『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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近未来スカベンジャーアスカ編

第41話 新たな主人

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 レーザーの音が止み、静寂が訪れる。
 どこからか聞こえてくる機械の駆動音だけがあたりに響いており、アスカは自らの鼓動が大きくなっているのを感じていた。

 「殺したくはないんだ。 ここまで案内してやった時点で気づかないものかね」

 耳障りなノイズの乗った男の声が再び聞こえてくる。
 端末から頭を出してそっと様子を伺ったアスカは、そこに立っていたものを見て唖然としてしまった。
 機械の骨格の上に張り付いた皮膚のない筋肉。
 それを共生生物が覆って皮膚の代わりをしているのだが、顔の部分だけはしっかりと人の顔を保っている。
 ひと目見ただけで生理的な嫌悪感を覚える、薄ら笑いを浮かべた中年男。
 これが、変わり果てたステーションの管理人の姿か。

 「悪役らしく、気持ち悪い笑顔を見せに出てきたら? それとも、こんな状況でもロボットを使わないと話も出来ない小心者だったり?」

 視線の端に見えるポラリスは目を閉じたままだらんとし微動だにしない。
 あのポラリスがハッキングや罠で死んでしまうとは考えられず、今は再起動のための時間を稼ぐのが最優先だろう。
 武器を持った男たちを下がらせた意図はわからないが、機械とはいえ相手は丸腰。
 直接触れられでもしない限りは対処のしようもある。

 「まぁ、事情を知らない君にならそうとられても仕方ないか。 生憎、肉体などという不便な物はとうに捨てていてね。 今はこの体こそ紛れもなく俺の体だ」

 マーシャルは不気味な笑みを浮かべたまま、これみよがしに右手を開閉してみせる。
 今まで見たどのブッチャーよりも繊細な動きで、動作の自然さだけで言えばポラリスと変わらないくらいだ。
 指と指が触れる際のべちゃべちゃという粘り気のある水音が、アスカの背筋に冷たいものを走らせる。

 「どうでも良いけど、もう少し美的センスのあるやつに作らせた方が良かったんじゃない? その体じゃろくに町も歩けないでしょ?」

 アスカは会話を続けながら、残弾と銃身の様子を確認する。
 残弾はマガジンにある分が少し、銃身は十分に冷えた。
 今までのブッチャーと同程度の耐久度なら、この残弾でも足を削ぐくらいは出来そうだ。
 いざという時のため、手榴弾の位置も念入りに確認する。
 あの男の手にかかるくらいなら、最後はドカンと派手に散ってやろう。

 「そこは目下改善中だ。 人型のブッチャーはもう見てきただろう? それらに比べれば劇的な進歩だと思わないか?」

 マーシャルの笑顔がいちいち癇に障る。
 会話による時間稼ぎも、そう長くは続けられなさそうだ。
 端末から身を乗り出して銃を構え、あの頭を撃ち抜くのに何秒かかるだろう。

 「それもあって、君には生きてもらってるんだ」

 マーシャルがそう言い終えた直後、アスカは嫌な予感がして咄嗟に奥に飛び退いた。
 その刹那、アスカが居た位置に黄色い糸のような触手が殺到する。
 触手たちは四角い床のブロックの隙間を静かに這って来ていたようで、一瞬にして蜘蛛の巣のような網を形成していた。

 「勘がいいな。 大人しく捕まってくれれば苦しまないよう苗床にしてやるぞ?」
 「誰が……!」

 アスカは左手で出力を最大まで上げたテーザー銃を触手へと撃ち込み、それと同時にライフルをマーシャルの足目掛けて掃射する。
 高電圧による高温で触手は焼き切れ、消し炭のようになった共生生物が床へと焼き付く。
 レーザーの掃射を受けたマーシャルはバランスを崩したものの、周囲から共生生物を取り込み肥大化した足は被害を最小限に抑えている。
 肉に届くどころか、皮膚を削ぐ程度の効果しか見られない。
 アスカは手榴弾のピンを抜くとマーシャルの方へと投げつけ、端末に蹴りを入れると机ごと倒した。
 動かないポラリスを腕に抱き、爆発に備える。
 しかし、期待していたような爆発は起こらず、ゴボッ、という鈍い水音が聞こえてきただけだった。

