15 / 56
3章:運命の奔流
5
しおりを挟む
「待ちなさい!」
一触即発の状況の中、玄関ホール内を一人の少女の声が震撼させた。
一等騎士組の中心的存在であるイリスだった。
「君は・・・・・・」
一等騎士の中の秀才であるイリスは、対峙する両陣営の間を悠々と歩く。
そして踵を返した彼女は二等騎士科の学生を背に回し、教員に向かい合った。
この態度は全員の予想を裏切るものだった。
「騎士科一等騎士三階生のイリス=フェランデです。この度の学校側の対応について質問させて頂いてもよいでしょうか?」
こんな状況においても、イリスは礼節を忘れなかった。
しかし、その声に失望と疑念が現れているのは明らかだった。
「何だ? 君は、陛下の勅命に異議があるのか?」
「ダクライア公国の窮状はお察しします。ですがなぜ、ベルニアに派兵されるのが二等騎士の学生ばかりなのでしょうか? 彼らの戦力を過小評価するつもりはありませんが、親密な同盟国を防衛する任務で一等騎士を動員しないのはいかがなものかと」
「先ほども申した通り、ダクライア公国はベルニア王国と一蓮托生の覚悟で開戦に踏み切ったのだ。いずれ帝国軍は、ダクライア本国への攻撃を開始するだろう。そうなれば本土の防衛もなおざりにすることは出来ない。我が国とて、突然の戦時に苦肉の策を考案したのだ」
「そうでしょうか。帝国軍の主力部隊は既にベルニア王国に向けて進軍していると伺っております。ここはダクライアも主力軍をベルニアに派兵することで我が国の立場を明確にすることが得策と思います」
「学生風情が参謀の作戦に口を出すな!」
「では、なまじ不十分な兵力を送って帝国の神経を逆撫でする方が得策だと仰るのですか? それとも・・・・・・」
「イリス=フェランデ。僭越にも程があるぞ。貴殿の振る舞いがお父上の耳に届けばどうなると思っている?」
「く・・・・・・」
教官の卑劣な指摘にイリスは歯噛みした。
「命令は絶対だ。各自、三日以内に準備を整えておくように」
教官達はなおも抗議する学生達に全く取り合わずにその場を逃げ去った。
揚げ足を取られたイリスは戻ろうとした途中、ラスタと視線を合わせる。
級別対抗試合の時と違って、この時ばかりはラスタに憐憫の視線を向けてくれた。
「申し訳ありません」
「イリスさんは悪くない」
「ところで、あなたは」
「なかった」
ラスタは少し声を低くして言った。
出征に駆り出される学生達の前で、自分が徴兵を免れたことを声高に言えるはずはなかった。
イリスもそれを感じ取ったらしい。
「そうですか」
「ああ」
「それでは、また」
イリスが立ち去った背後には偶然、リュシアの背中があった。
二等騎士とはいえ、全員が名簿に記載されているわけではない。
名簿に記載があるのは百数十人の名前。
二等騎士が総勢五百人とすると、出撃の下知を下されたのは五人に一人の割合である。
「リュシア?」
ラスタの声が聞こえなかったのか、リュシアは振り向かなかった。
仕方がないので肩を叩こうとしたが、ラスタの手は寸前の所で止まった。
彼女の肩越しにリュシアの名前を名簿に見出したためだった。
戦場で手柄を立てようと気勢を上げるリュシアにとって、僥倖以外の何物でもないはずだった。
ところがこの時のリュシアの横顔は、とても満足しているとは言い難いほどに恐怖で引きつっていたのだった。
一触即発の状況の中、玄関ホール内を一人の少女の声が震撼させた。
一等騎士組の中心的存在であるイリスだった。
「君は・・・・・・」
一等騎士の中の秀才であるイリスは、対峙する両陣営の間を悠々と歩く。
そして踵を返した彼女は二等騎士科の学生を背に回し、教員に向かい合った。
この態度は全員の予想を裏切るものだった。
「騎士科一等騎士三階生のイリス=フェランデです。この度の学校側の対応について質問させて頂いてもよいでしょうか?」
こんな状況においても、イリスは礼節を忘れなかった。
しかし、その声に失望と疑念が現れているのは明らかだった。
「何だ? 君は、陛下の勅命に異議があるのか?」
「ダクライア公国の窮状はお察しします。ですがなぜ、ベルニアに派兵されるのが二等騎士の学生ばかりなのでしょうか? 彼らの戦力を過小評価するつもりはありませんが、親密な同盟国を防衛する任務で一等騎士を動員しないのはいかがなものかと」
