一人で生きてきたんだ。

「よく自分を見てみろ、ヒカル」

ずいっと、手鏡を渡される。
そこに映る、顔色の悪い痩せ細った男。

酷い顔だ。目も充血して赤く、隈もできてくぼんで黒ずんでいた。

俺は自分の頬に手を当てた。

俺、こんな疲れた顔してた?
びっくりしすぎて、自分の顔だと一瞬わからなかったくらいだ。

「お、俺……こんな……」

ふるふると震えながら蓮に渡された手鏡を掴む。鏡の中の男が泣きそうに顔を歪ませた。

「ヒカル、もし、これからも仕事を続けたいなら、俺と擬似パートナーになれ」
「……っ、やだ……」

Subになんかなりたくなかった。
こんな欲求欲しくなかった。
普通に生きていたかったのに。
どうして俺ばっかり、こんな目に遭うんだ。

「もう一度サブドロップしたら、死ぬぞ」
「……!」
「死にたいのか?」
「……し、しにたくない……」

消えて楽になりたい、なんて思ったのはSub不安症のせいだ。
意識を取り戻した今ならそう思える。

「だったら、俺とプレイするんだ。そうじゃなきゃ、お前を病院に送り返す。そしたら、しばらくは退院もできないし、Dom性の医者のコマンドで強制的に治療させられるぞ」
「……そんなのやだ」
「だったら、俺にしておけ」
「なんで、そんなに必死になるんだよ……俺が死んだってお前には関係ないだろ」
「さあ、なんでだろうな……?」
「っ……」

蓮の初めて見せる顔だった。
眉が垂れ下がり、キラキラと瞳が揺らめいていた。ちょっとでも触れたら、壊れてしまいそうな脆いガラスみたいだ。

ほんとに、なんで俺なんかを助けるんだ。
ほっとけばいいのに。

「俺はただ、ヒカルに平穏に過ごしてほしいだけだ」
「……うん……」
「強制もしないし、痛いこともしない。プレイはただの体調管理だ」

倒れるくらいに膨れ上がった欲。
プレイで解消せずに生活していくのは難しいことは、今回のことで身にしみてよくわかった。
こんな体じゃ仕事も満足にこなせない。

蓮はどうして俺なんかにかまうんだ。
俺に振られた復讐をしたいわけじゃないのか?

「わかったよ……蓮と擬似パートナーになる」

プレイするしか、俺が生活していく手段はない、そう突きつけられた気がした。
薬でも押さえつけられず、また仕事中に倒れでもしたらクビになったりすることも当然あり得る。
そうしたら、俺はまたあの暗闇に落ちて生きる意味がわからなくなってしまうかもしれない。

「よかった。よく決心した。頑張ったな」
「ん……」

コマンドのご褒美としてじゃなくても、褒められると嬉しくなる。

気持ちが落ち着いたら、どうして俺は蓮のホテルにいるのだろうと疑問に思った。

「……そもそも、何で俺はここにいるんだよ」

なんで蓮なんかに連絡がいったんだろう。パートナーでもなんでもなかったのに。俺のケータイにだって、蓮の連絡先なんか入ってない。

「ああ、それはお前の同僚がその腕の電話番号を見て俺にかけてきてくれたんだ」

腕の少し薄くなった番号。

何としてでも消しておけばよかった!
 
