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序章: 聖女になるのにどれだけ大変だったと思っているの?
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街が、赤く染まっている。
黄昏を見ているのではない。
夜半に放たれた業火が、洗練された帝都の街並みを呑み込もうとしているのだ。
遠くから聞こえる悲鳴と剣戟の音が、奥歯を噛みしめながら状況を俯瞰するイシリア=ヘンベルトの耳に危機の到来を告げている。
「イシリア様ぁ!!」
鎧を慌ただしく擦らせ走り寄るのは、神殿警備を統括する衛士隊の高官。
百年に渡り平安を保ってきたクレストワルド帝国において、最も戦場から遠い立場にある軍人のはずだった。
「一体、何が起こっているのです?」
「クーデターです! ブランカ将軍及びレンドバルト連隊長の率いる一個師団が蜂起し、帝都中心街で我が軍の守備隊と交戦中です!」
「ブランカ? それにレンドバルト・・・・・・あの二人は軍人であって、帝政を司るほどの器量はないはずでは?」
「それが、黒幕は商工ギルドの首領メンバーのようでして、帝政を打倒し、議会中心の共和国政府樹立を大義名分に、我が軍の離反を働きかけているようなのです」
「・・・・・・不遜な! 神聖なアーネット教こそ、この広大な帝国を統べる唯一の依り代というのに」
――あの強欲商人どもめ。こうなる前に適当な冤罪でも着せて牢にぶち込んでおくべきだったわ
やはり卑しい商人連中の口車に乗せられて課税を軽くしたのが間違いだったかと、イシリアは臍を噛む。
国教アーネット教の象徴にして、帝政への大きな発言権を持つ彼女は、元来商工ギルドの一派と折り合いが悪かった。
ルーツをたどれば同じ庶民であるイシリアには、富を蓄積する商人達がやがては帝政の中枢を虎視眈々と狙う視線がありありと見えていたのである。
そんな連中を抑え込むには税制や規制を重く課して、帝国に対抗できるほどの財力をそぎ落とすことが必要だと感じてはいたものの、袖の下によって買収された貴族達の反対によって結局押し切られてしまった。
――チッ これだからボンボン共は
「あの、イシリア様?」
「何でもありません。それで、皇帝陛下は?」
「ご安心下さい。宮殿の守りは万全でございます」
「宮殿? 敵はまだ帝都官庁街までも至っていないのでしょう?」
「まずは陛下とイシリア様の御身が最優先かと・・・・・・」
「全兵力を官庁街の防衛に差し向けるのです!」
「な、なんと?」
「聞こえなかったのですか? 敵を官庁街で迎撃なさい」
「なぜに?」
「皇帝陛下をお守りしても、官庁街に住む高官達の家族を人質に取られては、こちらの体勢は瓦解します。ここに残っている手持ちの兵力は?」
「近衛師団三個大隊及び、中央軍二個師団が・・・・・・」
「それで、敵は?」
「正確な戦力は不明ですが、三個師団が中央通りを前進中。一個連隊及び一個大隊がそれぞれ西と東に展開中との情報も」
「三方から、というわけですね? では中央軍二個師団は中央通りで敵の本隊を迎撃。近衛師団二個大隊は西の一個連隊を攻撃なさい。残る一個大隊は私が率います」
「せ、聖女様自らご出陣ですか? お言葉ですが戦場は危険です!」
「自分の国が焼かれているというのに、こんな所で座して見ているわけにはいきません」
「何と! それで、あの、東の守りは?」
「必要ありません。私が察するに、東に敵はいません」
「しかし、現に火の手は・・・・・・」
「他の交戦地域に比べて、東は明らかに火の手が弱いです。兵の数で言えば、西よりも多いはずですが。恐らくは敵がこちらの戦力を分散させるために、東からも大軍が進軍していると見せかけているのでしょう」
「おぉ!」
「私が前線で指揮をとります。各隊の軍団長に今の指示を通達なさい」
「御意に!」
瞳に希望を宿して近衛兵達が反撃の支度を始める中、イシリアは今一度燃え盛る帝都を振り返る。
そして法衣のロングスカートが翻るばかりに地団駄を踏んだ。
