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3章: 新しい聖女
共食い
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足場の悪い斜面で何度も躓きかけても、セシルは走り続けた。彼女のすぐ前を、手を握るヤルスが引っ張っていく。ここで足手まといになるわけにはいかない。体力はもう底を尽きかけていても、セシルは無心で走り続けた。
「エリーチェ! お前の魔法で何とかしろ!」
「無理、無理! あそこまで巨大な奴を一撃でやれるわけないじゃん!」
「くそっ!」
あの巨大なカマキリはまだ三人をしつこく追いかけてくる。こんな何もない山道で見つけた獲物だから、そう簡単に手放すはずはないだろう。
「あそこ! あの穴に入るよ!」
一人先陣を切って走り続けたエリーチェが一瞬振り返って右を指した。平たい二枚の岩が互いを支えるように重なり、その間に人が入れそうな三角形の隙間が空いている。
「あと少しだ! 頑張れ!」
「は、はい――あっ!!」
大きなヤルスの手から、セシルの手がすっと抜けた。石の窪みに足を突っかけたセシルが前のめりに倒れ込んでいた。
「大丈夫か!」
「私に構わず、早く逃げて下さい!」
ヤルスが戻るより早く、セシルの真上には巨大カマキリの細長い影が刺していた。複雑な顎を擦りながら、大きく広げた両腕の鎌から鋸歯が露わになる。
「きゃあぁ!!」
セシルがおぞましい光景に目を覆ったその時だった。顔の前を風圧が駆け抜けると共に大きな音がして、二つの獣のような慟哭が重なり合った。
「あれ?」
ゆっくりと眼を開いたセシルは自分がまだ餌食になっていないことを知る。彼女を襲っていた巨大カマキリは、少し離れた場所で足をばたつかせている。よく見るとコウモリのような翼をはためかせる何かが巨大カマキリにしがみついて取っ組み合っている。全身鱗の強靭な身体つき。顎を出張らせた三角の頭。先端まで鋭く研ぎ澄まされた三本の鍵爪。紛れもなくそれは魔物の中で上位種に位置するドラゴンだ。そんな相手を前に争いは一方的で、背中を押さえつけられた巨大カマキリは最後の抵抗を試みているようだった。
「別の魔物と共食いしやがったんだ! 今のうちに逃げよう!」
ドラゴンと巨大カマキリが争う蔭でヤルスがセシルの身体を起こし、二人はそのまま洞穴の中に滑り込んだ。
「何てこと・・・・・・ドラゴンまでいるなんて」
穴の中から顔を出したエリーチェが息をのんだ。
「しばらくは外に出ない方がいいだろう。夜まで待って、アイツがいなくなるのを待つしかない」
「あ~、やっぱり来るんじゃなかったな」
「それはそうと・・・・・・お前な」
ヤルスはエリーチェの胸ぐらをひっつかんだ。彼の本気の顔に、気丈だったエリーチェも一瞬怯んだ。
「な、何よ?」
「お前、さっきから魔法で護衛するだの魔晶石を見つけるだの大口叩いておきながら全然役に立たないじゃないか! 誰のせいでこうなったと思っているんだ!」
「し、仕方ないじゃないの。こっちだってあんな大物と会うのは初めてなんだし」
エリーチェも自分の非を認めているのか、今度ばかりは反論しなかった。
「ふざけんな! 結局お前、せいぜい畑泥棒くらいしか取り柄がないんだな!」
「や、ヤルスさん! 言い過ぎでは?」
「やっぱりコイツは屑だったんだよ! 高いギャラ約束させたくせに何も出来ねえ! 何も知らねえ! だから放浪している魔導士は胡散臭いんだ」
「う・・・・・ひくっ!」
エリーチェが急に声を詰まらせたので、ヤルスは彼女を放した。
「お、おい? 泣くなよ! 悪かった! 今の言葉は確かに言い過ぎだ」
「わかっているもん! アタシだって・・・・・・努力したんだもん! でも、優秀じゃないからこんなことしているわけじゃないもん! こっちにだって事情ってものがあるんだよ!!」
「ヤルスさん! いくら正当な論理でも、女の子を泣かすのはよくありません! 謝罪して下さい!」
セシルが毅然とした態度で抗議すると、べそをかくエリーチェに近づいた。
「よかったらあなたのこと、もっと詳しく聞かせてくれませんか? 時間は十分にあるのだし」
「う、うん・・・・・・ありがとう」
エリーチェがようやく泣き止んだ所で、洞穴の入り口から何かが勢いよく転がり込んできた。丁度それは両手でやっと抱えられるくらいの大きさで、セシルの足元で悪臭のする汁気を飛ばした挙句に止まった。
「ん? これは」
宝玉のような複眼、くねくねと曲がる一対の触角。その下にあったはずの顎は下半分が食いちぎられていた。先ほどの巨大カマキリの頭部の残骸だ。
「あぅ・・・・・・だめぇ・・・・・・」
