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2章: Aman loves someone not by him but in his mind.

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< A man loves someone not by him but in his mind. >

 ~ 人が愛するのは傍にいるその人ではなく、彼の心に棲むその人だ ~

                                                                      ――サナ=クオルハート

 エリー小隊長との決闘に勝利したことで、チハルもアンリも王宮を追い出される心配はなくなった。
 一番の懸念材料はエリー小隊長の逆襲だが、新入隊員に惨敗した恥をさらしたことで小隊長の任を解かれ、しかも別部隊に転属の処分が下ったことで滅多に顔を会わせることはなくなった。
 お陰で日々務めを果たし、高給が溜まっていくと思いきや、どうもそうはいかないようだ。

――何の話だろう
 チハルは今、とある親衛隊幹部の執務室前に立っている。
 部屋の主はフェミル連隊長。
 十組の小隊長のうち、その半数を統括する二人の連隊長のうちの一人で、親衛隊内では最高位のポストだ。
 その親玉からお呼びが掛かるということは、単に日本刀を見せてという話題ではない。
 小隊長に刃向かったことへの戒告だろうか。
 あるいはエリーが早速自分とのリベンジを所望しているのだろうか。
「・・・・・・失礼します」
「よく来てくれたわね。隊内ではあなたの噂でもちきりよ」
 大勢の取り巻きを控えさせ、部屋奥の執務机に座るのは桃色の髪をふわりと広げた少女。
 年長者と予想していたが、思いの外若く、十七、八歳と言ったところか。
 ただ何となく感じられる貫禄は年齢より二回りも三回りも大きい。
 エリー程の武芸者より更に上を行く、この人も相当の強者だ。
「えっと、私にお話って」
「まずは落ち着いてお茶でも飲みましょうか」
 フェミル小隊長は立ち上がる。背はどちらかと言えば小柄な方だ。
 優雅な歩き方で、日当たりのよい位置に置かれたソファへと誘う。
「さ、お掛けになって」
 ふわふわのソファにたった一人で、フェミルと向かい合う。
 白磁のティーカップに、赤い紅茶が注がれる。
「遅れましたけど、決闘での勝利、改めておめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「彼女の十連勝を止めるのが誰になるかと思っていたけど、まさかあなたのような新入隊員がね」
「いえ、偶然ですよ」
「偶然で? エリー=ミルドレットの命を奪わなかったことも?」
「それは・・・・・・・」
「いいわ。ここで議論しても、あなたの勝利に変わりありませんもの。そんなことより、早速本題を話しましょうか。あなた、私達の仲間になるつもりはない?」
 ティーカップの向こうから、フェミルがこちらの様子を虎視眈々と窺っている。
 
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