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序章: 夕暮れの街にて

魔導書の店

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「そろそろたまったかな?」
 帰り道、青年が立ち止まったのは厳かな装飾に彩られた石造りの建物の前。
 庶民的な他の店と異なり、そこだけは荘厳な佇まいで一般庶民には近寄りがたく、実際門前には衛兵が立っていた。
 金文字の看板には店名の下に『認定魔導書取扱店』と付け加えられている。
「ご用件は?」
 青年が近づくと衛兵がすかさず警戒の視線を光らせ、誰何する。
「魔導書の購入に」
「グラン=アカデミーの学生ですね、ではこちらへ」
 青年の応対は衛兵から執事姿の店員に引き継がれた。店内は商品の陳列棚が並んでいるのではなく、各々が狭い個室に通されて店の人間と商談をしている。もちろん、青年も空いていた一室で店員と向かい合うように座った。
「ではこちらに所属と名前をご記入ください」
 青年の前に羊皮紙と羽ペンが用意される。
一応、植物由来の紙は普及しているが、法的に重要な意味を持つ書類には依然として羊皮紙に記録を残す慣習が残っている。
 青年は手早く記入事項を網羅し、店員に返す。
「シュロム=アルデンバー様ですか? グラン=アカデミー一年生・・・・・・Fクラス??」
「はい」
「・・・・・・失礼ですが、本日は魔導書の購入にいらっしゃったのですよね?」
「そうです」
「大変失礼と承知しておりますが、代金の方はいかほどでのご予算を?」
「これで買える範囲で」
 シュロムはたまりにたまった銀貨の缶を裏返した。
 けたたましい金属音と共に銀貨の山が机上に築かれる。
 もちろん、それらは趣味と実益を兼ねてコツコツと貯めてきた大事なアルバイト代に他ならない。
 その光景を前に店員は目を丸くした。
 年端もいかない学生が、普通の大人二年分の年収に相当する金を惜しげもなく見せびらかすのだから無理もない。
「これは・・・・・・失礼いたしました。それで、ご購入の魔導書というのは――」
「ティム=エッテンバウム著、『魔力投入量と魔法効果の相関関係に関する考察』という魔導書はここにありますか?」
「ございます。それも、ご用意頂いたご予算の範囲内での購入が可能です。こちらの魔導書の購入、でよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いいたします」
「ではこちらにサインを頂けますか?」
 今度は売買契約に関する書類が出てきて、シュロムは購入意思の証として署名した。
 金具付きの皮革表紙でパッケージされた書籍が彼の前で鍵付きの専用ケースに納められる。その装丁に価値があるのではなく、そこに掛かれた魔法の理論と実践に関する先人達の知識と英知こそ、彼が求めているものだった。
「どうぞ、お納めください。ご存じとは思いますが、国外への持ち込みや複写は固く禁じられております」
「わかっています。国外でなくとも、大事な魔導書を他人に見せびらかしたりはしません」
 シュロムは魔導書とお釣りの銀貨を手に、店を出た。
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