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2章:祖父の形見
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薄暗い階段の傾斜は急で、ラスタは一段ずつ慎重に上がっていく。
階上にはこの屋敷の大家がランタンを片手に待っていた。
彼の右手にある扉が、かつて祖父が借りていた部屋だ。
他に住人はいないのに、祖父が居なくなってもなお、廊下には蜘蛛の巣や埃が見当たらない。
大家の人柄がこういう所に垣間見える。
「わざわざ学校から来てもらってすまないね」
「いえ、こっちこそ部屋を貸してくれてありがとうございました」
「色々考えたんだが、ベルニアに渡った親戚を手伝うことにしたんだよ」
ベルニアはダクライアの西隣に位置する王国だ。
「移住、されるのですか?」
「そうなる。移住といっても、友好国だから行き来はそれほど苦でもないけど」
「そうですか」
「それで、この部屋の管理も出来なくなくなるから君に来てもらったわけだ。荷車と車夫は手配している。代金は払い込み済みだ」
生前の祖父に部屋を貸していた大家は、その親が特に親友だったと聞いている。
苦学生のラスタにここまでしてくれるのも、そういう経緯のためだろう。
「せっかくのご好意はありがたいのですが・・・・・・遺品の多くは処分することになると思います」
「え?」
大家の顔色が変わった。
「学校では魔法も学ぶと聞いているが?」
「魔導士ほどの知識は必要ありませんよ。ましてや二等騎士の俺には」
「そうか。しかし、家族が大事に使っていた物だよ。よく考えたのかい?」
「祖父はよくわからない人だったんです。母と俺は離れて暮らしていました」
「なるほどね。確かに君とお祖父さんはほとんど他人のようだったね」
「家族なら、せめて母さんの傍にいるべきだったんだ」
ラスタの言葉に力が籠る。
「これは私の父の話だが」
大家は遠い過去を振り返るような目つきで天井を仰ぐ。
「君のお祖父さんは立派な魔導士だったと聞いているよ」
「はあ」
「確かに少し変わっていた人ではあった。出会ったばかりの頃はこの国の貨幣さえも知らないほど、常識のない人だったらしい」
「貨幣も知らない?」
ラスタは改めて驚いた。一体祖父はどこでどんな生活をしていたというのだ。
「こんな言い方は変かもしれないが、何も知らない分、物覚えは早かった。魔導士と知り合いになって、難解な魔法理論をすんなり覚えてしまうほどの学習能力だったとか」
尊敬とか、驚きとか、別に特別な感情は起こらない。
荒唐無稽な昔話を聞くような感覚で、ラスタは大家の話に相槌を打っていた。
「少し話が長くなってしまったね。私はこれで失礼するよ。手伝いが必要ならば、呼んでくれ。鍵は開けてあるから」
大家は階段を引き返していく。
「さてと、さっさと片付けるか」
腕を捲ったラスタは扉に手を掛けた。
「これは・・・・・・」
机や本棚に山積する書物。
ビンに小分けされた動植物や鉱物の組織。
壁に立て掛けられた黒板を真っ白に埋め尽くす魔法理論の方程式。
いい加減な部屋ばかりを想像していたラスタの先入観は見事に裏切られた。
「これ全部、読んだのか?」
ラスタが同じことを試みれば、一体何年掛かるだろう。
書棚に並ぶ本は十数冊に過ぎないが、どれも大辞典並みの厚さだった。
手当たり次第に一冊の本を抜き取ってページをめくる。
どのページも文字と数式でびっしりと埋め尽くされている。
ラスタもまた、騎士養成学校で魔法を学ぶ身でありながら、その本は理解を遥かに超えたものばかりだった。
階上にはこの屋敷の大家がランタンを片手に待っていた。
彼の右手にある扉が、かつて祖父が借りていた部屋だ。
他に住人はいないのに、祖父が居なくなってもなお、廊下には蜘蛛の巣や埃が見当たらない。
大家の人柄がこういう所に垣間見える。
「わざわざ学校から来てもらってすまないね」
「いえ、こっちこそ部屋を貸してくれてありがとうございました」
「色々考えたんだが、ベルニアに渡った親戚を手伝うことにしたんだよ」
ベルニアはダクライアの西隣に位置する王国だ。
「移住、されるのですか?」
「そうなる。移住といっても、友好国だから行き来はそれほど苦でもないけど」
「そうですか」
「それで、この部屋の管理も出来なくなくなるから君に来てもらったわけだ。荷車と車夫は手配している。代金は払い込み済みだ」
生前の祖父に部屋を貸していた大家は、その親が特に親友だったと聞いている。
苦学生のラスタにここまでしてくれるのも、そういう経緯のためだろう。
「せっかくのご好意はありがたいのですが・・・・・・遺品の多くは処分することになると思います」
「え?」
大家の顔色が変わった。
「学校では魔法も学ぶと聞いているが?」
「魔導士ほどの知識は必要ありませんよ。ましてや二等騎士の俺には」
「そうか。しかし、家族が大事に使っていた物だよ。よく考えたのかい?」
「祖父はよくわからない人だったんです。母と俺は離れて暮らしていました」
「なるほどね。確かに君とお祖父さんはほとんど他人のようだったね」
「家族なら、せめて母さんの傍にいるべきだったんだ」
ラスタの言葉に力が籠る。
「これは私の父の話だが」
大家は遠い過去を振り返るような目つきで天井を仰ぐ。
「君のお祖父さんは立派な魔導士だったと聞いているよ」
「はあ」
「確かに少し変わっていた人ではあった。出会ったばかりの頃はこの国の貨幣さえも知らないほど、常識のない人だったらしい」
「貨幣も知らない?」
ラスタは改めて驚いた。一体祖父はどこでどんな生活をしていたというのだ。
「こんな言い方は変かもしれないが、何も知らない分、物覚えは早かった。魔導士と知り合いになって、難解な魔法理論をすんなり覚えてしまうほどの学習能力だったとか」
尊敬とか、驚きとか、別に特別な感情は起こらない。
荒唐無稽な昔話を聞くような感覚で、ラスタは大家の話に相槌を打っていた。
「少し話が長くなってしまったね。私はこれで失礼するよ。手伝いが必要ならば、呼んでくれ。鍵は開けてあるから」
大家は階段を引き返していく。
「さてと、さっさと片付けるか」
腕を捲ったラスタは扉に手を掛けた。
「これは・・・・・・」
机や本棚に山積する書物。
ビンに小分けされた動植物や鉱物の組織。
壁に立て掛けられた黒板を真っ白に埋め尽くす魔法理論の方程式。
いい加減な部屋ばかりを想像していたラスタの先入観は見事に裏切られた。
「これ全部、読んだのか?」
ラスタが同じことを試みれば、一体何年掛かるだろう。
書棚に並ぶ本は十数冊に過ぎないが、どれも大辞典並みの厚さだった。
手当たり次第に一冊の本を抜き取ってページをめくる。
どのページも文字と数式でびっしりと埋め尽くされている。
ラスタもまた、騎士養成学校で魔法を学ぶ身でありながら、その本は理解を遥かに超えたものばかりだった。
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