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4章:ヒシュマー城の攻防
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その翌日、事件は起こった。
「指揮官がいなくなった?」
翌朝、ラスタ達はその報せを受けて城中を駆け巡った。
ダクライア軍の指揮を任された兵卒の幹部が数名の部下と共にヒシュマー城を脱走したのだ。
ただでさえ士気の低い状況で指揮官が脱走したとなれば、ダクライア軍はもはや組織の形さえも維持できなくなった。
「俺達も逃げよう!」
「そうだ! もうこんな戦争はたくさんだ!」
密談どころか、公然と脱走を呼び掛ける二等騎士の学生達。
同盟国や祖国に加え、上官にさえ失望させられて死地に送られた彼らに憐憫を抱いてか、ベルニア軍の兵士達は彼らを傍観するのみだった。
彼らを踏み止まらせるだけの道義を唱えられる者は誰もいなかったのだ。
「だけど、ダクライアに戻っても軍法会議ものだぞ?」
任務を放棄して帰郷するのだ。そのくらいの批難は覚悟しなければならない。
「どうする?」
戦意も希望も失って消沈する仲間達を前に、ラスタが遂に立ち上がった。
積まれていた木箱の頂上に立ち、広場で右往左往する学生達に向かって呼び掛ける。
「皆、聞いてくれ!」
一同の視線がラスタに集まった。
「俺は騎士科三階生のラスタ=オキシマだ。皆に一つ、俺の話を聞いてほしい」
城の中から続々と学生達が集まってくる。近くで見ていたベルニア兵達も見物気分で足を止めた。
「この状況は確かに最悪だ。俺達に専属魔法はないし、兵力も圧倒的に少ない。ダクライアの戦史上、最悪の戦争だと考えている」
学生達が頷くのが遠目でもよくわかる。
「だが、こんな状況だからこそ、戦いを挑むことに価値があるんじゃないかと俺は思う」
学生達は騒然とした。彼らはてっきり、ラスタが集団逃亡を煽るものだと考えていたのだろう。
「この場を逃げたとしても、帝国はダクライアに軍を進めてくるのは目に見えている。そうなれば、敵前逃亡の汚名を着せられた俺達は再び前線に送られるか、見せしめに公開処刑されるかのどちらかだ。俺達は命だけではなく、二等騎士としての誇りさえも失うことになる。それに、もしかすると戦えば助かるかもしれない。何かが変わるかもしれない! 諦めたらそれまでだ」
「だからって、どうやって戦えっていうんだよ!」
一人の学生がラスタに詰め寄った。
「俺達の戦い方をすればいい」
「こっちには専属魔法もないんだぞ!」
「じゃあ聞くが、専属魔法があれば勝てるのか? 結局は一等騎士の力添えがなければ俺達は勝てないのか?」
「・・・・・・そういうわけじゃ」
「学院での日々を思い出してくれ! 俺達は専属魔法が使えない分、努力を重ねて対等に立とうとしてきたじゃないか! 専属魔法がないから戦えないんじゃない! 今の戦力で出来ることを考えよう!」
「そうだ・・・・・・これ以上一等騎士に嗤われてたまるか」
「どうせ惨めな殺され方をするくらいなら」
焦点さえも見失いかけていた学生達の目に、赤々と何かが輝いたように見えた。
「その通りです!」
真っ先に声を上げたのは、上官に見捨てられた兵卒達だった。
「我らも持てる力の限りを尽くして戦います!」
誰かがダクライア公国の名前を声高に叫んだ。
そしてその名前は繰り返された。繰り返される度、それに呼応する声はひとしきり大きくなっていた。
ダクライア軍の瀕死の士気は、まさに奇跡といってもいいほどの復活を遂げたのである。
「ダクライアがやる気なのに・・・・・・」
奮起したダクライア軍を目の当たりにしたベルニア兵達は互いの顔を見合わせる。
そして故郷を見捨てて逃げようとした自分達を恥じた。
「俺達も戦うぞ!」
ベルニア兵達もまた、ダクライア兵を囲むようにして鬨の声を上げた。
