4 / 33
1章: 聖女追放
神殿での日常
しおりを挟む
――天空暦十三年十月十六日
王都中央にそびえる神殿の天井に開けられた円形の窓から柔らかな日差しが聖堂内に射しこんでいた。
その真下で書物を読んでいた聖女、セシル=エレスティーノは欠伸をしながらそろそろ日課の昼寝の頃合いだろうと見越して、本を閉じる。
「セシル様、国王様がお呼びですが?」
そんな急報をもたらした神官ハイデルに、セシルはあからさまに嫌悪感を露わにした。先代の聖女ミカディラの代より聖女の世話役を務めてきた古参の一人で、今は世話役の神官達の頭目を務めている。在任が長いゆえに、凝り固まった考え方をするのでセシルは個人的に苦手だったのだ。
「何ですか? 私、今眠いのですけど?」
「いえ、今年も続く海賊被害の取り締まりについて本日枢機卿の方々が参議を開かれたのですが、意見がまとまらず、セシル様にご意見を賜りたいと」
「海賊、ですか・・・・・・それ、私なんかの意見が参考になるのですか?」
真っ直ぐ長く垂れた銀髪に被さるヴェールを外し、法衣の下からふくらはぎを締め付けるタイツを両足からずり下ろす。国王との面会を拒絶する、何よりも明確な意思表示だ。大胆な行動に神官は視線を背ける。聖女の生々しい素肌を見ることはたとえ側近であっても禁じられているためだ。
「ですが・・・・・・国王様は聖女様の未来予知を何よりも頼りにされております!」
「あの・・・・・・言っておきますけど、私の未来予知の力は世界に棲む精霊と意思を交わして、せいぜい数年先までの気候や事象の兆候を知るのが精一杯なのです。欲深くて野卑な賊との交渉は、それこそ権威ある国王様にお任せすればよいではありませんか」
脱力的な言葉と共に、セシルは天蓋付きのベッドに文字通り飛び込んだ。
「セシル様・・・・・・僭越ながら、もっと国政について考えては頂けないでしょうか。先代のミカディラ様はこんな時・・・・・・」
「聖女の務めは女神エレスティア様の魔力と叡智の器となることでしょう? ですから私はこうして、日々この膨大な書物から知識を学び、魔法の技術を磨いているではありませんか。自分に与えられた務めはしかと、務めている所存です。それに、私は儀式の時以外はずっと神殿に籠りきりで外を歩くことが許されていないのだから仕方ないではありませんか」
自分の務めよりなにより、生まれてからずっと神殿で育てられてきたセシルには理解が及ばなかったのだ。海賊被害に困るというなら、なぜ国王は海賊達の言い分を聞いて、和解に応じようとしないのだろうと。少なくとも人同士の諍いに、自分が首を突っ込むべきではないのだと。
「恐れながら、女神エレスティア様は、その力を介してセシル様にこのエレスト神聖国、いえ大陸全土に福音をもたらすことを望んでおられます。ですから民のために――」
ハイデルの理屈はセシルの小さな寝息によって掻き消された。熟睡しているセシルに向かって、ハイデルは言葉を投げかける。
「・・・・・・本当に、今度の聖女様は困ったものだ それとも、まだ子供だからだろうか?」
ハイデルは天蓋の幕を引いた。
王都中央にそびえる神殿の天井に開けられた円形の窓から柔らかな日差しが聖堂内に射しこんでいた。
その真下で書物を読んでいた聖女、セシル=エレスティーノは欠伸をしながらそろそろ日課の昼寝の頃合いだろうと見越して、本を閉じる。
「セシル様、国王様がお呼びですが?」
そんな急報をもたらした神官ハイデルに、セシルはあからさまに嫌悪感を露わにした。先代の聖女ミカディラの代より聖女の世話役を務めてきた古参の一人で、今は世話役の神官達の頭目を務めている。在任が長いゆえに、凝り固まった考え方をするのでセシルは個人的に苦手だったのだ。
「何ですか? 私、今眠いのですけど?」
「いえ、今年も続く海賊被害の取り締まりについて本日枢機卿の方々が参議を開かれたのですが、意見がまとまらず、セシル様にご意見を賜りたいと」
「海賊、ですか・・・・・・それ、私なんかの意見が参考になるのですか?」
真っ直ぐ長く垂れた銀髪に被さるヴェールを外し、法衣の下からふくらはぎを締め付けるタイツを両足からずり下ろす。国王との面会を拒絶する、何よりも明確な意思表示だ。大胆な行動に神官は視線を背ける。聖女の生々しい素肌を見ることはたとえ側近であっても禁じられているためだ。
「ですが・・・・・・国王様は聖女様の未来予知を何よりも頼りにされております!」
「あの・・・・・・言っておきますけど、私の未来予知の力は世界に棲む精霊と意思を交わして、せいぜい数年先までの気候や事象の兆候を知るのが精一杯なのです。欲深くて野卑な賊との交渉は、それこそ権威ある国王様にお任せすればよいではありませんか」
脱力的な言葉と共に、セシルは天蓋付きのベッドに文字通り飛び込んだ。
「セシル様・・・・・・僭越ながら、もっと国政について考えては頂けないでしょうか。先代のミカディラ様はこんな時・・・・・・」
