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序章: 聖夜の陰謀

大いなる偽り

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 トーレスは控えていた従者達を下がらせた。ついでにクラウディスにも部屋の周囲から人払いをするように頼んだ。
「待て、待て。一体何の話が始まるのだ?」
「クラウディス様、ご息女の洗礼式は?」
「まだ手を付けておらぬ。ここだけの話、私は男児が欲しかったのであまり気が乗らないのだ」
「それは好都合。クラウディス様にぜひともお耳に入れたいことがございます。ただ、この情報の扱いには十分にご注意くださいませ。一つ間違えば、我らの首が飛びます」
「だからもったいぶらずに話せ。一体何を企んでいるのだ?」
「実は、聖女ミカディラ様がここ最近、重篤なご様子。それもあと数日のうちに身罷られるのではないかと」
「何だと? そんな話は――」
 クラウディスにも初耳だった。枢機卿は聖女とエレスト教団の命を受け内政を取り仕切るが、その玉璽を直接承るのは国王一人に制限されている。しかも聖女の身辺警護は厳しく、体調はもちろんのこと素顔さえ情報統制が敷かれているのが現状だ。
「貴公、その話を一体どこから・・・・・・」
「本題はここからにございます。聖女が身罷られた場合、後任選びが始まります」
「来世節の儀、であろう?」
 聖女の務めはその聖女が一生を終えるまで。その後十二日の間に女神エレスティアは次の化身に力の全てを移すと信じられ、その期間内に国内で生まれた女児の中から後任が選出される仕組みになっている。それがこの国で千年も前から脈々と受け継がれてきた伝統だ。
「クラウディス様、もしご息女が聖女選びの候補になったとすれば、いかがでございましょう?」
「何と世迷言を・・・・・・ミカディラ様はご存命であり、我が娘は既に世に生を受けておる。つまり、我が娘は聖女選びの候補には該当しないではないか」
「出生の日など、数日の間偽ったところで誰にもわかりますまい」
「貴様正気か!!」
 トーレスは冷や汗を流しながらも口には余裕の笑みを浮かべていた。
「もしご息女を聖女にすることができれば、この国政を意のままに動かせます。面憎い政敵など、いとも簡単に倒せてしまうでしょう」
「だがそれは、この国の侵攻の冒涜に他ならないではないか! 貴公も首が飛ぶと自ら申したであろうが!」
「果たして本当にそうでしょうか? そもそもこの国は我々から末端の民まで、すべてがエレスト教団の聖女に忠誠を誓って暮らしております。それにもかかわらず、不作と内乱が後を絶えないのは割に合わないではありませんか。今日の話とて、聖女様の力が本物で民を飢えさせなかったならばよいだけの話。結局、今の教団に残されているのは実力にそぐわない権威だけです」
 珍しくトーレスの話は筋が通っていた。それに、これはクラウディスの境遇においても悪い話ではなかった。このまま何もしなければ、政敵達が自分を脅かしに動き出すに決まっているのだ。そもそも女神エレスティアというものが本当に存在するならば、自分がここまで懊悩を抱えるはずがない。
「よし、屋敷中に今すぐ、箝口令を敷くとしよう。だがこの代償、そこに積まれた金貨だけでは足りぬぞ」
「心得ております。不足分は後日見繕ってまいります」
 トーレスは矢継ぎ早に深々と頭を下げた。
「それに貴公の計画には一つ、不確定要素がある。それをどう対処するかでこの話を考えさせてほしい」
「と、仰いますと?」
「簡単なことだ。ミカディラ様が身罷られた後、この広大な国土で十二日間の間に生を受ける女児は一人、二人ではあるまい。さすがに我らは聖女選び選出の権利が与えられているわけではないのだから、当然我が娘が聖女に選出されない可能性は十分に高いではないか」
「そんなこと、すでに考えはございます」
「ほう、聞かせてもらおうか」
 密談を深めていく二人の外で、冷たい風がエレストの大地を吹きすさんでいた。
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