7 / 31
5-1
しおりを挟む『私と一緒に暮らさないかい?』
その言葉を受けてから、ぽかん、とした顔をどれほどの時間続けていたのだろう。
(一緒に暮らすって、俺と? スミスさんが?)
いつのまにか目の前にはオーダーしていたドラゴンのステーキが置かれていた。熱い鉄板にじゅうじゅうと音を立てて美味しそうに焼けている。
セットでついてきたこんがりと焼けた小麦色のパンも美味しそう。
いつまでも食べ出さない俺に、スミスさんは、自分のフォークですでに一口大に切られていた俺のドラゴンステーキを一切れ取った。
そのまま自分で食べるのかと思いきや、俺の目の前にステーキを差し出した。
「はい、あーん」
ずい、とフォークが口の前に来て、肉のいい香りに思わず俺はそれを口に入れた。
パクリ。
もぐもぐ。
う、こ……これはっ!
「うまぁ……っ」
ミディアムレアに焼けた柔らかい肉の肉汁が、噛むたびにジュワッと口の中に広がっていく。
二口目からは、もきゅもきゅと自ら残りを平らげていった。
ステーキにかけられたブラウンの玉ねぎソースがこれまた肉と合う。
「ここのドラゴンステーキはすごく美味しいよね。油もしつこくなくて、そんなに食べた後も重たくなくて女性に人気なんだ」
「めちゃくちゃ美味しいです! こんな美味しいものがあっただなんて……」
幸せを噛み締めながらステーキを堪能する俺。
副菜の野菜のソテーも甘味が強くて美味しい。
ランチに夢中になってしまい、衝撃的な言葉についてはもう忘れてしまっていた。
「それで、どうだい? 私と一緒に暮らさないかい?」
はっ、そうだった。
その重大なお誘いの返事がまだだった。
「いや、なんでいきなり一緒に暮らすとかになっちゃうんです?」
「それが一番都合がいいかと思って」
「都合がいい……?」
「だって、君は住むところはまだ決まっていないだろう? 私と一緒に住めば住むところに困ることはないし、私も君のことをリオから守りやすくなると思ってね。一石二鳥じゃないかい?」
「それは……」
確かにそうだけど。
見ず知らずの俺なんかを住まわせてもらっていいのかな。
「それに、無一文の君を養ってあげられるしね」
無一文……そう言われるとなんだか悲しい。
現実を突きつけられてしまって、心にグサリとナイフが刺さる。
「養うとかは……俺は別に働くつもりだし」
「もちろん、働くつもりの君を止めるつもりはないよ。ただ、働かなくても支障はないと言いたかっただけなんだ。どうかな?」
「……そう、ですね……すごくありがたいお話ですが、いきなり俺みたいなのが騎士団の団長様のお世話になるのは家の人たちも納得いかないのでは……」
ちょっといきなりすぎて無理があるんじゃないかと思う。
俺は田舎者だし、作法とかわかんないし、こんな偉い人のお世話になるのは彼の家の人たちも嫌がるだろうと思う。
それに、俺は東の民の血が流れてる。移民族の俺を嫌がる人はリオの他にもこの王都に大勢いそうだ。
「騎士団長と言っても、私は孤児の成り上がりだからね。そんなに気負わなくても大丈夫だから」
「ぅええ?! スミスさん、孤児……だったんですか? 騎士団長様だから、貴族が何かかと思ってました! それに、所作も綺麗だし、言葉遣いだって!」
スミスさんからは常人ではないオーラが出ているし、身のこなしや言葉遣いに品がある。孤児だったなんて信じられない。
「騎士団に入る時に相当勉強したよ。どうしても上に行きたかったからね」
「すごい……ですね」
「そうでもないよ」
きっと、相当な努力の賜物だ。
スミスさんは食後のデザートセットのカーフィーカップをゆっくりと口に運ぶ。
その動きでさえ、洗練されていてきれいだ。
「……迷惑じゃなければ、スミスさんのところで厄介になってもいいですか」
孤児だった、ということで一気にスミスさんに親近感が湧いた。
俺も孤児みたいなものだ。
生まれてすぐに両親に捨てられて、東の果ての村でじいちゃんに育てられた。
じいちゃんと俺は血のつながりはなかったから。
「もちろん」
嬉しそうに笑うスミスさんの笑顔を、俺はもう胡散臭そうなんて思わなくなっていた。
むしろ、ちょっと頬が赤くなっていて可愛いや。なぜか耳もちょっと赤いし。
店員さんがデザートの宝石ベリーのタルトを俺たちの目の前にそれぞれ置いてくれた。
「うわぁ、すごくきれい……!」
俺は思わず子供みたいにはしゃいだ声を出して感動してしまった。
キラキラと宝石のように輝いている美しいデザート。色とりどりのベリーが宝石の形ををしている。
「そうだろう? 見た目も綺麗だが、味も抜群だよ」
なにか、表面にキラキラとしたものがコーティングされている。砂糖か、それともゼリーかな?
食べるのがもったいないくらい。
このケーキにフォークを入れるのを戸惑ってしまう。
スミスさんを見ると、フォークとナイフを器用に使って硬いタルト部分を切って一口大にしていた。
目をつぶって、もぐもぐと満足そうに口を動かしている。タルトの味を堪能しているらしい。
俺も意を決してナイフとフォークをこの美しいケーキに入れた。
中々下の生地のタルトが硬い……!
フン! と力を込めたら無惨にボロボロになってしまった。
見た目が素敵なせっかくのケーキが……。
でも味は変わらないから……、と自分に言い聞かせた。
ちょっと涙目になりながらボロボロになってしまったケーキを頬張る。
ベリーの甘酸っぱい味と、中に隠れていたカスタードのフィリングの甘さがマッチしていてすっごく美味しい。
カスタード自体も甘くて美味しいのに、ベリーの味を際立たせている。
「しあわせぇ……」
ふにゃふにゃと顔がほころぶ。
そんな俺を、スミスさんがまた怪しげな細目で見ていることなんて気づかずに、呑気にこの極上のスイーツを楽しんでいた。
「ほんと、美味しそうだ……」
ペロリ、と舌なめずりしながらスミスさんは俺に聞こえないくらいの声で呟いていた。
俺の意識はこの宝石ベリーのタルトに釘付けで、周りはもちろん、スミスさんのことも何も見えてなかった。
349
お気に入りに追加
641
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる