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終章:魔導書の未来
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二か月後、ラスタはある人物の屋敷に招かれていた。
「まさか、あなたとここでお茶が飲めるとは思わなかったよ」
ティーカップを片手に対座するのはイリス=フェランデ。二か月前まで敵同士だった。
「私も、級別対抗試合も最後かと思いました」
級別対抗試合だけではない。魔導書管理局の拘束を逃れ、ベルニアに逃亡したラスタは二度とダクライアに戻れないと覚悟していたが、今まで通りのグラーデン騎士養成学校での生活を送っているのである。
「イリスさんのお蔭だ」
「いえ。私こそ、もっと早くに気が付くべきでした。あれからダクライア軍の参謀本部を調べてみたら、ダクライアは密かに帝国と密約を交わそうとしていたのですから」
「密約?」
「先の戦争で派遣軍に一等騎士が編成されていないのは、帝国と本気で戦う覚悟がなかったのです。戦力の低い派遣軍が全滅したところで、ダクライアは和議を申し込む段取りを進めていたのですよ。そうすれば一応派遣軍を送ったということでベルニアに対する面目も保てますから」
「俺達はスケープゴートにされていたわけですか?」
「ところがあなた達は帝国軍を撃破してしまった。これは計算外だと、密約に暗躍していたダクライアの参謀達は慌てたようです。そこへあのヘンリマンから圧力が掛かった。和議を結ぶつもりが、自軍を壊滅させられてしまったわけですから。やむを得ず、魔導書管理局を利用してあなたを魔導書隠匿罪の罪で拘束しようとした。その時のやり取りが証拠として残ってしまったので、結局は命取りになりましたが」
「密約に関与したダクライアの参謀は売国奴として処断、俺は潔白、ということですね?」
「細かいことを言えば、親族からの魔導書相続は魔導書管理局に申請の必要がないのですよ。もっとも、あなたのお祖父さんは違法ということになりますが、今更咎め立てても仕方がないでしょう」
「そうですね」
イリスはラスタを見つめる。
「何ですか? イリスさん」
「ラスタ、わかっているのですか? あなたは自由とはいえ、あのおぞましい専属魔法の宿命を負ったものです。恐らく、あなたの魔法はこれからも災いと試練をもたらすことでしょう」
「わかっています。でも俺は、それを背負いながら生きて行こうと思います。俺はこの魔法に命を助けられた。しかもそれは、決して取り返しのつかない犠牲と引き換えだった。だから、俺は自分が受け継いだ専属魔法に対して責任を持たなければいけない。そして、出来れば一人でも多くの命をこの魔法で救いたい。恐らくそれが、俺に魔導書を託した祖父の願いでもあるのだから」
「そうですか。では、これは不要ですね」
イリスは机の上に古びた書物を置いた。その分厚い皮の表紙の本は魔導書のようだ。
「これは?」
「私が入手した魔導書です。あまり価値の高い代物ではなかったので、どんな専属魔法が書かれているかは存じ上げませんが、ラスタのこれからの戦いに役立てばと思いまして」
「すいません。やはり俺には必要ないかな」
「そう仰ると思いましたよ。ところで、今回の事件の黒幕となったヘンリマンはどうなったのですか? ラスタの専属魔法を彼は盗んだのでは?」
「ああ、あっちの方は心配ないです。キュエルさんに記憶を操作する専属魔法を開発してもらって、今までに【複写魔法】で集めた魔法を全て記憶から消したんです」
「そうですか」
「魔導書も返してもらったし、あの魔法が他の誰かの手に渡ることはないでしょう。さて」
ラスタは立ち上がった。
「どちらへ?」
「もうすぐ講義が始まるんで。俺は専属魔法を持っているが、普段は二等騎士として活躍したい。俺は二等騎士であることに、コンプレックスを抱えていたのかもしれない。だから二等騎士であってもなお、一等騎士に勝ちたいと願い続けていた。でも、今は二等騎士であることが誇りだ。本当の自分の力を信頼できるから。今回の事件でよくわかったよ」
「またの決闘、楽しみにしておりますわ」
「今度は勝ちますからね」
