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本編
14-欲求不満
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蓮と再会してしまって4日。
電話番号はまだ薄っすらと肌に残っていた。
むやみにゴシゴシと擦ってしまったせいで、濡れるとヒリヒリと痛くて洗えなくなったからだ。
会社では長袖スーツだし、袖を捲らないように気をつけていれば誰にも見られることはなかった。
職場のデスクに座り、画面を見ていると目がかすむ。
「あー、きつい……」
まだ昼前だっていうのに、尋常じゃないほどの疲労感だ。
こめかみを指で揉み込む。
そうすると、ちょっとだけ痛みがマシになる気がした。
Subの不安症のせいで体がだるい。食欲もあまり湧かないし、仕事中もそれ以外もずっと気持ち悪くて吐きそうだ。
いつもよりもかなり重たい症状になってきた。
こんな症状に悩まされている理由は想像がつく。
蓮のせいだ。
薬で抑えつけていた欲望は、蓮とプレイして満たされた。
けど、満たされたはずのsubの欲求がさらに強くなって押し寄せてきている。
なくならない欲望。
いつも処方してもらってる抑制剤だって強い薬なのに。もうこれ以上、薬では押さえつけられないほどに膨れ上がってしまった。
こんな欲求いらないのに。
だが、どんなに体が辛くても仕事はなくならない。
むしろデスクの書類は溜まっていく一方だった。
頑張ることなんて普通だ。
みんなそれぞれ頑張って仕事して生きてる。
当たり前にみんながしていることをやって、誰かに認めてもらいたい、褒められたい、なんて。
そんな都合のいいことばかり考える。
もっと頑張って、努力して。
長時間働いて。
睡眠も、休憩も取らずにあくせく働いて。
そうしたら、ようやく誰かに見てもらえるかもしれない。
褒めてもらえるかもしれない。
自分の存在意義を見つけられるかもしれない。
「七瀬、悪いけど追加の仕事だ」
同期の佐々木がどさり、と俺のデスクに書類の山を積み上げた。書類の山が一つから二つに増えた。
うそだろ。
こんなの無理。
やっと一山処理を終えるところだったのに。
「俺ももう手一杯なんだよ。お前の方で処理出来ないのか?」
佐々木にそう正直に伝えた。
「俺の方ももう限界なんだよ」
佐々木が自分のデスクを指差す。
すると、俺のデスクよりも書類が溜まっていた。
「っ、……わかったよ。俺がやるよ」
「悪いな。今度奢るからさ」
そう言って佐々木は自分のデスクに戻っていった。
なんで俺に押し付けるんだよと、不満の気持ちもないわけではなかった。
もっと食い下がってもよかったけど、対して仲良くもない同期に、この仕事の山を押し返す気にはなれなかった。
こうやって仕事を押し付けられて溜まっていく。
俺の悪いところだ。
推しに弱い。
でも、こんなに書類の山を抱えて仕事をしていたら、誰かしらは見ていてくれるかも、なんて甘えた考えがよぎった。
「七瀬はいつも頑張ってるな」って一言でもねぎらいの言葉が聞けたら、もっと頑張れるのに。
社内を見渡せば、みんな自分のデスクの前でパソコンを開いて業務をしている。パワハラ上司に怒鳴られている新人の子もいるし、中にはクレームの電話対応をして相手に怒られている職員もいる。
ぺこぺこと電話越しに頭を下げていた。
俺を見ている人なんて、1人もいなかった。
みんな自分のことで精一杯だ。
普通にみんながやってることをやって、褒められようなんて。
子どもっぽくて幼稚で、自分自身に吐き気がする。
どうして自分はsubなんだろう。subなんかじゃなかったから、こんなに苦しまなくて済んだのに。
鬱々と考え込んでしまう。だけど、これ以上考えても何も進まない。書類の山は勝手になくなってはくれない。
今日も帰れないかな。
そう思ったら体に重圧が重くのしかかった。
気が遠くなりそうだった。
ちょっとだけ休憩しよう。
缶コーヒーでも飲んで、頭をリフレッシュさせよう。
そう思って立ち上がった。
ぐにゃり。
視界がぐにゃぐにゃと曲がった。平衡感覚が保てなくなって、自分がちゃんと立っているかどうかもわからない。
あれ? なにこれ?
地に足をつけて踏ん張ろうとしたのに、足が床に着く感覚もなくてぐにゃりとした。
「キャアァ!」
「七瀬さん! 大丈夫? しっかりして」
「おい! 誰かきてくれ! 七瀬が倒れたぞ!」
周りの職員が俺のそばにきて声をかけてくれた。その声はどれもエコーがかかっているみたいに頭に響いて、聞き取りづらかった。
周りに集まった人たちの言葉で初めて、自分が倒れているとわかったくらいだった。
声も出せない。
キーンと耳鳴りがして、自分の心臓がドクドクとやばい感じで鼓動してるのが妙にリアルに聞こえてくる。
自分の息遣いも聞こえるけど、どこか他人ごとみたいな感覚だ。
意識だけが浮いた状態。
もう目を開けていられない。
俺は瞬きをするうちに、意識を真っ暗闇に手放した。
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