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本編

15-再再会

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意識は下へ下へと落ちていって、最後には真っ暗闇に到達した。ここには俺しかいない。
たった1人だ。
そう思った瞬間、息ができなくなった。
呼吸がうまく吸えなくて、酸欠になりそう。
早くここから出なくては。

体が重い。
這いあがろうともがくけど、どこが上か下かもわからない。出口がどこかも確かではない。
焦る心とは裏腹に、足が思うように動かない。

(誰か、たすけて……)

でも、ふと思った。

俺が助かる必要、あるのか?
職場では任された仕事も満足にできなくて、要領も悪い。
だから残業続きだ。
小さい会社だから残業代も満足に出ないのに。身をすり減らして必死になって働いている。
頼れるような仲のいい同僚も、上司もいない。

Subの欲求も増え続けて、体も不調で、調子のいい時なんてない。

相談できるような友達も、もう俺にはいない。
母さんも、「2人で新しくやり直そう」なんて言ったくせに、再婚して新しい家庭を作ってしまった。
向こうから連絡は定期的にくるけど、もう何年も会っていない。

この暗闇から這い出したところで、結局俺は1人なんだ。
だったら別に、よくないか?

もう、頑張らなくていいんじゃないか。
俺なんかがこの世から消えたところで誰も困らない。
悲しむ人もきっといない。
ちょっと同情してくれる人がいるかもしれないけど、それだけだろう。
もがくことを諦めて、楽になろう。
そう思ったら気持ちが楽になってきた。
このまま暗闇に身を委ねればいいだけ。

そう思った時だった。

遠くから、誰かが俺の名前を呼んでいる。
答えたいのに、声も出せない。
必死に声を出そうとするけど、うまくいかない。

ーーヒカル。

また俺の名前を呼んでいる。
今度は呼ぶ声がとても近くに聞こえる。

この声の主は一体だれだ?
俺はきっと知っている。

ーーおいで、ヒカル。

でも誰かわからない。わからないのに、この声に従えばもう大丈夫という確信が持てた。
やっと、この真っ暗闇から這い上がれる。
希望が見えた。
俺はその声に従った。


ゆっくりと闇から目を開けて、意識を取り戻した。
でもまだ夢の中にいるような感じだ。

ふかふかのベッドに包まれて、すごく気持ちいい。


ーーいい子だ。


俺は目の前にいたその誰かに抱きついた。
ふわふわと幸せな気持ちになる。

この幸せを手放したくない。
ずっと抱きしめていたい。


ーー戻ってきてくれて嬉しい。


俺も。
そう言ったつもりだったけど、ちゃんと伝えられたのかな。
白いモヤが視界全体に広がっていて、相手の顔もよく見えない。

頭を優しく撫でられて、ぽわんとまた幸せが溜まっていく。

嬉しい。

やっと、撫でてくれた。

嬉しさのあまり熱い涙が込み上げてきた。








パチリと目を開ける。
今度は意識もはっきりしている。
目の前にはどこかで見たような天井。
俺はここがどこか知っているような気がするけど、よくわからない。
起きたら、上品でシックな内装の部屋のベッドで寝ていた。

「どこだ? ここ?」

見覚えがある気がする。
確か、この前蓮に連れてこられたホテルの部屋の内装や色合いに似ている。

起きたばかりで、まだぽやぽやする頭で考え込む。

俺、さっきまで会社にいたよな?
それで、ちょっと休憩でもしようと立ち上がって……。
……で、どうなったんだっけ?
なんだか夢みたいなものを見ていたような気がする。

「いててっ」

少し身じろぎすると、ところどころ体がギシギシと傷んだ。

なんで?

あ、そういえば、俺、会社で倒れたんだっけ。

倒れた時にどこかぶつけたから、体が痛いのか。筋肉痛にも似た痛みが体中にあった。

それでも、倒れちゃうとは思わなかった。

「あ、ヤバい、仕事!」

積み上がった書類の山を思い出した。

倒れた俺の代わり誰かがやって貰うなんて、そんな申し訳ないことさせるわけにいかない。
みんなそれぞれ仕事を抱えているんだから。
それに俺自身が抱えている案件もいくつかあった。それは俺じゃなきゃ処理できないだろう。

着替えて職場に戻ろうと思った。
けど、服がない。

今来てるのは、バスローブだった。

ベッドから状態を起こしたまま、自分の着ているバスローブを触って確かめた。

げげ。
誰かに着替えさせられたのか。
バスローブの下はもちろん裸だった。

てか、普通倒れたら病院に搬送されたりするだろうに。
なんでこんなところに。

「気がついたのか」

振り向くと、蓮が開いたドアから部屋の中に入っていた。
手には料理の乗ったトレーを持っていた。

「蓮……」
「どこにいくつもりだ? サブドロップしたんだ。しばらくはベッドの上で療養だ」

サブドロップ……。
仕事のストレスと、Subの欲求不満が限界値を越えちゃって、ブラックアウトしたのか。

「俺は大丈夫だよ」
「まだ顔色は悪いぞ」
「大丈夫だっつってんだろ」
「ダメだ。アフターケアしてやっとドロップから回復させたのに、また会社に戻ったって倒れるだけだぞ」
「仕事が残ってんだよ」
「仕事と自分の命、どっちが大事だ?」
「……っ、そ、れは」

どっちがって聞かれたらそりゃ当然、命の方が大事だけどさ。

「まだ『寝てろ』いいな?」
「でも、大分体は軽いし……」
「それは俺がケアしたからだって言ってるだろう。……サブドロップした時のこと、覚えてないのか?」
「……あんまり、覚えてない。なんか夢みてた気がするけど」
「……どこまで覚えてるんだ?」
「どこまでって?」
「会社で倒れた後のことだ」
「あー、え、っと……なんか真っ暗なところにいて、俺を呼ぶ声がして、それで意識が多分戻った、とこまでかな?」

自分の見ていた夢を他人に説明するみたいになってしまい、よくわからない説明になってしまった。

「はぁ、……そうか」

蓮は手で顔を覆ってため息を吐き出した。

意識のない状態のことを説明するんだから、こんな説明しかできないのは仕方ないだろう。

蓮は俺の説明がつたなすぎて、呆れているみたいだった。
こんな簡単なことも、できないのかと。

「意識がなかったんだから、説明しづらいのは仕方ないだろ……っ」

責められてるみたいで、それが結構心にズドンときた。俺はぎゅうっとシーツを握りしめた。
力が入り過ぎて腕が小刻みに震えた。

「違うヒカル、俺は別にお前を責めたわけじゃ……」
「じゃあなんだよ?! ため息まで吐きやがって、嫌味かよ」


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