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1章:二つの力
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この世界は二つの力によって支配されている。
一つは生まれながらに一部の血筋の人間だけが持つことを許された魔力。
魔力の高い者は魔法によって事物や現象を自由に御するだけでなく、魔力に比例した身体能力と自然治癒力を持つ。
大陸の多くの国々では魔力を持つ人々のことを、騎士と呼んで厚遇した。
その名の通り、彼らの存在意義は特に戦場において重宝されていた。
そしてもう一つの力は経済力。
騎士達は己の富を魔導書の購入資金に惜しみなく使う。
魔法の研究に生涯を捧げた魔導士達が研究の成果を書き残したとされる魔導書。
そこに書かれる専属魔法は独自に考案されたもので、種類は千差万別。
威力は広く知られた汎用魔法の十倍以上のものが多い。
魔導書を手に入れた騎士は《所有者(ホルダー)》と呼ばれ、虎の子の専属魔法の力で地位と名誉を盤石なものに変えていった。
更に《所有者》達は魔導書を家督と共に子孫に継承し、専属魔法の独占を強めていく。
これによって《所有者》による権力派閥が形成されていった。
この二つの力に隔たれた人々は、自らの出自に相応の運命が用意されることとなる。
魔力と経済力の壁は、意思の力だけで越えられる高さではなかった。
大陸の覇権争いとは程遠い小国、ダクライア公国――
《所有者》と騎士の社会的優位はここでも例外ではなかった。
しかし、誰もがそんな世界のシステムを受け入れたわけではない。
今まさに、一人の若者がその壁に挑戦しようとしていた。
――強いな
早鐘を打つ心臓の音がこんなにもはっきりと伝わってくる。
剣を握る手もすっかり疲弊して、感覚さえも伝わってこない。
籠手や脛当てといった軽装防具でさえ、枷のように感じられる。
それでも表情だけは余裕を示さなければ、と無理に作り笑いをする。
やせ我慢と謗られようとも構わない。
せめて気力だけでも目の前に立つ少女と対等でなければと、ラスタ=オキシマは余力を振り絞った。
「いい加減に諦めてはいかがですか?」
あまりに丁寧過ぎて、嘲弄にも受け取れる少女の声。
整った目鼻立ちの顔に被さる金髪を軽く手で払う。
その表情は一切の疲労や緊張感を感じさせないばかりか、大きな碧眼はラスタを嘲るかのようだ。
更にはグラーデン騎士学校、一等騎士の証である黒の制服をこれ見よがしに翻す。
「うるせえ・・・・・・」
ラスタは額を拭う。手に滲むのは、汗ではなく鮮血だった。
少女と対峙してから一時間ほど経つのに、かすり傷一つとして相手には負わせられていない。
こちらは満身創痍だというのに。
今はグラーデン騎士養成学校の伝統行事、級別対抗試合。
共に真剣を手にした学生達が剣と魔法で対決し、己の技量を競う。
命のやり取りとはいかぬものの、将来名誉ある騎士を目指す者達にとって、その勝敗は大きな意味を持つ。
故に自分を遥かに上回る実力者とは闇雲に剣を交えないのが賢明であるが、このラスタだけは違っていた。
「勝負はここからだ、イリス=フェランデ。悪いが、もう少し付き合ってもらう」
「あら? そうですか。それでは、気が済むまでどうぞ」
呼び捨てにされたことに腹を立てたのか、微笑を浮かべていた少女、イリスの眉根がかすかに吊り上がる。
「これ以上怪我を負っても責任は持てませんからね」
「上等だ」
「では」
膝を立てたラスタに三本の剣先が向けられた。
一本は少女が握る細身の剣。
そして残りの二本は少女の傍らで所有者なくして宙に浮かぶ剣。
見えない剣士に操られるかのように、宙で華麗な円弧を舞いながら切っ先を向け、ピタリと止まる。
