22 / 56
4章:ヒシュマー城の攻防
6
しおりを挟む
アデリルは手甲に包まれた自分の手を見つめる。
「ただ《所有者》の家に生まれたというだけで、私にはこの道しか用意されていなかった。専属魔法と言う身の丈に合わぬ力を持たされただけの、ただの器だ」
「アデリルさん・・・・・・そしたら他の道を探せばいい」
「何?」
「軍人が向いていないなら、他にやりたいことを探せばいいんですよ。この戦いが終わったら、一緒にそれを見つけましょう。約束です」
「全く君は・・・・・・」
アデリルは目を擦り、顔を上げた。
「一度我が家に招待しよう。それで食事でもしながらゆっくりと考えることにしよう」
アデリルは立ち上がり、ラスタと共に部屋を出た。
空には一片の雲もないのに、木の葉に覆われた地面は暗く湿っていた。
随所に点在する窪地には帝国軍を待ち構えるダクライア・ベルニア連合軍が息を潜めていた。
総勢八百人の連合軍は四分隊に別れ、ヒシュマー城に至る四本の街道をそれぞれ見張る。
それらが帝国軍を立て続けに奇襲することで、見かけの兵力を水増しするのが狙いだった。
「まだどこの部隊も交戦していないようだな」
森林に耳を立てるアデリルはラスタの耳元で呟いた。
ラスタ達が率いるのは百人前後の部隊だ。
味方の中で唯一専属魔法を使えるアデリルを百人分の戦力と見込んでの編成である。
その中にグラーデン騎士養成学校からの同輩達は二十人ほど含まれていた。
「そのようですね」
「あれか」
遥か下で蛇行する街道の先から、黒い行列が一糸乱れぬ隊列を組んで現れる。
どす黒い灰色の甲冑に身を固めた帝国軍の重装歩兵の分隊だった。
二列縦隊の歩兵を、隊長と思われる騎兵が五十人ずつの隊に区切っていた。
身の丈の三倍もある長槍を真っ直ぐ天にかざし、兜の下には鬼神を思わせるいかつい形相の仮面が並んでいる。
そんな異様な帝国軍を前にしても、ベルニア兵達の目からは闘志が消えなかった。
「どうやら俺達が一番手のようですね」
ラスタは静かに剣を抜いた。グラーデンで何度もイリスとの級別対抗試合に使った片手剣である。
「まだだ」
近くの兵士達が矢筒に手を伸ばしたのを見て、アデリルが手を挙げる。
ラスタ達はしばらく、前進する帝国軍の戦列を見送った。
「アデリルさん、そろそろ」
「わかっている」
アデリルは真っ先に立ち上がった。それを合図にまずベルニアの弓兵が一斉に木立から身を晒す。
「射撃始め!」
放たれた矢は木立の合間を上手く塗って帝国軍の列に襲い掛かった。
矢を受けた側から数人の帝国兵が倒れる。真っ直ぐ上を向いていた槍の列が徐々に乱れ始めた。
「ただ《所有者》の家に生まれたというだけで、私にはこの道しか用意されていなかった。専属魔法と言う身の丈に合わぬ力を持たされただけの、ただの器だ」
「アデリルさん・・・・・・そしたら他の道を探せばいい」
「何?」
「軍人が向いていないなら、他にやりたいことを探せばいいんですよ。この戦いが終わったら、一緒にそれを見つけましょう。約束です」
「全く君は・・・・・・」
アデリルは目を擦り、顔を上げた。
「一度我が家に招待しよう。それで食事でもしながらゆっくりと考えることにしよう」
アデリルは立ち上がり、ラスタと共に部屋を出た。
空には一片の雲もないのに、木の葉に覆われた地面は暗く湿っていた。
随所に点在する窪地には帝国軍を待ち構えるダクライア・ベルニア連合軍が息を潜めていた。
総勢八百人の連合軍は四分隊に別れ、ヒシュマー城に至る四本の街道をそれぞれ見張る。
それらが帝国軍を立て続けに奇襲することで、見かけの兵力を水増しするのが狙いだった。
「まだどこの部隊も交戦していないようだな」
森林に耳を立てるアデリルはラスタの耳元で呟いた。
ラスタ達が率いるのは百人前後の部隊だ。
味方の中で唯一専属魔法を使えるアデリルを百人分の戦力と見込んでの編成である。
その中にグラーデン騎士養成学校からの同輩達は二十人ほど含まれていた。
「そのようですね」
「あれか」
遥か下で蛇行する街道の先から、黒い行列が一糸乱れぬ隊列を組んで現れる。
どす黒い灰色の甲冑に身を固めた帝国軍の重装歩兵の分隊だった。
二列縦隊の歩兵を、隊長と思われる騎兵が五十人ずつの隊に区切っていた。
身の丈の三倍もある長槍を真っ直ぐ天にかざし、兜の下には鬼神を思わせるいかつい形相の仮面が並んでいる。
そんな異様な帝国軍を前にしても、ベルニア兵達の目からは闘志が消えなかった。
「どうやら俺達が一番手のようですね」
ラスタは静かに剣を抜いた。グラーデンで何度もイリスとの級別対抗試合に使った片手剣である。
「まだだ」
近くの兵士達が矢筒に手を伸ばしたのを見て、アデリルが手を挙げる。
ラスタ達はしばらく、前進する帝国軍の戦列を見送った。
「アデリルさん、そろそろ」
「わかっている」
アデリルは真っ先に立ち上がった。それを合図にまずベルニアの弓兵が一斉に木立から身を晒す。
「射撃始め!」
放たれた矢は木立の合間を上手く塗って帝国軍の列に襲い掛かった。
矢を受けた側から数人の帝国兵が倒れる。真っ直ぐ上を向いていた槍の列が徐々に乱れ始めた。
1
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
捨てられ令嬢、皇女に成り上がる 追放された薔薇は隣国で深く愛される
冬野月子
恋愛
旧題:追放された薔薇は深く愛される
婚約破棄され、国から追放された侯爵令嬢ローゼリア。
母親の母国へと辿り着いた彼女を待っていたのは、彼女を溺愛する者達だった。
※小説家になろうにも掲載しています。

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~
かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。
望んで召喚などしたわけでもない。
ただ、落ちただけ。
異世界から落ちて来た落ち人。
それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。
望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。
だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど……
中に男が混じっている!?
帰りたいと、それだけを望む者も居る。
護衛騎士という名の監視もつけられて……
でも、私はもう大切な人は作らない。
どうせ、無くしてしまうのだから。
異世界に落ちた五人。
五人が五人共、色々な思わくもあり……
だけれど、私はただ流れに流され……

騎士志望のご令息は暗躍がお得意
月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。
剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作?
だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。
典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。
従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる