上 下
33 / 33
終章: 便利屋始めました

国家存亡の危機はお断りします

しおりを挟む
 セシル達が便利屋を開業してから一か月が経った。
 今、彼らが住むのは石造りの大きな邸宅のような店舗だ。あれから噂を聞きつけ、村人はもちろんのこと、遠く離れた都市部や隣国からも様々な依頼が舞い込んできて、セシル達の商売はあっという間に軌道に乗ったのだった。お陰でセシルも短い期間に治療や占い、神殿で学んだ技術の指導など忙しく立ち回る毎日だ。
「やっぱり、君と組んだのは正解だったよ」
「私こそ、ヤルスさんに助けて頂いたお蔭です」
 他愛ない会話をする間もなく、次の客が現れる。相当逼迫しているのか、転がり込むように店舗に駆け込んできた。
「ここが、何でもできるという便利屋ですか?」
 見るとそれは騎士だった。騎士と言えばこの世界で決して低い身分ではなく、通常このような余裕のない素振りは見せない。ところが鎧はボロボロで、乱れた髪型さえ整えてもいなかった。
「悪いけど、予約は三か月待ちなんで」
「そうと仰らずに助けて下され! 今、王都が危機に瀕しております故!」
「と、いいますと?」
 セシルは話だけでも真摯に聞くことにした。彼女のこうした献身的な態度が便利屋の評判を高めた要素の一つであったのもまた事実である。
「まずは、部下達の応急手当てを願いたい」
「おい! 外は怪我人ばかりじゃないか!」
 いつの間にか外の様子を見ていたヤルスが血相を変えて応接室に飛び込んできた。村には一個小隊程度の騎士達が詰めており、誰もが怪我を負っていた。逆に言えば、怪我で済んだ者達だけがここまでたどり着いたと表現するべきか。
「わかりました。これは急を要する依頼ですね。すぐに皆さんを、近くの建物まで運んでください。私は村の方々に協力を依頼してきます」
 騎士達は屋根のある建屋に分散して逗留することになり、夜を徹したセシルの治療によって全員が命の危機を免れた。
「お陰で一息つくことができました。ありがとうございます」
 騎士の頭目と思しき一人が丁寧に頭を下げた。
「一体、何があったのですか?」
「先月より、ドルガとの戦が始まったことはご存じですか?」
「ええ、新しい聖女様の命令とかで」
「我々も戦場にはせ参じ、ドルガ軍と交戦しました。軍首脳部は、ドルガとベルクランドの結託を恐れて先にドルガを単独で攻撃しようと考えていました」
「でも、そうはいかなかったのですね?」
「ベルクランドが、急に不可侵条約を破って我が軍に宣戦を布告したのです」
「予想はしていました。ドルガが滅びれば、次はベルクランドが攻められますから。エレスト神聖国の魂胆はあまりに見え透いていたというべきでしょう」
「二か国の連合により戦況は一転。ドルガを侵略するつもりが逆にこちらの拠点が次々と堕とされ、いまや王都の聖女様の安全さえも憂慮されています」
「全く、何でこんな時に戦争なんて始めたんだか」
 話を聞いていたヤルスがぼやいた。不謹慎な言葉であるが、騎士は忠告も否定もしなかった。
「あの、それで聖女様が仰るには、この村に何でも可能としてしまう便利屋がいるそうで、その者の力を借りるべきだと」
「あら、私達の噂は聖女様の耳にまで届いていたのですか?」
「ええ、全知全能の力をお持ちだとか」
「せっかくのご依頼ありがたいのですが、お断り申し上げます」
「何と!」
 セシルはいつもの笑みで驚いている騎士の顔を見上げた。
「国家存亡の危機は、本物の聖女様にお任せするべきだと思いますから」
 彼女はそう言い残して、村人達の往診に向かったのだった。

(了)
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

emi
2022.02.19 emi

17 の1行目、さっきと同じような村 を 殺気と と変換してます。

フルーツパフェ
2022.02.20 フルーツパフェ

誤変換のご連絡ありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

嫌味なエリート治癒師は森の中で追放を宣言されて仲間に殺されかけるがギフト【痛いの痛いの飛んでいけぇ〜】には意外な使い方があり

竹井ゴールド
ファンタジー
 森の中で突然、仲間に追放だと言われた治癒師は更に、 「追放出来ないなら死んだと報告するまでだ、へっへっへっ」  と殺されそうになる。  だが、【痛いの痛いの飛んでけぇ〜】には【無詠唱】、【怪我移植(移植後は自然回復のみ)】、【発動予約】等々の能力があり······· 【2023/1/3、出版申請、2023/2/3、慰めメール】

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

ギフト【ズッコケ】の軽剣士は「もうウンザリだ」と追放されるが、実はズッコケる度に幸運が舞い込むギフトだった。一方、敵意を向けた者達は秒で

竹井ゴールド
ファンタジー
 軽剣士のギフトは【ズッコケ】だった。  その為、本当にズッコケる。  何もないところや魔物を発見して奇襲する時も。  遂には仲間達からも見放され・・・ 【2023/1/19、出版申請、2/3、慰めメール】 【2023/1/28、24hポイント2万5900pt突破】 【2023/2/3、お気に入り数620突破】 【2023/2/10、出版申請(2回目)、3/9、慰めメール】 【2023/3/4、出版申請(3回目)】 【未完】

外れスキル【転送】が最強だった件

名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。 意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。 失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。 そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

ここが伝説の迷宮ですか? いいえ、魔物の集合住宅です

ムク文鳥
ファンタジー
 魔界に存在するたくさんの魔物が暮らす集合住宅(アパート)、ヘルヘイム荘。  そのヘルヘイム荘のオーナー兼管理人である「大家さん」の悩みは、時々人間界から、ここを「伝説の迷宮(ダンジョン)」だと間違えて、冒険者たちが紛れ込んでくること。  大家さんが時に冒険者たちを返り討ちにし、時にアパートの住人たちと交流するほのぼのストーリー。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。