生来昆虫に慣れていなかったセシルの視界が急に暗転して、彼女はひっくり返った。
「ちょっと! お姉さん? 大丈夫?」
エリーチェの声が遠くなっていくのを聞きながら、セシルは冷たい岩肌に頬を押し当てたまま気絶した。
「エリーチェ! お前の魔法で何とかしろ!」
「無理、無理! あそこまで巨大な奴を一撃でやれるわけないじゃん!」
「くそっ!」
あの巨大なカマキリはまだ三人をしつこく追いかけてくる。こんな何もない山道で見つけた獲物だから、そう簡単に手放すはずはないだろう。
「あそこ! あの穴に入るよ!」
一人先陣を切って走り続けたエリーチェが一瞬振り返って右を指した。平たい二枚の岩が互いを支えるように重なり、その間に人が入れそうな三角形の隙間が空いている。
「あと少しだ! 頑張れ!」
「は、はい――あっ!!」
大きなヤルスの手から、セシルの手がすっと抜けた。石の窪みに足を突っかけたセシルが前のめりに倒れ込んでいた。
「大丈夫か!」
「私に構わず、早く逃げて下さい!」
ヤルスが戻るより早く、セシルの真上には巨大カマキリの細長い影が刺していた。複雑な顎を擦りながら、大きく広げた両腕の鎌から鋸歯が露わになる。
「きゃあぁ!!」
セシルがおぞましい光景に目を覆ったその時だった。顔の前を風圧が駆け抜けると共に大きな音がして、二つの獣のような慟哭が重なり合った。
「あれ?」
ゆっくりと眼を開いたセシルは自分がまだ餌食になっていないことを知る。彼女を襲っていた巨大カマキリは、少し離れた場所で足をばたつかせている。よく見るとコウモリのような翼をはためかせる何かが巨大カマキリにしがみついて取っ組み合っている。全身鱗の強靭な身体つき。顎を出張らせた三角の頭。先端まで鋭く研ぎ澄まされた三本の鍵爪。紛れもなくそれは魔物の中で上位種に位置するドラゴンだ。そんな相手を前に争いは一方的で、背中を押さえつけられた巨大カマキリは最後の抵抗を試みているようだった。
「別の魔物と共食いしやがったんだ! 今のうちに逃げよう!」
ドラゴンと巨大カマキリが争う蔭でヤルスがセシルの身体を起こし、二人はそのまま洞穴の中に滑り込んだ。
「何てこと・・・・・・ドラゴンまでいるなんて」
穴の中から顔を出したエリーチェが息をのんだ。
「しばらくは外に出ない方がいいだろう。夜まで待って、アイツがいなくなるのを待つしかない」
「あ~、やっぱり来るんじゃなかったな」
「それはそうと・・・・・・お前な」
ヤルスはエリーチェの胸ぐらをひっつかんだ。彼の本気の顔に、気丈だったエリーチェも一瞬怯んだ。
「な、何よ?」
「お前、さっきから魔法で護衛するだの魔晶石を見つけるだの大口叩いておきながら全然役に立たないじゃないか! 誰のせいでこうなったと思っているんだ!」
「し、仕方ないじゃないの。こっちだってあんな大物と会うのは初めてなんだし」
エリーチェも自分の非を認めているのか、今度ばかりは反論しなかった。
「ふざけんな! 結局お前、せいぜい畑泥棒くらいしか取り柄がないんだな!」
「や、ヤルスさん! 言い過ぎでは?」
「やっぱりコイツは屑だったんだよ! 高いギャラ約束させたくせに何も出来ねえ! 何も知らねえ! だから放浪している魔導士は胡散臭いんだ」
「う・・・・・ひくっ!」
エリーチェが急に声を詰まらせたので、ヤルスは彼女を放した。
「お、おい? 泣くなよ! 悪かった! 今の言葉は確かに言い過ぎだ」
「わかっているもん! アタシだって・・・・・・努力したんだもん! でも、優秀じゃないからこんなことしているわけじゃないもん! こっちにだって事情ってものがあるんだよ!!」
「ヤルスさん! いくら正当な論理でも、女の子を泣かすのはよくありません! 謝罪して下さい!」
セシルが毅然とした態度で抗議すると、べそをかくエリーチェに近づいた。
「よかったらあなたのこと、もっと詳しく聞かせてくれませんか? 時間は十分にあるのだし」
「う、うん・・・・・・ありがとう」
エリーチェがようやく泣き止んだ所で、洞穴の入り口から何かが勢いよく転がり込んできた。丁度それは両手でやっと抱えられるくらいの大きさで、セシルの足元で悪臭のする汁気を飛ばした挙句に止まった。
「ん? これは」
宝玉のような複眼、くねくねと曲がる一対の触角。その下にあったはずの顎は下半分が食いちぎられていた。先ほどの巨大カマキリの頭部の残骸だ。
「あぅ・・・・・・だめぇ・・・・・・」
生来昆虫に慣れていなかったセシルの視界が急に暗転して、彼女はひっくり返った。
「ちょっと! お姉さん? 大丈夫?」
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