その動きからは少女を守る意思と、ラスタへの敵意が伝わってくる。
「一等騎士の怖さを今度こそ思い知るといいわ。行きなさい」
一つは生まれながらに一部の血筋の人間だけが持つことを許された魔力。
魔力の高い者は魔法によって事物や現象を自由に御するだけでなく、魔力に比例した身体能力と自然治癒力を持つ。
大陸の多くの国々では魔力を持つ人々のことを、騎士と呼んで厚遇した。
その名の通り、彼らの存在意義は特に戦場において重宝されていた。
そしてもう一つの力は経済力。
騎士達は己の富を魔導書の購入資金に惜しみなく使う。
魔法の研究に生涯を捧げた魔導士達が研究の成果を書き残したとされる魔導書。
そこに書かれる専属魔法は独自に考案されたもので、種類は千差万別。
威力は広く知られた汎用魔法の十倍以上のものが多い。
魔導書を手に入れた騎士は《所有者(ホルダー)》と呼ばれ、虎の子の専属魔法の力で地位と名誉を盤石なものに変えていった。
更に《所有者》達は魔導書を家督と共に子孫に継承し、専属魔法の独占を強めていく。
これによって《所有者》による権力派閥が形成されていった。
この二つの力に隔たれた人々は、自らの出自に相応の運命が用意されることとなる。
魔力と経済力の壁は、意思の力だけで越えられる高さではなかった。
大陸の覇権争いとは程遠い小国、ダクライア公国――
《所有者》と騎士の社会的優位はここでも例外ではなかった。
しかし、誰もがそんな世界のシステムを受け入れたわけではない。
今まさに、一人の若者がその壁に挑戦しようとしていた。
――強いな
早鐘を打つ心臓の音がこんなにもはっきりと伝わってくる。
剣を握る手もすっかり疲弊して、感覚さえも伝わってこない。
籠手や脛当てといった軽装防具でさえ、枷のように感じられる。
それでも表情だけは余裕を示さなければ、と無理に作り笑いをする。
やせ我慢と謗られようとも構わない。
せめて気力だけでも目の前に立つ少女と対等でなければと、ラスタ=オキシマは余力を振り絞った。
「いい加減に諦めてはいかがですか?」
あまりに丁寧過ぎて、嘲弄にも受け取れる少女の声。
整った目鼻立ちの顔に被さる金髪を軽く手で払う。
その表情は一切の疲労や緊張感を感じさせないばかりか、大きな碧眼はラスタを嘲るかのようだ。
更にはグラーデン騎士学校、一等騎士の証である黒の制服をこれ見よがしに翻す。
「うるせえ・・・・・・」
ラスタは額を拭う。手に滲むのは、汗ではなく鮮血だった。
少女と対峙してから一時間ほど経つのに、かすり傷一つとして相手には負わせられていない。
こちらは満身創痍だというのに。
今はグラーデン騎士養成学校の伝統行事、級別対抗試合。
共に真剣を手にした学生達が剣と魔法で対決し、己の技量を競う。
命のやり取りとはいかぬものの、将来名誉ある騎士を目指す者達にとって、その勝敗は大きな意味を持つ。
故に自分を遥かに上回る実力者とは闇雲に剣を交えないのが賢明であるが、このラスタだけは違っていた。
「勝負はここからだ、イリス=フェランデ。悪いが、もう少し付き合ってもらう」
「あら? そうですか。それでは、気が済むまでどうぞ」
呼び捨てにされたことに腹を立てたのか、微笑を浮かべていた少女、イリスの眉根がかすかに吊り上がる。
「これ以上怪我を負っても責任は持てませんからね」
「上等だ」
「では」
膝を立てたラスタに三本の剣先が向けられた。
一本は少女が握る細身の剣。
そして残りの二本は少女の傍らで所有者なくして宙に浮かぶ剣。
見えない剣士に操られるかのように、宙で華麗な円弧を舞いながら切っ先を向け、ピタリと止まる。
その動きからは少女を守る意思と、ラスタへの敵意が伝わってくる。
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