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1章: 聖女追放

神殿での日常

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 ――天空暦十三年十月十六日

 王都中央にそびえる神殿の天井に開けられた円形の窓から柔らかな日差しが聖堂内に射しこんでいた。
 その真下で書物を読んでいた聖女、セシル=エレスティーノは欠伸をしながらそろそろ日課の昼寝の頃合いだろうと見越して、本を閉じる。
「セシル様、国王様がお呼びですが?」
 そんな急報をもたらした神官ハイデルに、セシルはあからさまに嫌悪感を露わにした。先代の聖女ミカディラの代より聖女の世話役を務めてきた古参の一人で、今は世話役の神官達の頭目を務めている。在任が長いゆえに、凝り固まった考え方をするのでセシルは個人的に苦手だったのだ。
「何ですか? 私、今眠いのですけど?」
「いえ、今年も続く海賊被害の取り締まりについて本日枢機卿の方々が参議を開かれたのですが、意見がまとまらず、セシル様にご意見を賜りたいと」
「海賊、ですか・・・・・・それ、私なんかの意見が参考になるのですか?」
 真っ直ぐ長く垂れた銀髪に被さるヴェールを外し、法衣の下からふくらはぎを締め付けるタイツを両足からずり下ろす。国王との面会を拒絶する、何よりも明確な意思表示だ。大胆な行動に神官は視線を背ける。聖女の生々しい素肌を見ることはたとえ側近であっても禁じられているためだ。
「ですが・・・・・・国王様は聖女様の未来予知を何よりも頼りにされております!」
「あの・・・・・・言っておきますけど、私の未来予知の力は世界に棲む精霊と意思を交わして、せいぜい数年先までの気候や事象の兆候を知るのが精一杯なのです。欲深くて野卑な賊との交渉は、それこそ権威ある国王様にお任せすればよいではありませんか」
 脱力的な言葉と共に、セシルは天蓋付きのベッドに文字通り飛び込んだ。
「セシル様・・・・・・僭越ながら、もっと国政について考えては頂けないでしょうか。先代のミカディラ様はこんな時・・・・・・」
「聖女の務めは女神エレスティア様の魔力と叡智の器となることでしょう? ですから私はこうして、日々この膨大な書物から知識を学び、魔法の技術を磨いているではありませんか。自分に与えられた務めはしかと、務めている所存です。それに、私は儀式の時以外はずっと神殿に籠りきりで外を歩くことが許されていないのだから仕方ないではありませんか」
 自分の務めよりなにより、生まれてからずっと神殿で育てられてきたセシルには理解が及ばなかったのだ。海賊被害に困るというなら、なぜ国王は海賊達の言い分を聞いて、和解に応じようとしないのだろうと。少なくとも人同士の諍いに、自分が首を突っ込むべきではないのだと。
「恐れながら、女神エレスティア様は、その力を介してセシル様にこのエレスト神聖国、いえ大陸全土に福音をもたらすことを望んでおられます。ですから民のために――」
 ハイデルの理屈はセシルの小さな寝息によって掻き消された。熟睡しているセシルに向かって、ハイデルは言葉を投げかける。
「・・・・・・本当に、今度の聖女様は困ったものだ それとも、まだ子供だからだろうか?」
 ハイデルは天蓋の幕を引いた。
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