「冗談じゃないわよ! こんな所で終わっていられないわ! 聖女になるのに、どれだけ大変だったと思っているの?」
黄昏を見ているのではない。
夜半に放たれた業火が、洗練された帝都の街並みを呑み込もうとしているのだ。
遠くから聞こえる悲鳴と剣戟の音が、奥歯を噛みしめながら状況を俯瞰するイシリア=ヘンベルトの耳に危機の到来を告げている。
「イシリア様ぁ!!」
鎧を慌ただしく擦らせ走り寄るのは、神殿警備を統括する衛士隊の高官。
百年に渡り平安を保ってきたクレストワルド帝国において、最も戦場から遠い立場にある軍人のはずだった。
「一体、何が起こっているのです?」
「クーデターです! ブランカ将軍及びレンドバルト連隊長の率いる一個師団が蜂起し、帝都中心街で我が軍の守備隊と交戦中です!」
「ブランカ? それにレンドバルト・・・・・・あの二人は軍人であって、帝政を司るほどの器量はないはずでは?」
「それが、黒幕は商工ギルドの首領メンバーのようでして、帝政を打倒し、議会中心の共和国政府樹立を大義名分に、我が軍の離反を働きかけているようなのです」
「・・・・・・不遜な! 神聖なアーネット教こそ、この広大な帝国を統べる唯一の依り代というのに」
――あの強欲商人どもめ。こうなる前に適当な冤罪でも着せて牢にぶち込んでおくべきだったわ
やはり卑しい商人連中の口車に乗せられて課税を軽くしたのが間違いだったかと、イシリアは臍を噛む。
国教アーネット教の象徴にして、帝政への大きな発言権を持つ彼女は、元来商工ギルドの一派と折り合いが悪かった。
ルーツをたどれば同じ庶民であるイシリアには、富を蓄積する商人達がやがては帝政の中枢を虎視眈々と狙う視線がありありと見えていたのである。
そんな連中を抑え込むには税制や規制を重く課して、帝国に対抗できるほどの財力をそぎ落とすことが必要だと感じてはいたものの、袖の下によって買収された貴族達の反対によって結局押し切られてしまった。
――チッ これだからボンボン共は
「あの、イシリア様?」
「何でもありません。それで、皇帝陛下は?」
「ご安心下さい。宮殿の守りは万全でございます」
「宮殿? 敵はまだ帝都官庁街までも至っていないのでしょう?」
「まずは陛下とイシリア様の御身が最優先かと・・・・・・」
「全兵力を官庁街の防衛に差し向けるのです!」
「な、なんと?」
「聞こえなかったのですか? 敵を官庁街で迎撃なさい」
「なぜに?」
「皇帝陛下をお守りしても、官庁街に住む高官達の家族を人質に取られては、こちらの体勢は瓦解します。ここに残っている手持ちの兵力は?」
「近衛師団三個大隊及び、中央軍二個師団が・・・・・・」
「それで、敵は?」
「正確な戦力は不明ですが、三個師団が中央通りを前進中。一個連隊及び一個大隊がそれぞれ西と東に展開中との情報も」
「三方から、というわけですね? では中央軍二個師団は中央通りで敵の本隊を迎撃。近衛師団二個大隊は西の一個連隊を攻撃なさい。残る一個大隊は私が率います」
「せ、聖女様自らご出陣ですか? お言葉ですが戦場は危険です!」
「自分の国が焼かれているというのに、こんな所で座して見ているわけにはいきません」
「何と! それで、あの、東の守りは?」
「必要ありません。私が察するに、東に敵はいません」
「しかし、現に火の手は・・・・・・」
「他の交戦地域に比べて、東は明らかに火の手が弱いです。兵の数で言えば、西よりも多いはずですが。恐らくは敵がこちらの戦力を分散させるために、東からも大軍が進軍していると見せかけているのでしょう」
「おぉ!」
「私が前線で指揮をとります。各隊の軍団長に今の指示を通達なさい」
「御意に!」
瞳に希望を宿して近衛兵達が反撃の支度を始める中、イシリアは今一度燃え盛る帝都を振り返る。
そして法衣のロングスカートが翻るばかりに地団駄を踏んだ。
「冗談じゃないわよ! こんな所で終わっていられないわ! 聖女になるのに、どれだけ大変だったと思っているの?」
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