『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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異世界転生者マリー編

第40話 第一部完 変化

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 マリーが目覚めると、辺りの様子は大分変わっていた。
 テントが置かれていただけの町に簡単な石の家が建ち、崩れていた防壁は補強されている。
 バイオレットに手を引かれて歩くシルバー国の中は記憶にある物からすっかり変わっていて、まるで何年も眠っていたようだ。

 「バイオレットさん、私、どれくらい寝てたんですか?」
 「数日です。 心配したんですよ?」

 バイオレットさんも変わってしまった。
 以前のような温かな瞳ではなく、今向けられているのはもっと熱い何かを含んだ瞳だ。
 絶対的な信頼の中に大きな期待を秘めているような、底のしれない瞳が少しだけ怖い。
 勝手にお姉さんのように思っていたが、その姿にガーベラの姿が重なる。
 鞠の時の記憶は微かに残っており、どうしてこうなったのかはわかっている。

 「お目覚めですか、

 グリズリーの取ってつけたような敬語も今はありがたい。
 この国でマリーを狂信していないのはもうグリズリーだけになってしまった。

 「おはようございますグリズリーさん」

 グリズリーに対する不信感や怒りはある。
 犯されかけ、国を襲われ、すぐに打ち解けられるはずがない。
 何かきっかけがあれば、すぐにでも誰かが殺すだろう。
 わざとらしい挨拶をしただけで、グリズリーには無数の殺気がこもった目が向けられている。
 
 「家の建築と壁の修復は進行中です。 御用がありましたら何なりと」

 気だるそうな態度がこれは本心では無いと伝えてくる。
 命乞いをし降伏しておきながらも不遜な態度を取るグリズリーを、マリーはほんの少しだけわかった気がしている。
 自分の思うがまま行動し、状況状況で立場も態度も変える。
 つまるところ、究極に自分勝手なんだろう。
 鞠では無くマリーである事を理解していて、それでこんな態度を取っているのだ。

 「引き続き作業を進めてください。 シルバーさん達からの連絡は?」
 「ありません。 まだ魔力すら辿れず……」

 バイオレットは歯を噛み締め報告する。
 あれから数日が経った今、絶望的に思えるがまだ希望が残っていない訳ではない。
 シルバーの目論見通りバベル王の死とシルバー国への進軍は瞬く間に周辺諸国へと知れ渡り、弱みを見せた強国は戦いを余儀なくされている。
 唯一の王などと謳ったツケが回り、王国の名を奪われた属国なども反旗を翻す始末だ。
 こういった情報はバイオレットの魔力探知の他、密偵として働く獣人たちが伝えてくれていた。
 バベルの弱体化は奴隷商人たちの弱体化に繫がり、それが獣人たちの蜂起へと繋がった。
 かつてマリーに救われた獣人たちはその恩義に報いると共に、力を合わせてバベルに対抗しようと協力を申し出てくれたのだ。
 これまでが町を歩きながらバイオレットに説明された内容で、目覚めたばかりのマリーにはいささか情報量が多すぎた。

 「わかりました。 安心して帰ってこれるよう準備を整えると共に、奪還の準備も進めておいてください」
 「承知いたしました」

 マリーが命を与えるたび、バイオレットは跪いた。
 申し訳ないとやめるように言ったのだが、生活の安定しない今、絶対的な支配が国を支えるために必要だと説得されてしまった。
 バイオレットやグリズリーが跪く姿を見せる事で、他の転生者たちに誰に従うべきかを示しているらしい。

 国内を一回りし、マリーは自宅へと戻って来た。
 そこは初めに建造された石造りの住居であり、狭いながらも生活に必要な設備が一通り揃っている。
 そこにバイオレットと共に住み、国に関する色々な事を行うそうだ。
 こういった内政に関する事はバイオレットが牛耳っており、シルバーと行動を共にしていたおかげか随分と慣れている様子だった。
 何もわからないマリーはただ王の座に座っているだけで、眠っていようが起きていようがあまり変わりが無い。
 目覚めたマリーのした事と言えば、国を回り、国民に軽く声を掛けただけだ。

 「マリー様、貴女の姿が見られただけで国民は湧き、それが国力へと繋がります。 なので、決してそのような顔はなされぬようお願いいたします」

 バイオレットはそう優しく声を掛け、玉座に座るマリーの頬へと手を伸ばす。
 その手に手を重ねると、マリーはバイオレットをじっと見た。
 バイオレットの目はマリーの中の鞠を見ている。
 マリーを通して、内に眠る愛しの王へと熱い視線を向けている。
 マリーにはそれがわかっていたが、何も言わずそれを受け入れる。
 国の運営にはバイオレットが必要不可欠で、バイオレットを繋ぎ止めておくには鞠が必要だ。
 
 「心配かけてごめんなさい。 バイオレットさんにはとても感謝しています。 本当に、貴女が居てくれて良かった」
 「そんな、私にはもったいない」

 跪くバイオレットを眺めながら、マリーはなぜこうなったのかと微かな疑問を抱いていた。


 「シルバーに関する続報は?」
 「ありません。 生死に関しても依然不明のままで……」
 「バイオレットはどうしたい?」
 「鞠様の意のままに」
 「そう? なら、今は国の事を優先かな。 バベルにまとわりつくハエがこっちに飛んでくるかもしれないし」


