『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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近未来スカベンジャーアスカ編

第39話 地獄の門

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 ポラリスの視線の先、アスカは床へとうずくまり動かない。

 「アスカ!」

 ポラリスが珍しく声を張り上げる。
 アスカの傍らにあるインナーの切れ端と、置かれたアーマーから事態を察していた。
 抱き上げられたアスカは小さく息をしており出血も無い。
 背中が赤くなっている所から、どうやらその衝撃で気絶してしまっただけらしい。
 ほっと胸を撫で下ろすと、ポラリスはアスカをそっと仰向けに寝かせ、ふらふらと操縦席の方へ向かっていく。
 まずは船を止めなければ、せっかく助かったのが無駄になってしまう。
 力の入らない足でなんとか扉には辿り着いたが、そこで限界が来てしまった。
 崩れ落ちる体と混濁する意識。
 媚毒もさることながら、ろくに充電もせず戦闘を続けたのが仇となった。
 アスカの方へと腕を伸ばした時、ポラリスの意識は完全に途絶えてしまった。

 アスカは無事だろうか。
 ポラリスの心配事はそれ一つだ。
 オークション会場から変態コレクターの船へと向かう途中、突然飛来したスペースデブリにより船体が破損。
 宇宙へと投げ出された箱の中、ポラリスは何日も何ヶ月も静かに宇宙を漂った。
 次に目覚めた時、目の前にあったのは驚いた様子で固まったアスカの顔。
 あの時、ポラリスは初めて神に感謝した。
 心を持ったアンドロイドは夢を見る。
 好事家の手を離れ、世界を見たいと願うポラリスにとって、間の抜けたスカベンジャーの顔がどれだけ有り難かったか。
 暗闇の意識の中に、その時の様子がありありと浮かぶ。

 「ポラリス!」
 「アスカ……?」
 
 突然の光に襲われ後、目の前にあったのは、泣きそうな様子のアスカの顔だった。


 どうやらここはまだスペースシップの貨物室のようで、奥には男の死体が転がっている。
 首に接続されたケーブルは貨物室の壁から伸びており、電力不足ではあるものの多少は充電が行えていた。
 ケーブルの根元にあったのは個人用装備に使うためのバッテリーを充電する充電装置で、剥き出しの電線が赤熱していた。

 「電線の限界を調べずにコアをまとめたんですか? 火事で死ななかったのは奇跡ですね」
 「突然倒れるのが悪いんでしょ! 人がどれだけ心配したと……」

 アスカは座っているポラリスの肩を揺すりながら詰め寄ってくる。

 「首の後ろ。 充電インジケーターは見なかったんですか?」
 「……忘れてた」

 ポラリスはアスカへと項を見せつけた。 
 そこにはガラス管のような物が付いており、黄色に光っている。
 アスカはそれを見るなりへなへなとその場に座り込むと、あはは、と力無く笑った。
 ポラリスはセンサー類を稼働させ状況を確認する。
 船からは揺れが無くなっており、周辺から熱の反応が消えている。
 最悪の事態を察しながら操縦席への扉を開くと、そこにはやはり広大な宇宙が広がっていた。

 「アスカ、まず船を止めなかったんですか?」
 「止められなかったの。 音声認識の主が死んでてロックが掛かってたんだから」
 「わかりました。 ここまできたら覚悟を決めるしかありません」

 周辺を他の船に囲まれステーションへと向かっている現在、変な動きをすればその場で攻撃を受けるだろう。
 身を隠す場所の無い宇宙で戦闘となれば、どう考えても無事では済まない。

 「その死体を冷やさないようにして操縦席へ。 ステーションに入る際の熱源探知をすり抜けます」
 「わかった。 他にやるべき事は?」
 「装備を出来るだけまとめて近くへ。 手錠に細工して外れるようにしますので、拘束されているフリをしてください」
 「了解」

 アスカは指示を受けた通り、男の死体にアーマーを着せ、ヘルメットを被せ、操縦席へと座らせた。
 ロッカーに入っていた携帯カイロをあるだけアーマーの下に詰め、機械の目を欺く。
 それと同時に武器を集め近くのロッカーへとまとめると、細工された手錠を腕にはめた。
 ポラリスはステーション到着前に出来るだけ充電を済ませるため、最低限のセンサー類以外の機能を切った。
 スペースデブリの少ない、整備された宇宙空間の中を船は進んで行く。
 星々が煌めき、様々な色に輝くその景色はとても美しいが、徐々に大きくなるステーションがアスカの不安を募らせる。
 ステーションのセンサー類をごまかせるのか。
 無事に到着できたとして、そこからどうするのか。
 自分たちはこれからどうなってしまうのか。
 高まる不安により鼓動は高鳴り、視界が狭まる。
 血の気が引くような感覚がし、吐き気が襲ってくる。
 そんな極限状態のアスカの肩に、ポラリスは手を置いた。

 「ブッチャーやあの共生生物と比べればマーシャルなんて雑魚です。 ボスを倒したアスカならやれますよ」

 ポラリスのまるで子供に言い聞かせるような穏やかな笑顔が、アスカの不安をかき消していく。
 アスカが本当に追い詰められている時、ポラリスは決まってこの顔をする。
 その表情を向けられるアスカもいつもの事だと理解しているが、それでも効果は絶大だ。
 手錠が付けられたままの腕を伸ばしポラリスの頬へと触れる。
 ポラリスはすっかり冷たくなったアスカの手へと手を重ね、目を細めた。

 「からかってこないなんて、緊張してる?」
 「そうかもしれませんね。 そう言うアスカは大丈夫ですか?」
 「当然。 私がしっかりしないと、ポラリスも安心できないでしょ?」
 「そうですね」

 他愛もない会話が、今はとても重要に思えてくる。
 思えば、ゴールドラッシュに来てからというもの、ポラリスに助けられてばかりだ。 
 戦闘面はもちろん、こういったやり取りが無ければここまで来る事すら出来なかっただろう。
 穏やかな笑顔を浮かべたアスカにポラリスは変わらず微笑みかける。
 これが最後になるかも知れないという不安をお互い口にはしない。
 もう終わりだと思うような場面も切り抜けて来られた。
 今回もきっと大丈夫だ。
 宇宙に浮かぶ、巨大な時計のようなステーションが眼前に迫る。
 貨物や武器の有無を確認するための検査ゲートが近づき、周囲を囲んでいたスペースシップたちが距離を詰める。
 本来なら無事の帰還を実感するこのゲートも、今のふたりにとっては地獄の門だ。
 ゲートを構成する青い光が船内を通り抜ける。
 それから少し時間が経ったが何も起こらない。
 どうにか無事に通り抜ける事が出来たとアスカが胸を撫で下ろしたその時、船内に男の声が響いた。

 「エイトリーダー、スカベンジャーとアンドロイドの具合はどうだった?」

 続いて、男の下卑た笑いが響く。
 面白がるようなその声は、通信で聞いた男の声と同じ物だ。

 「なかなか上々だ。 着いたらお前も試してみろよ」
 
 ポラリスが男の声をまねて通信に答える。
 搾り取りがてら散々聞かされただけあって、聞き分ける事は困難だろう。

 「元からそのつもりだよ。 本物の女は久しぶりだからな」

 聞きたくも無い話を聞かされながら、船はステーションの中へと入って行く。
 船の動きが止まると、操縦席の窓からは薄暗く古ぼけた発着ドックが広がっていた。
  
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