ラスタは微笑すると、グラーデン騎士学校へと戻る。その足取りは今までになく、真っ直ぐで闊達だった。
(了)
「まさか、あなたとここでお茶が飲めるとは思わなかったよ」
ティーカップを片手に対座するのはイリス=フェランデ。二か月前まで敵同士だった。
「私も、級別対抗試合も最後かと思いました」
級別対抗試合だけではない。魔導書管理局の拘束を逃れ、ベルニアに逃亡したラスタは二度とダクライアに戻れないと覚悟していたが、今まで通りのグラーデン騎士養成学校での生活を送っているのである。
「イリスさんのお蔭だ」
「いえ。私こそ、もっと早くに気が付くべきでした。あれからダクライア軍の参謀本部を調べてみたら、ダクライアは密かに帝国と密約を交わそうとしていたのですから」
「密約?」
「先の戦争で派遣軍に一等騎士が編成されていないのは、帝国と本気で戦う覚悟がなかったのです。戦力の低い派遣軍が全滅したところで、ダクライアは和議を申し込む段取りを進めていたのですよ。そうすれば一応派遣軍を送ったということでベルニアに対する面目も保てますから」
「俺達はスケープゴートにされていたわけですか?」
「ところがあなた達は帝国軍を撃破してしまった。これは計算外だと、密約に暗躍していたダクライアの参謀達は慌てたようです。そこへあのヘンリマンから圧力が掛かった。和議を結ぶつもりが、自軍を壊滅させられてしまったわけですから。やむを得ず、魔導書管理局を利用してあなたを魔導書隠匿罪の罪で拘束しようとした。その時のやり取りが証拠として残ってしまったので、結局は命取りになりましたが」
「密約に関与したダクライアの参謀は売国奴として処断、俺は潔白、ということですね?」
「細かいことを言えば、親族からの魔導書相続は魔導書管理局に申請の必要がないのですよ。もっとも、あなたのお祖父さんは違法ということになりますが、今更咎め立てても仕方がないでしょう」
「そうですね」
イリスはラスタを見つめる。
「何ですか? イリスさん」
「ラスタ、わかっているのですか? あなたは自由とはいえ、あのおぞましい専属魔法の宿命を負ったものです。恐らく、あなたの魔法はこれからも災いと試練をもたらすことでしょう」
「わかっています。でも俺は、それを背負いながら生きて行こうと思います。俺はこの魔法に命を助けられた。しかもそれは、決して取り返しのつかない犠牲と引き換えだった。だから、俺は自分が受け継いだ専属魔法に対して責任を持たなければいけない。そして、出来れば一人でも多くの命をこの魔法で救いたい。恐らくそれが、俺に魔導書を託した祖父の願いでもあるのだから」
「そうですか。では、これは不要ですね」
イリスは机の上に古びた書物を置いた。その分厚い皮の表紙の本は魔導書のようだ。
「これは?」
「私が入手した魔導書です。あまり価値の高い代物ではなかったので、どんな専属魔法が書かれているかは存じ上げませんが、ラスタのこれからの戦いに役立てばと思いまして」
「すいません。やはり俺には必要ないかな」
「そう仰ると思いましたよ。ところで、今回の事件の黒幕となったヘンリマンはどうなったのですか? ラスタの専属魔法を彼は盗んだのでは?」
「ああ、あっちの方は心配ないです。キュエルさんに記憶を操作する専属魔法を開発してもらって、今までに【複写魔法】で集めた魔法を全て記憶から消したんです」
「そうですか」
「魔導書も返してもらったし、あの魔法が他の誰かの手に渡ることはないでしょう。さて」
ラスタは立ち上がった。
「どちらへ?」
「もうすぐ講義が始まるんで。俺は専属魔法を持っているが、普段は二等騎士として活躍したい。俺は二等騎士であることに、コンプレックスを抱えていたのかもしれない。だから二等騎士であってもなお、一等騎士に勝ちたいと願い続けていた。でも、今は二等騎士であることが誇りだ。本当の自分の力を信頼できるから。今回の事件でよくわかったよ」
「またの決闘、楽しみにしておりますわ」
「今度は勝ちますからね」
ラスタは微笑すると、グラーデン騎士学校へと戻る。その足取りは今までになく、真っ直ぐで闊達だった。
(了)
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