「先ほども申した通り、ダクライア公国はベルニア王国と一蓮托生の覚悟で開戦に踏み切ったのだ。いずれ帝国軍は、ダクライア本国への攻撃を開始するだろう。そうなれば本土の防衛もなおざりにすることは出来ない。我が国とて、突然の戦時に苦肉の策を考案したのだ」
「そうでしょうか。帝国軍の主力部隊は既にベルニア王国に向けて進軍していると伺っております。ここはダクライアも主力軍をベルニアに派兵することで我が国の立場を明確にすることが得策と思います」
「学生風情が参謀の作戦に口を出すな!」
「では、なまじ不十分な兵力を送って帝国の神経を逆撫でする方が得策だと仰るのですか? それとも・・・・・・」
「イリス=フェランデ。僭越にも程があるぞ。貴殿の振る舞いがお父上の耳に届けばどうなると思っている?」
「く・・・・・・」
教官の卑劣な指摘にイリスは歯噛みした。
「命令は絶対だ。各自、三日以内に準備を整えておくように」
教官達はなおも抗議する学生達に全く取り合わずにその場を逃げ去った。
揚げ足を取られたイリスは戻ろうとした途中、ラスタと視線を合わせる。
級別対抗試合の時と違って、この時ばかりはラスタに憐憫の視線を向けてくれた。
「申し訳ありません」
「イリスさんは悪くない」
「ところで、あなたは」
「なかった」
ラスタは少し声を低くして言った。
出征に駆り出される学生達の前で、自分が徴兵を免れたことを声高に言えるはずはなかった。
イリスもそれを感じ取ったらしい。
「そうですか」
「ああ」
「それでは、また」
イリスが立ち去った背後には偶然、リュシアの背中があった。
二等騎士とはいえ、全員が名簿に記載されているわけではない。
名簿に記載があるのは百数十人の名前。
二等騎士が総勢五百人とすると、出撃の下知を下されたのは五人に一人の割合である。
「リュシア?」
ラスタの声が聞こえなかったのか、リュシアは振り向かなかった。
仕方がないので肩を叩こうとしたが、ラスタの手は寸前の所で止まった。
彼女の肩越しにリュシアの名前を名簿に見出したためだった。
戦場で手柄を立てようと気勢を上げるリュシアにとって、僥倖以外の何物でもないはずだった。
ところがこの時のリュシアの横顔は、とても満足しているとは言い難いほどに恐怖で引きつっていたのだった。
1
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
捨てられ令嬢、皇女に成り上がる 追放された薔薇は隣国で深く愛される
冬野月子
恋愛
旧題:追放された薔薇は深く愛される
婚約破棄され、国から追放された侯爵令嬢ローゼリア。
母親の母国へと辿り着いた彼女を待っていたのは、彼女を溺愛する者達だった。
※小説家になろうにも掲載しています。

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~
かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。
望んで召喚などしたわけでもない。
ただ、落ちただけ。
異世界から落ちて来た落ち人。
それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。
望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。
だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど……
中に男が混じっている!?
帰りたいと、それだけを望む者も居る。
護衛騎士という名の監視もつけられて……
でも、私はもう大切な人は作らない。
どうせ、無くしてしまうのだから。
異世界に落ちた五人。
五人が五人共、色々な思わくもあり……
だけれど、私はただ流れに流され……

騎士志望のご令息は暗躍がお得意
月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。
剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作?
だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。
典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。
従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる