チート魔法の魔導書

フルーツパフェ

文字の大きさ
上 下
34 / 56
5章:禁断の専属魔法

7

しおりを挟む
――寒い
 降り積もる白い粉を被りながら、ラスタはようやく頭を上げた。一瞬のうちに冴えわたった青空の代わりに暗澹たる雲が広がり、霧に覆われた大地は黄色を帯びた砂塵が覆っている。若草色に覆われた草原の大地には干上がった湖のような巨大な穴が口を開けている。肩で風を切るだけで心地よかったヒシュマー城の風景は、まるで魔界のように寂しく荒れ果てていた。
「一体、何が?」
 そこにはゲクリニカもアデリルもいない。草原を埋め尽くすほどの帝国軍でさえ、一人として見当たらなかった。彼らは丁度、あの巨大な穴の辺りに展開していたはずだった。
「小僧!」
 瓦礫の一郭が動いて、ゲクリニカが立ち上がった。皺の刻まれた顔には血が滲み、鎧の断片が欠けている。しかし何より傷つけられたのは、ゲクリニカ自身の自尊心だったに違いない。
「おのれ! 貴様は一体何をした! あの魔法は一体・・・・・・ごふっ!」
 ラスタに向かってくるゲクリニカは背中を大きく反らした。胸からは真っ直ぐ剣が突き出していた。
「貴様の相手は・・・・・・私だろ」
 背中越しにアデリルが囁いた。剣を引き抜かれたゲクリニカは焦土と化した地面にのめり込むようにして倒れた。
「アデリルさん、無事だったんですか?」
「ああ、何とかな。だがこれは一体何だ?」
「・・・・・・わかりません。一体何が起こったのか」
「私が把握しているのは、あそこに後退した帝国軍の辺りで大きな爆発が起こり、何もかも吹き飛ばされたということだけだ。この空の暗さは、空高く舞い上がった粉塵によるものだろう。
「君のあの魔法の力なのか? それにしても威力が強すぎる。こんな魔法が存在するはずがない。第一、君は《所有者》ではないはずだ」
「俺も、わかりません。俺にはもう魔力は残っていなかったはずなんです。それがどうしてこんな事に」
「今考えても仕方がないか。それより、皆は無事だろうか」
 一万近い帝国軍が一瞬にして跡形もなく消えたのだ。ヒシュマー城に籠るリュシア達でさえ、無事かどうかはわからなかった。ラスタ達は草木の死に耐えた丘を登る。幸い、ヒシュマー城の城壁は昨日までの形を留めていた。それでも灰色の岩肌は黒く焼け付き、ひびが縦横無尽に走り回っている。城壁の上には根こそぎ抜かれた倒木が引っ掛かっていた。そもそもあの木がどこから飛んできたのかさえ、ラスタは知らない。
「誰かいないか!」
 アデリルの声に城門が開いた。開いたというより、つがいが外れて倒れたといった方が良かった。その向こうから、ベルニア軍の残存兵が顔を出す。
「アデリル様、ご無事で」
「皆、怪我はないか?」
「城壁を盾にしたお陰で幸い、数名が軽傷を負った程度です。それにしてもこれは一体、何事でございますか?」
「・・・・・・わからない。だが、帝国軍が壊滅したのは事実だ」
「て、帝国軍が壊滅でありますか?」
 誰も喜ばなかった。むしろ、信じられないといった顔をした者ばかりだった。その中の一人が訊いた。
「あれは魔法だったのですか?」
「・・・・・・それもわからない。とにかく今は、帝国軍の包囲から逃れられたというだけの話だ」
 この世界では、自然界で考えられない現象が起きた時、人はそれを魔法によるものと考える。それがこの世界の常識だ。しかし、魔法でさえあり得るはずのない現象が起こった時、それを説明できる者は誰一人としていなかった。とにかくアデリルは現実的で、この機にベルニア軍をヒシュマー城から撤退させることに成功したのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

魔王自ら勇者を育成してやろう!

フオツグ
ファンタジー
暴虐の限りを尽くした【剿滅の魔王】。 剿滅の魔王が望むのは、強い勇者との血湧き肉躍る戦闘であった。 強い勇者が現れるのを待って千年、全くその気配がない生活に嫌気が差した剿滅の魔王はついにひらめく。 「我が輩自ら勇者を育成してやろう!」 臆病な戦士、皮肉屋な魔法使い、狡猾な僧侶を自分好みに育成する! 最強魔王による勇者育成ファンタジー! この作品は小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載してます。

捨てられ令嬢、皇女に成り上がる 追放された薔薇は隣国で深く愛される

冬野月子
恋愛
旧題:追放された薔薇は深く愛される 婚約破棄され、国から追放された侯爵令嬢ローゼリア。 母親の母国へと辿り着いた彼女を待っていたのは、彼女を溺愛する者達だった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され……

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

処理中です...