全てがこいつの思惑通りにことが運んでいる気がする。
納得いかない。

気が抜けたことで、ふと、蓮が持ってきたトレーが目に入った。
何かの料理がのっていたけど、この距離からその料理名はわからない。

くん、と鼻を利かせてみると、チーズの濃厚な香りが漂ってきた。






ぐうっ。






静寂に鳴り響く、俺の腹の音。




「くッ、……た、たべるか……っ?」

笑うのを我慢しながら、蓮がテーブルに置いていたトレーをベッドまで持ってきてくれた。
込み上げでくる笑いを押し殺そうとしているけど、全然できていない。

「いっ、いらねぇよッ!」

ぐう、ぎゅるる。

「ふぐ、っ……ヒカルの腹の音は素直だな」

蓮はトレーを俺の太ももあたりに乗せた。

くつくつと手を口元に持ってきて、さらに腹を抱えて笑うのを堪えている蓮。

俺はむすっとしたまま腕を組み、トレーの料理から目を背けた。

けど、チーズのたまらなくいい匂いがただよってきてどうしても無視できない。

ぐうううっ。

空気の読めない俺の腹はまたしても盛大になった。

「ほら、遠慮せずに食べてくれ」
「いらない!」

こんな屈辱あるか?
いらないって言ってるのに、腹は俺を無視してくる。
こうなったらもう意地でも食べない!
俺は絶対に食べない!

「少しでもいいから食べないと」
「だーかーらー、いらな……」
「はい、あーん」

大きく口を開いて拒否の言葉を口にした。
その時に、ひょい、と蓮がスプーンを口に放り込んだ。

「んぐっぅ!」

いきなりのことで、俺はびっくりしてごくんと、それを飲み込んだ。

え、うまっ。

チーズの塩味が効いていてしっかりとしているのに、ミルクの優しい味わいも感じた。

「病人食は作ったことがなかったんだが、フレンチリゾットなら食べやすいかと思って。胃にも優しいし消化にもいいだろうし」
「……うまい」

全然食欲が湧かなかったけど、これなら食べられそう。チーズが入ってるからくどい味かと思いきや、あっさりと食べられる。

絶対食べない、とか思ってたくせに、もう二口目が食べたくなってきた。

「ヒカル、『口開けて』」

あー、くそ。
蓮のコマンドに従いたくないけど、俺の体はこのリゾットを欲している。

俺はしぶしぶ口を開けた。

パクリ。

また蓮が俺の口までリゾットを運んでくれる。

しかも、そこらで食べるチェーン店のやつとはレベルが格段にが違う。
やっぱ高級ホテルのシェフが作ってるのかな。
死ぬほどうまい。

これなら全然食べられる。
食欲なかったのが嘘みたいにぺろっと食べてしまった。

そして、食べさせてくるたびにコマンドを使ってくる。食べたら褒めての繰り返し。

「全部食べれたな。『えらいぞ』」

うぅ、いやだ。
褒められると気持ちいい。

「こんなにうまそうに食べてくれるなんて、作ったかいがあったな」
「え? これ、お前が作ったのかよ?」
「そうだ」
「シェフとかじゃなくて?」
「俺が、ここの部屋のキッチンを使って1人で作ったんだよ」
「蓮って、料理できたんだ」

いつも会うのは放課後のあの時間だけだった。それ以外の場所で過ごしていた蓮を俺は何も知らない。

「フランスに留学してたことがあってな」
「ふ、ふらんす……」
「パリの五つ星ホテルで経営を学んだ時に、ついでにフランス料理も教えてもらって」
「へ、へぇ」
「経営を学ぶよりも、フレンチの修行の方が厳しかったくらいだよ」

あはは、と楽しそうに笑っている。

ちょっとついていけない。
金持ちの世界。
経営学びに行ったのに、ついででフランス料理も教えてもらえるんだ。
しかも、普通に五つ星ホテルでシェフとして働けるレベルだろこれ。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

今日も一緒に

みづき
BL
高校三年間、聡祐に片想いをしていた湊は、卒業式に告白したが、「知らない奴とは付き合えない」とふられてしまう。 叶わない恋には見切りをつけて、大学では新しい恋をすると決めて一人暮らしを始めた湊だったが、隣に引っ越していたのは聡祐だった。 隣に自分に好きだと言ったやつがいるのは気持ち悪いだろうと思い、気を遣い距離を取る湊だったが、聡祐は『友達』として接するようになり、毎日一緒に夕飯を食べる仲になる。近すぎる距離に一度は諦めたのに湊の気持ちは揺れ動いて…… 聡祐とは友達になると決めて幸せになれる恋を始めるべきか、傍に居れるうちは諦めずに好きなままでいればいいのか――ドキドキの新生活、お隣さんラブ。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...