 「手榴弾まで持ってきているとは。 もし壁や床に穴が空きでもすれば宇宙に放り出されるとなぜわからない?」

 マーシャルは共生生物を操作し、手榴弾の周りを覆っていた。
 いくらかの量は爆発により消し飛んだが、それでもまだ体を保つには十分なようだ。
 追い打ちをかけようとトリガーを引くが、ライフルはピピピピと残弾ゼロの警告音を鳴らしていた。

 「弾切れか。 どうだね? 共生生物に包まれればこの上ない快楽が与えられる。 生身のまま苗床になるよりはいくらかマシだと思うが」
 「死んでもお断り」

 ポラリスを抱いたままでは足元へと伸びてきている触手を避ける事も出来ない。
 いよいよかと覚悟を決めたアスカは手榴弾のピンを抜き、右手に握りしめた。
 この手を離して数秒すれば手榴弾が爆発し、自分はおろかポラリスの体も跡形もなくなってしまうだろう。
 捕まって苗床になるくらいなら、そっちの方がマシだ。
 震える右手を離そうとしたその時、ポラリスの左手がアスカの右手を押さえた。

 「復旧完了。 手こずらされた分は利子を付けてお返しします」

 アスカの手から手榴弾を奪ってマーシャルへと投げつけると、ホルスターから抜いたハンドガンを手榴弾目掛けて発砲する。
 またも共生生物で包みこもうと腕を伸ばしたマーシャルは変わった軌道に対処しきれない。
 マーシャルの腕を躱し目の前まで迫った手榴弾は、眩い閃光と共に轟音をたてて爆発した。

 「このっ……!」

 上半身の皮膚と肉の大半を失ったマーシャルが怒りを露わにポラリスの方を睨む。
 煙の合間から憎悪に染まった目が見えた次の瞬間、マーシャルの額には弾頭がめり込んでいた。

 「実弾の質量を計算に入れていなかったようですね。 あるいは単に遅すぎただけでしょうか」

 共生生物で出来た分厚い皮膚を貫通し頭部へと到達した弾頭は、マーシャルの頭蓋を破り真っ赤な中身を噴出させている。
 共生生物の体がみるみるうちに赤へと染まり、マーシャルの体が崩れ落ちた。
 頭部へと到達した弾頭は一発。
 残りの六発が一直線に並び、分厚い皮膚の奥へと押し込んでいた。

 「ポラリス!」

 アスカは嬉しさのあまりポラリスへと抱きつくと、目に薄っすらと涙を浮かべている。
 死ぬことはないと思っていたが、実際に目を覚ましてくれたことがうれしくて仕方ない。
 ポラリスは呆れたような顔をしながらも、アスカの頭を優しく撫でた。

 「続きは無事に帰ってからにしましょう。 親玉がやられた事で雑魚が帰ってきたようですし」

 マーシャルの体が大きな音を立てて地面へと転がったのを合図に、また兵士たちが集まってきていた。
 こちらへと近づいてくる足音の多さから、その数が相当なものであるのがわかる。
 対するアスカたちに残された武器は、残弾残りわずかのテーザー銃とハンドガンだけた。

 「でも、この状況はどうするの?」
 「ただ見ているだけで良いですよ、私を舐めた分のツケも払ってもらわなくては」

 ポラリスの瞳が水色に光ると、廊下の先から男たちの悲鳴が聞こえてきた。
 それと同時に聞こえてきたのはキュイイインという何かが回転する音と、レーザーが鉄を焼き切る甲高い音。
 男たちの姿は見えないというのに、濃い鉄の匂いと肉の焼ける匂いが漂ってくる。

 「何したの?」
 「ステーションのセキュリティを掌握しました。 今やステーションは私達の物なので、防衛システムは当然あいつらを襲います」

 天井や壁から伸びてきたレーザータレットは小さくお辞儀をして新たな主人に挨拶をする。
 あまりの手際の良さに呆気にとられるアスカをよそに、ポラリスは得意げな顔を見せつけていた。
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