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本編
9-★ 過去 息苦しさ
しおりを挟む「俺に触んなっ!」
「お前、もういらない」
ーー待ってくれ、ヒカル。
声にならない。
凍りついたような両足。教室から飛び出していくヒカルをとめることができなかった。
教室内のざわめきも、俺には聞こえなかった。
ただ、ヒカルの拒絶の言葉が頭でこだまする。
財閥の御曹司だってバレることなんて、この際どうでもよかった。
大事なのはヒカル、そのただ1人だったから。
ヒカル、お前と一緒にいられれば、他のことなんてどうでもよかったのに。
◇
俺の家系はみんなDomだ。
何人もの部下や子会社を抱える企業家の財閥。
ビジネス社会で成功している人間のほとんどがDomと言ってもいい。
他者を支配したい、信頼されたい。
そういった欲求は会社のトップに立つことで強く満たされるからだ。
俺の父親も母親も、そして姉も、そのうちの一人。他者を従えることに慣れて、上に立つものとしての自覚も能力もある。
でも、俺は家族とは違ってDom性が低いのかもしれないと思い始めた。そもそも、Domですらないのかもしれない。
特に親の跡を継ぐ気力もわかない。
将来、幹部や取締役になって会社を引っ張っていきたい、コントロールしたいなんて気にならなかった。無気力だった。
両親と俺で、広いリビングで朝食をとっていた。
「蓮、お前もそろそろ将来のことを真剣に考えなさい」
「将来……」
父に言われてもピンとこない。
ズレてきたメガネをかけ直し、伸ばしている髪の隙間から父を見た。父の眉間には皺が寄っていた。
俺は目は悪くないが、少しでも周りの視線を気にしないように伊達メガネをしていた。
姉はもう社会人となり、最近一人暮らしを始めていたのでここにはいない。
そして、俺も中学3年生。次の年には高校に上がる。
けど、幼稚園からエスカレーター式の学校に通っており、高校受験なんて必要なかった。
ただ親に言われた通りの学校に通い、生活をしていた。
成績だって悪くない。いつも上位の位置をキープしていた。
そうしろと言われていたからだ。
「お前も言われたことをこなすのではなく、何かしたいことはないのか? 興味のあることは?」
父は、俺の主体性のなさを危惧したのかもしれない。
「そうよ、蓮。なんでもいいのよ。何かやりたい事はない?」
母も、父と同じように俺のやりたいことを尋ねる。
学校や私生活の態度も悪くない。むしろいい方だと思う。
けれど、自分からやりたいことなんてなかった。何にも興味が持てない。
「特には」
「お前は本当に俺たちの息子なのか?」
父は、厳しい顔でコーヒーのマグカップをテーブルに置いた。
その音がいつもより大きく耳障りに聞こえた。
俺のやる気のなさは、両親のdomとしての性質とは違っていたから、俺のことが異質に見えたんだろう。
一条家の者はみな優秀で、トップに立ちたいという意欲の塊みたいな人たちの集まりだ。
「あなた」
父をとがめるように母の低い声が父に飛んだ。
「だってそうだろう。これくらいの年には俺はテニス部の部長をやっていたし、お前だって生徒会長をしていたじゃないか」
「それはそうだけど」
「百合だってミスコンで一位を取っていただろう」
百合とは俺の姉のことだ。
ミスコンで優勝して、一時期モデルなんかをやっていたこともある。
美人で優秀で、自分の興味のあることはとことんやり遂げる。そして、素晴らしい成果を果たす。
父の会社とは何の関係もない大企業に就職したが、ある程度経験を積んだ後、服飾系の会社を自ら立ち上げる予定だということだった。
今の会社で、企業のためのノウハウを学ぶつもりらしい。
自分の未来のビジョンをしっかりと持って、そしてそれを成し遂げる力も、姉にはある。
俺とは違って。
「蓮は勉強もスポーツもそつなくこなすくせに、それに対する熱意も何もない」
だって興味がわかない。
何を頑張っても、一位をとっても、全ては一条家の栄光にかすむ。「さすがあの一条家財閥の息子さん」とか「一条家は優秀者ばかりだな」と言われる。一条、一条、一条。
「姉の方が綺麗で優秀だな」とか「どうせ親の七光だろう」という声が聞こえてくることもある。
「素材は悪くないはずなのに、自分の容姿や格好にも無頓着じゃないか」
呆れ返った父の声。
「Domなのかもあやしいな」
「あなた!!!」