 マリーは時々記憶が消える。
 シルバー国の中で目を覚ましたあの日から、一日の内に数時間だけ何も覚えてない時間がある事に気がついた。
 それは大きな恐怖だったが、自分の中で大きくなりつつある鞠としての意識がその原因だともわかっていた。
 この世界に来てから作り上げたマリーという意識が脅かされる。
 いつしかこれらが混ざり合い、全く違うものに変わる確信がある。
 そうなってしまった時、弱い方の意識はどうなってしまうのか。
 自らの内に存在するタイムリミットを感じながら、マリーは今日もただ町を歩いた。


 「グリズリー、周辺諸国の様子は?」
 「我が国と荒事を起こすつもりは無いようで、いくつかは同盟を持ちかけてきています」
 「そうなの、敵じゃないなら安心か。 敵になりそうなのは?」
 「バベル残党と未だに肩入れする国がいくつか。 どれも我が国の戦力と比べれば微弱です」
 「我が国の戦力? ほとんど私とお前でしょ? あてにして良いの?」
 「我が命は鞠様に捧げております。 命さえあれば単独でも攻め入りましょう」
 「ふーん、裏切り者の割には良い心がけだね。 せいぜい裏切らないで」


 町は日に日に開発されていく。
 防壁が完全に修復され町に石造りの住居が並ぶようになった頃、ようやく事態は動き出した。

 「マリー様、ミドリが見つかりました」
 「ミドリさんが!?」

 バイオレットの報告に、マリーはおもわず玉座から立ち上がっていた。

 「城へと忍び込んだ獣人たちによれば地下に監禁されており衰弱した様子だそうです。 どういたしますか?」
 「すぐに救援を! ただしあくまで目標は救出です。 戦争行為と取られないよう、人員を……限定して……」
 「マリー様?」
 「私とグリズリー。 あとはバイオレットと数人の魔法使いを。 人の物を奪って隠すなんて許せない」
 「承知しました、鞠様」

 突然意識を失ったマリーの目には復讐の炎が燃えている。
 鞠の手により強制的に体のコントロールを奪われ、意識はあるものの体が動かない。
 まるで鞠の目を通して映画を観ているような、どこか他人事なまま着々と戦闘の準備が整えられていく。
 バイオレットの杖を通してマリーの高速移動が伝播され、マリーの軍は光の速さとなってバベルへと攻め込んでいく。
 衛兵の腕が飛び、頭が潰され、血が飛び散る。
 早送りのような惨劇が続き、舞台が下水道へと切り替わる。
 空だったはずの地下牢に、見慣れた小さな体と緑の髪が見えた。
 ミドリは全身を汚されており、虚ろな目で天井を眺めるその姿はとても痛々しい。
 不気味に膨らんだ腹部と開ききったまま戻らない秘部が惨劇を物語っており、牢の中は吐き気を覚えるほどの悪臭が立ち込めていた。
 マリーは思わず目を逸らしたくなるが、鞠はそれは真っ直ぐに見据えていた。
 変わり果てたミドリをその腕に抱くと、優しく頭と腹部を撫でた。
 鞠に触れられたミドリは瞬く間に以前の姿を取り戻し目に光が戻る。
 これも、鞠が持つ勇者の力によるものだろう。

 「マリー……私……」
 「他のみんなもここに居るの?」
 「みんなは……別の国に……シルバーは、犠牲に……」
 「教えてくれてありがとう。 ゆっくり休んで」

 鞠はミドリを毛布で包むと近くの転生者へと預けた。
 そうして得物である大小一対の剣を構えると、シルバー国へと帰る道中の兵士へと報復を始めた。
 両手の手首から先と男根を斬り捨て、回復魔法で傷口を塞いだ。
 兵士たちは痛みも感じないまま両手と男根を失い、その恐怖と絶望に泣き喚いていた。
 鞠の回復魔法は精神の異常すら許さず、鞠がその魔法を解くまで効果が持続する。
 死ぬ事も、狂う事も、それ以上回復する事も許されない。
 鞠はその呪いをばら撒きながら、ミドリをシルバー国へと無事運んだ。
 この一連の出来事に、バイオレットは震えていた。
 鞠の圧倒的な力と容赦のなさがバイオレットの中の呪いを強めていく。
 鞠の振りまく絶対的な恐怖が、バイオレットの心を縛り付ける。
 この王に仕え、守られているという事実が祝福となってバイオレットの心を満たしていく。
 絶望に塗れた兵士の顔を見て、仕える王がこの人で良かったと心の底から安堵してしまっていた。

 「ミドリが元気になったら、他のみんなも取り返そう。 ちょっと頑張りすぎたから、また寝るね。 その間はバイオレット、貴女に任せるから」

 玉座に座る鞠の手がバイオレットの頬を撫でる。
 バイオレットはそれに手を重ねると、恍惚とした顔で鞠の顔を眺めた。
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