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始まりはしょうもない理由から
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一か月後、事件は起こった。
庭木が尽く枝を切り落とされていたのだ。
丁度、今年の秋にたまたま巡ってきた三連休を利用しての家族旅行からの帰りだった。
その間に庭の景色は変貌していた。
無造作に捨てられた花、むしり取られた枝。
手で折られたものではない。
わざわざ高枝ばさみのような剪定工具を使って木の頂端にまで被害が及んでいた。
春は小鳥が囀り、草花が色めいていた生命に満ちていたはずの楽園。
それが一瞬にして焼け野原のような死の世界に変貌してしまった。
その先に、件の隣人宅がある。
何事もなかったように洗濯物が干されていた。
証拠など必要もない。かの家の住人の仕業と断定してよかった。
明確な器物損壊――脳裏に110の三桁の数字が浮かんだ。
「警察を呼びましょう」
妻が荒らされた花壇から目を背けながら、ぼそりと呟いた。
兼ねてから日照権がどうこうと、理不尽な言い掛かりをつけられているが、何せ人より背丈の低い草花までが切り落とされているのだ。そこに大義など成り立つはずがなかった。
「もう気が済んだのだろう。どうせ植木は来月には剪定する予定だったのだから、同じことだよ」
尚も不満を隠せない妻を何とかなだめ、この件を穏便に済ませようとしたのだが、当事者以上にこの事件を許せない者がいた。
「てめえ!!何しやがったんだ!!」
外から見ただけでも薄さがわかる玄関扉が乱暴に叩かれる。
あの事件から一か月後のこと。
激しい口調で隣人を呼び出す声が近所に響き渡っていた。
作業着を着た初老の男性が隣人宅を激しく罵倒しながら長靴でドアを蹴り上げていた。
この度、ウチの庭を手入れすることになった植木屋の親方だ。
自分が手入れをする前の庭木が無下にされたことが許せなかったのか、あるいは職業柄草木に対する思い入れが強かったのかはわからない。
隣人は留守なのか、嘯くつもりなのか、この騒ぎの中姿を見せなかった。
いずれにしても今度は垣根を乗り越えて住居に侵入しようとまでしたので、さすがに仲間達が取り押さえてその場は事なきを得た。
親方は怒りを隠せない様子だったが、それでも職人としての態度には感服だった。
憐れにむしり取られた植木はその後の丁寧な仕事によって尊厳を取り戻していた。
踏み荒らされた花壇は来年の春に向けて、球根たちが地中で春の訪れを待っている。
これで全てが回復基調に乗りかけた頃、仕事道具を片付けながら親方が呟いた。
「旦那、ちょっといいですかね?」
庭木が尽く枝を切り落とされていたのだ。
丁度、今年の秋にたまたま巡ってきた三連休を利用しての家族旅行からの帰りだった。
その間に庭の景色は変貌していた。
無造作に捨てられた花、むしり取られた枝。
手で折られたものではない。
わざわざ高枝ばさみのような剪定工具を使って木の頂端にまで被害が及んでいた。
春は小鳥が囀り、草花が色めいていた生命に満ちていたはずの楽園。
それが一瞬にして焼け野原のような死の世界に変貌してしまった。
その先に、件の隣人宅がある。
何事もなかったように洗濯物が干されていた。
証拠など必要もない。かの家の住人の仕業と断定してよかった。
明確な器物損壊――脳裏に110の三桁の数字が浮かんだ。
「警察を呼びましょう」
妻が荒らされた花壇から目を背けながら、ぼそりと呟いた。
兼ねてから日照権がどうこうと、理不尽な言い掛かりをつけられているが、何せ人より背丈の低い草花までが切り落とされているのだ。そこに大義など成り立つはずがなかった。
「もう気が済んだのだろう。どうせ植木は来月には剪定する予定だったのだから、同じことだよ」
尚も不満を隠せない妻を何とかなだめ、この件を穏便に済ませようとしたのだが、当事者以上にこの事件を許せない者がいた。
「てめえ!!何しやがったんだ!!」
外から見ただけでも薄さがわかる玄関扉が乱暴に叩かれる。
あの事件から一か月後のこと。
激しい口調で隣人を呼び出す声が近所に響き渡っていた。
作業着を着た初老の男性が隣人宅を激しく罵倒しながら長靴でドアを蹴り上げていた。
この度、ウチの庭を手入れすることになった植木屋の親方だ。
自分が手入れをする前の庭木が無下にされたことが許せなかったのか、あるいは職業柄草木に対する思い入れが強かったのかはわからない。
隣人は留守なのか、嘯くつもりなのか、この騒ぎの中姿を見せなかった。
いずれにしても今度は垣根を乗り越えて住居に侵入しようとまでしたので、さすがに仲間達が取り押さえてその場は事なきを得た。
親方は怒りを隠せない様子だったが、それでも職人としての態度には感服だった。
憐れにむしり取られた植木はその後の丁寧な仕事によって尊厳を取り戻していた。
踏み荒らされた花壇は来年の春に向けて、球根たちが地中で春の訪れを待っている。
これで全てが回復基調に乗りかけた頃、仕事道具を片付けながら親方が呟いた。
「旦那、ちょっといいですかね?」
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