ぽろっとこぼれた言葉に、母はキツい口調で父を呼んだ。
俺自身もそう思う。
だから、そう父から思われても仕方ない。
いつも周りからの視線があった。
一条として見られて、期待されて。
(息苦しい……)
小さい頃は、芸能人顔負けの美貌があり、俺は周りからはいつも視線を向けられていた。かわいい、きれい、と、もてはやされていた。
そうやって注目を浴びるのが一時期は嬉しかった。
だけど、俺は気づいていった。
「蓮くんはお姉さんに似てかわいいね」
姉にはかなわないのだと。
常に姉と比べられる。
「百合ちゃんは綺麗で、勉強もできてすごいわねぇ~」
顔や勉強のことだけでなく、性格についても周りから色々と言われる。
それが耳に入るたびにだんだん苦痛になり、見た目に気を使うことはやめて、誰とも話さずに内にこもるようになっていった。
俺は、そのまま暗い沈黙の中で朝ごはんを食べ終えて、重い足取りで学校へ向かった。
門の前で女生徒に挨拶をされた。
「ごきげんよう。一条様」
にこり、と笑いかけられる。
俺は歩きながら、彼女に微笑み返して挨拶をした。
「おはよう、西園寺さん」
彼女はクラスメイトだ。
よく俺に話しかけてくる。
俺のような御曹司や芸能界、政界の2世なんかが通うエスカレーター式の学園。俺は小さい頃からここに通っている。
こんな暗そうな見た目をしていても、俺の周りに常に人が寄ってくる。
どこにいても気が休まらない。
擦り寄ってくるやつらはみんな、俺を見ているわけじゃない。俺を通して、一条財閥の支配力に屈しているだけだ。それが成長するにつれて、だんだんとわかってきた。
常にたくさんの人に囲まれていても、誰も本当の俺を見てくれる人はいない。
誰も俺を必要としてくれない。認めてくれる人はいない。
「一条様、今度の土曜日は開いていますか?」
「なぜですか?」
「今度、父の会社のパーティーがあって、ぜひ参加して欲しくって。できれば付き添いをお願いしたいのです」
たしか、彼女の家は不動産関係の仕事をしていたはずだ。
「僕なんかでいいんですか? 他にもっと釣り合う男性がいるでしょう」
気が進まない。
どうやって断ろうかと思案していた。
ただ、彼女に釣り合いそうな他の男性の名前が今はパッと浮かんでこない。
「一条様より釣り合う男性なんていませんよ」
「そんなことないですよ」
はは、と笑ってみたが、思った以上に乾いた声が出てしまった。
でも、西園寺さんは気にした様子はなく、にこにことしていた。
いつも相手の言葉にある裏側を読んでしまう。
「あの財閥の一条家の息子」で「御曹司」だから釣り合うのだと。
「それから、パーティーには一条家の皆様にご参加いただきたいのです」
やはり、また一条家だ。
俺はおまけでしかない。
彼女の、もしくは彼女の父親の目当ては一条の財力や人脈か。
「皆様のご都合は……」
彼女がさらに話を進めようとするのを俺は遮った。
「申し訳ないのですが、土曜日は父の仕事を手伝う予定なのです」
口から出たでまかせだったが、これから真実にすれば嘘にはならない。
ちょうど、父にも何かやりたいことはないかと聞かれたばりだ。
父の仕事に興味を持ったとなれば、父も喜ぶだろう。
土曜の休みが潰れてしまうが、パーティーに行くよりはましだった。
「まぁ、そうだったのですね。残念ですが、それなら仕方ありませんね」
彼女は少しだけ残念そうにしながらも、どことなく嬉しそうだ。
俺が父の仕事を手伝う。それは、父の跡を継ぐ可能性があることを意味するから。
俺に近づければ、一条家の権力にも近づいたことになる。
学校の門をくぐったばかりなのに、もうすでに帰りたくなってきた。
ため息が出ないように息をする。
校内に入ると、見慣れない制服の学生がぽつぽつといるのに気がついた。
じっと見ていると、俺の横をついきていた西園寺さんが説明してくれた。
「今日は外部受験生の面接日でしたね。今年は奨学生をたくさん受け入れるそうですよ」
「へえ」
外部からこの学園に受験してくる生徒はあまりいなかった。クラスにも、確か1人くらいだ。
あまり目立たずにクラス内で過ごしている外部学生を思い出す。
そして、これだと思った。
俺も、外の一般の学校を受験すればいい。
そうして、一条財閥の御曹司だとバレないよう目立たずに生活すれば、今よりは息がしやすくなる。
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