「聖女の務めは女神エレスティア様の魔力と叡智の器となることでしょう? ですから私はこうして、日々この膨大な書物から知識を学び、魔法の技術を磨いているではありませんか。自分に与えられた務めはしかと、務めている所存です。それに、私は儀式の時以外はずっと神殿に籠りきりで外を歩くことが許されていないのだから仕方ないではありませんか」
自分の務めよりなにより、生まれてからずっと神殿で育てられてきたセシルには理解が及ばなかったのだ。海賊被害に困るというなら、なぜ国王は海賊達の言い分を聞いて、和解に応じようとしないのだろうと。少なくとも人同士の諍いに、自分が首を突っ込むべきではないのだと。
「恐れながら、女神エレスティア様は、その力を介してセシル様にこのエレスト神聖国、いえ大陸全土に福音をもたらすことを望んでおられます。ですから民のために――」
ハイデルの理屈はセシルの小さな寝息によって掻き消された。熟睡しているセシルに向かって、ハイデルは言葉を投げかける。
「・・・・・・本当に、今度の聖女様は困ったものだ それとも、まだ子供だからだろうか?」
ハイデルは天蓋の幕を引いた。
14
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
嫌味なエリート治癒師は森の中で追放を宣言されて仲間に殺されかけるがギフト【痛いの痛いの飛んでいけぇ〜】には意外な使い方があり
竹井ゴールド
ファンタジー
森の中で突然、仲間に追放だと言われた治癒師は更に、
「追放出来ないなら死んだと報告するまでだ、へっへっへっ」
と殺されそうになる。
だが、【痛いの痛いの飛んでけぇ〜】には【無詠唱】、【怪我移植(移植後は自然回復のみ)】、【発動予約】等々の能力があり·······
【2023/1/3、出版申請、2023/2/3、慰めメール】
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する
こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」
そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。
だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。
「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」
窮地に追い込まれたフォーレスト。
だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。
こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。
これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。
追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
私、パーティー追放されちゃいました
菜花
ファンタジー
異世界にふとしたはずみで来てしまった少女。幸いにもチート能力があったのでそれを頼りに拾ってもらった人達と働いていたら……。「調子に乗りやがって。お前といるの苦痛なんだよ」 カクヨムにも同じ話があります。
(完結)初恋の勇者が選んだのは聖女の……でした
青空一夏
ファンタジー
私はアイラ、ジャスミン子爵家の長女だ。私には可愛らしい妹リリーがおり、リリーは両親やお兄様から溺愛されていた。私はこの国の基準では不器量で女性らしくなく恥ずべき存在だと思われていた。
この国の女性美の基準は小柄で華奢で編み物と刺繍が得意であること。風が吹けば飛ぶような儚げな風情の容姿が好まれ家庭的であることが大事だった。
私は読書と剣術、魔法が大好き。刺繍やレース編みなんて大嫌いだった。
そんな私は恋なんてしないと思っていたけれど一目惚れ。その男の子も私に気があると思っていた私は大人になってから自分の手柄を彼に譲る……そして彼は勇者になるのだが……
勇者と聖女と魔物が出てくるファンタジー。ざまぁ要素あり。姉妹格差。ゆるふわ設定ご都合主義。中世ヨーロッパ風異世界。
ラブファンタジーのつもり……です。最後はヒロインが幸せになり、ヒロインを裏切った者は不幸になるという安心設定。因果応報の世界。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
聖女は魔女の濡れ衣を被せられ、魔女裁判に掛けられる。が、しかし──
naturalsoft
ファンタジー
聖女シオンはヒーリング聖王国に遥か昔から仕えて、聖女を輩出しているセイント伯爵家の当代の聖女である。
昔から政治には関与せず、国の結界を張り、周辺地域へ祈りの巡礼を日々行っていた。
そんな中、聖女を擁護するはずの教会から魔女裁判を宣告されたのだった。
そこには教会が腐敗し、邪魔になった聖女を退けて、教会の用意した従順な女を聖女にさせようと画策したのがきっかけだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる