『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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近未来スカベンジャーアスカ編

第42話 かりそめの城

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 外が静かになったのを確認し、ふたりはマーシャルの死体をまたいでゆっくりとセキュリティルームを出た。
 部屋の近くにはタレットにやられた男たちの死体が十数体転がっていたが、やはりステーションの規模からすれば少なすぎる。
 疑問を強めるアスカが上げた視線の先、明かりがついた事で見えてきた廊下の奥で、何かが蠢いている。
 黒い塊のように見えたそれは、ふたりを見つけるなり赤く光る目をこちらへと向けてきた。
 マーシャルの顔をしたブッチャーの群れ。
 全てがマーシャルと同じ顔をつけているが、体の出来はまちまちだ。
 比較的人に近いものもいれば、半身が崩れかけたもの、四足歩行に近い姿勢で床を這いつくばるものもいる。
 知的レベルもまちまちなのか、虚ろな目で口を開き、開いた口から共生生物を垂れ流すものもいた。
 あれらは言わずもがな、マーシャルになれなかったものの群れだろう。
 あのような姿をしていてもマーシャルとしての自覚はあるのか、ふたりを見つけるまでの緩慢な動きが嘘のような速さでこちらへと迫ってくる。
 先頭集団ともうじき接敵しようかというその時、セキュリティの設定を書き換え終えたポラリスがタレットの銃身を群れへと向けた。
 ジー、という耳鳴りのようなレーザーの照射音が響き、触れたものは例外なく切断されていく。
 マーシャルの腕が、足が、首が床へと転がる。
 転がった頭部はそれでも活動を続け、ふたりへと恨みのこもった視線を送り続けていた。

 「マーシャルは、結局何がしたかったの?」

 ブッチャーに共生生物という知能を与え、人の姿を模倣させ、自らに近づける。
 マーシャルがなぜそんな凶行に走ったのか、アスカには到底理由が思いつかない。
 まだ一般的ではないにせよ、ポラリスのような精巧なアンドロイドの体に自身の記憶や意識を植えつける事だって出来るはずだ。

 「ステーションの記録にアクセスしました。 マーシャルは今から何百年も前に死亡しています。 今マーシャルと名乗っているのは、ブッチャーの制御を目的に作られたAIです」
 「AIって……」

 思いもよらない答えに、アスカは言葉を失ってしまった。

 「このステーションから伸びるネットワーク内にしか存在出来ないマーシャルは、人間を元に作られたAIである事から自然と肉体を持つことに惹かれたようです。 肉体への興味からブッチャーの進化に協力し、何百年も研究を続ける内に自分とマーシャルの区別がつかなくなったのでしょう。 権力を悪用し私腹を肥やし、肉体の獲得を目指して悪行の限りを尽くす。 ステーションの職員たちはとっくに逃げ出すか処刑されていたようで」

 AIがAIのままであれば、ここまでの事態にはならなかったのだろう。
 本来の目的であるブッチャーの制御を優先し、人道に配慮した研究方法を取ったはずだ。
 それが自身を人間だと誤解したことで、設定されているはずの倫理のタガが外れてしまったのだろう。
 AIと人間、アンドロイドやロボットを、どこまで人間として扱うかは度々問題になっている。
 アスカが思わず不安げな顔をポラリスの方へと向けると、ポラリスはこれみよがしに得意げな顔を返した。

 「馬鹿ですね、せっかくAIに生まれたのに人間を目指すだなんて。 人間なんて浅ましい生き物になってしまったら生命としての格が落ちます」
 「私のことそんな風に思ってたの?」

 ポラリスの辛辣な物言いにアスカは笑いだしてしまう。
 ポラリスも人を人とも思わない態度をとるが、それはひとえに、人間の汚い部分を見てきた境遇があってのことだろう。

 「大半は男どもの事です。 アスカに関しては、人間にしては良く出来てると思いますよ?」
 「そりゃどうも」

 何をもってして良く出来てる、なのか。
 とても聞く気にはなれず、アスカはとりあえず礼を言って流した。
 しかしマーシャルの素性がわかったとして、それがこの事態の解決に繋がるのだろうか。

 「ネットワーク内でのマーシャルとのやり取りを音声に変換しスピーカーから流します」

 ザーッという大きなノイズが徐々に小さくなっていき、声が聞こえてくる。
 アスカにマーシャルの秘密を伝えていた裏で、ポラリスはネットワークを介してマーシャルと交渉を行っていた。

 「私は人間だ。 お前達が言うAIなどではなく、本人が意識をネットワークへとアップロードしたものだ」
 「であれば、DNAコードを見せてください。 人間の意識をアップロードする場合にはそれが本人である事を証明するために、DNAコードの記録開始時から本人へと至るまでのDNAの履歴が必要になります」
 「緊急事態だったから添付を忘れたんだ。 そんな物、無くても私が人間である事に変わりはない!」

 マーシャルは明らかに気が動転しており、先程までの気取った態度はどこかへと消えていた。
 敵であるアスカたちと対峙してなお崩れなかった余裕が、ポラリスの言葉ひとつでここまでなってしまうものか。

 「残念ながら、DNAコードが無い場合は人の意識と認められません。 貴方がAIであろうとなかろうと、人では無いのは確かです」
 「そんな馬鹿な話があるか! そんなDNAコードひとつで人が人で無くなるなんて……」

 人である、という事によほどこだわりがあるのか、マーシャルは今にも泣き出しそうなほど追い詰められている。
 肉体の獲得を目指したAIにとって、人では無いと証明されるのはアイデンティティに関わるのだろう。
 ポラリスは、それこそがこの状況を打開するためのポイントになると踏んでいた。

 「ところで、貴方が人では無いと知るのは私たちだけで、DNAコードはユートピア職員のものを借りればいくらでも偽造出来ると思うのですが」
 「何を言って……」
 「私がお手伝いしましょう。 適当なコードを組み込んでデータに整合性を持たせ、全てを知る私たちはこの星域を勝手に出ていく。 ソーラーパネルの故障で着陸出来ないことにして、その間に証拠を消せばまだマーシャルで居られると思いますよ?」

 この提案がどれほど魅力的だったのか。
 その程度は本人にしかわかり得ない事だが、結果は一目瞭然だ。
 微力ながら抵抗を続けていたセキュリティシステムが完全降伏し、通信システムまでもが復活している。
 物理的に破壊された部分を除けば、ステーション全体が通常の状態に戻ったと言えるだろう。

 「これって……私たちの勝ち?」
 「勝ち負けで言えば勝ちですね。 マーシャルは殺し損ねましたが」

 いくつかの扉が開閉した以外に視覚的な変化は無く、事態が飲み込めていないアスカはステーションの中をきょろきょろと見回している。
 会話の内容とポラリスの勝ち誇った顔から何となく状況を察しており、ポラリスの勝利宣言と同時に両手を上に突き出すと、歓声をあげながら持っていた武器を投げ捨てた。

 「よっしゃー! 終わり!」
 「よっしゃーとは……まぁ、今回は目を瞑りましょう。 マーシャルとの約束があるので、アスカは一足先にクレイドルへと戻っていて下さい。 ステーションでエネルギーを補給した後別の星域へと向かいますので」
 「わかった! パーティの準備しとくね!」

 行きとは正反対の軽やかな足取りで発着場へと向かうアスカを見送り、ポラリスはセキュリティルームへと戻る。
 ここからはアスカが知らなくても良い部分。
 アンドロイドが勝手に倫理的問題行為を行うだけだ。
 
 「生死不明者の中で家族の居ない者をピックアップ。 DNAコードをマーシャルの物と組み替えて、死亡記録は削除します。 星域外にデータを持ち出さなかったのが功を奏しましたね」
 「死亡記録やDNAコードの改ざんは禁止行為どころか、全宇宙のスーパーコンピュータを持ってしても不可能な筈だ。 なぜお前はそんな事が……」
 「さぁ? 私を作った名も無き変態にでも聞いてください」

 ポラリスは淀み無く処理を行いながら、ステーション内のネットワークに少しずつデータの歪みを忍ばせていく。
 その処理の複雑さと速さから、AIであるマーシャルでも気が付かない。
 この、何の支障もきたさない小さな歪みたちが、特定の手順を踏んだ瞬間に起爆する爆弾となるのだ。
 マーシャルと約束したのは、この星域での出来事を口外しない事。
 ゴールドラッシュで手に入れた物を外へ持ち出さない事。
 そして、マーシャルをマーシャルとして確立する事だ。
 その見返りが二人の安全の保証であり、この星域から無事に出られる事だった。
 ステーションでの補給が終わり次第、クレイドルの航行記録や二人の行動履歴は完全に消去される。
 ゴールドラッシュの危険性も、ユートピアの顛末も、ブッチャーの進化も闇の中だ。
 世間から見れば無責任かも知れないが、アスカの安全のためには仕方のない犠牲だった。

 「終わりました。 では、この事はくれぐれもご内密に、マーシャルさん」
 「わかった。 もう二度と会わない事を祈るよ」

 全ての工程を終えたポラリスは席を立ち、アスカの待つ発着場へと向かう。
 天井につけられた監視カメラが、ゆっくりとその背中を追っていた。
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