これには遠くから将兵達の様子を窺っていたアデリルでさえ、驚いていた。
「指揮官がいなくなった?」
翌朝、ラスタ達はその報せを受けて城中を駆け巡った。
ダクライア軍の指揮を任された兵卒の幹部が数名の部下と共にヒシュマー城を脱走したのだ。
ただでさえ士気の低い状況で指揮官が脱走したとなれば、ダクライア軍はもはや組織の形さえも維持できなくなった。
「俺達も逃げよう!」
「そうだ! もうこんな戦争はたくさんだ!」
密談どころか、公然と脱走を呼び掛ける二等騎士の学生達。
同盟国や祖国に加え、上官にさえ失望させられて死地に送られた彼らに憐憫を抱いてか、ベルニア軍の兵士達は彼らを傍観するのみだった。
彼らを踏み止まらせるだけの道義を唱えられる者は誰もいなかったのだ。
「だけど、ダクライアに戻っても軍法会議ものだぞ?」
任務を放棄して帰郷するのだ。そのくらいの批難は覚悟しなければならない。
「どうする?」
戦意も希望も失って消沈する仲間達を前に、ラスタが遂に立ち上がった。
積まれていた木箱の頂上に立ち、広場で右往左往する学生達に向かって呼び掛ける。
「皆、聞いてくれ!」
一同の視線がラスタに集まった。
「俺は騎士科三階生のラスタ=オキシマだ。皆に一つ、俺の話を聞いてほしい」
城の中から続々と学生達が集まってくる。近くで見ていたベルニア兵達も見物気分で足を止めた。
「この状況は確かに最悪だ。俺達に専属魔法はないし、兵力も圧倒的に少ない。ダクライアの戦史上、最悪の戦争だと考えている」
学生達が頷くのが遠目でもよくわかる。
「だが、こんな状況だからこそ、戦いを挑むことに価値があるんじゃないかと俺は思う」
学生達は騒然とした。彼らはてっきり、ラスタが集団逃亡を煽るものだと考えていたのだろう。
「この場を逃げたとしても、帝国はダクライアに軍を進めてくるのは目に見えている。そうなれば、敵前逃亡の汚名を着せられた俺達は再び前線に送られるか、見せしめに公開処刑されるかのどちらかだ。俺達は命だけではなく、二等騎士としての誇りさえも失うことになる。それに、もしかすると戦えば助かるかもしれない。何かが変わるかもしれない! 諦めたらそれまでだ」
「だからって、どうやって戦えっていうんだよ!」
一人の学生がラスタに詰め寄った。
「俺達の戦い方をすればいい」
「こっちには専属魔法もないんだぞ!」
「じゃあ聞くが、専属魔法があれば勝てるのか? 結局は一等騎士の力添えがなければ俺達は勝てないのか?」
「・・・・・・そういうわけじゃ」
「学院での日々を思い出してくれ! 俺達は専属魔法が使えない分、努力を重ねて対等に立とうとしてきたじゃないか! 専属魔法がないから戦えないんじゃない! 今の戦力で出来ることを考えよう!」
「そうだ・・・・・・これ以上一等騎士に嗤われてたまるか」
「どうせ惨めな殺され方をするくらいなら」
焦点さえも見失いかけていた学生達の目に、赤々と何かが輝いたように見えた。
「その通りです!」
真っ先に声を上げたのは、上官に見捨てられた兵卒達だった。
「我らも持てる力の限りを尽くして戦います!」
誰かがダクライア公国の名前を声高に叫んだ。
そしてその名前は繰り返された。繰り返される度、それに呼応する声はひとしきり大きくなっていた。
ダクライア軍の瀕死の士気は、まさに奇跡といってもいいほどの復活を遂げたのである。
「ダクライアがやる気なのに・・・・・・」
奮起したダクライア軍を目の当たりにしたベルニア兵達は互いの顔を見合わせる。
そして故郷を見捨てて逃げようとした自分達を恥じた。
「俺達も戦うぞ!」
ベルニア兵達もまた、ダクライア兵を囲むようにして鬨の声を上げた。
これには遠くから将兵達の様子を窺っていたアデリルでさえ、驚いていた。
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