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異世界転生者マリー編
第38話 防衛戦
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マリーは一人になっていた。
シルバーは一人玉座に残り、他のメンバーは術者を探して城の中へと散って行った。
この世界に残る選択をしたのはマリーのみで、もしかしたらと期待したミドリとバーミリオンすら着いてきてくれなかった。
一体、何のためにここに来たのだろう。
好奇心と正義感から着いてきたのは確かだが、その結果がこれとは。
転生術に関してろくな情報も得られず、術者にも会えず、得たものと言えば守らなければならない存在だけ。
足枷にすらなり得るそれはマリーには重すぎて、シルバーから託されたものの気が滅入るばかりだった。
それでも、捨てるわけにはいかない。
シルバーたちが居なくなってしまったら、転生者たちはどうなってしまうのか。
この世界に来てから日が浅く、人を率いた経験の無いマリーは上手くいくとは思っていない。
ただ、何もしないわけにはいかないという使命感だけがマリーの足を急がせた。
行きが嘘のように城は狭く、マリーは難なく外に出る。
一介の兵士にマリーの姿が捉えられるはずは無く、兵士たちはみなマリーの通った後を不思議そうな顔で眺めていた。
バベルの町に出てからは影から影を素早く移動し、いつの間にか上がっていた太陽から身を隠した。
厳重に警戒されていた門も、見張りの交代のタイミングで何とかすり抜ける事が出来た。
そこからの道はわからなかったが、シルバーの国がある方向へとひたすら直線で移動した。
森を抜け、山を越え、マリーはようやくあの戦場へと戻ってくる。
一晩明けた後もひどい有り様のままで、バベルの方向からは少数の兵たちが進軍していた。
目標は、考えるまでもなくシルバーの国だろう。
重装備の兵たちは城門を破る破城槌と一緒に進んでおり、ペースは遅いものの数十人は居る。
マリーは素早くその横を通り過ぎると、一気にシルバー国の中へと入って行った。
国の中はひどい有り様だ。
シルバーに置いていかれた転生者たちは生きる希望を失ったかのようにうなだれている。
突然の崩落に分断され、シルバーが生きているかどうかもわからなくなってはこうなるのも無理はない。
人数も数えるばかりになっており、もはや到底国とは言えない状況だ。
それでも、マリーは何とか奮い立たせようと声を張り上げた。
「みなさん! シルバーからみなさんを守るために遣わされたマリーです! バベルの軍勢が迫っています、今こそ力を合わせて乗り切りましょう!」
マリーの号令に賛同する者は居ない。
シルバーたちを破ったとは言え、マリーは信用出来ないよそ者だ。
ミドリやバーミリオンならともかく、マリーには信用に値するだけの物が無い。
うなだれた転生者たちは、揃って疑いの目を向けていた。
「逃げるにしても、もうそこまで軍勢は来ています! 私が精一杯戦いますから、みなさんも力を貸して下さい!」
必死に懇願するマリーを見ても、転生者たちは動かない。
説得を諦めて軍勢を迎え撃とうと歩き出したマリーの腕を、バイオレットが掴んでいた。
「ごめん、かなり待たせちゃったね」
「バイオレットさん!」
いつの間に来ていたのか。
バイオレットは、はぁはぁと息を切らしながら杖に寄り掛かって辛うじて立っていた。
何があったのかはわからないが、かなりギリギリの状態だと言うことが窺える。
バイオレットはマリーに肩を支えられなんとか体を支えると、杖へと魔力を集中させた。
「全員整列! 草原の先から迫る軍勢あり、敵は少数! シルバーが戻る国を守らなくてどうするの!」
杖の魔力に乗せたバイオレットの声が転生者たちの脳へと響き、転生者たちはみな一斉に顔を上げた。
それぞれの装備に身を包み、バイオレットの号令通り整列する。
数にしてほんの十数名だが、誰もがきりっとした戦士の顔をしていた。
「魔力の回復が間に合わなくてシルバーたちには届かないけど、今はここを守るのが最重要なんでしょ?」
にこっと笑って見せるバイオレットが心強い。
マリーはバベルでの出来事を洗いざらい説明してしまいたかったが、バベルの軍勢がそれを許してくれない。
転生者たちの目に闘志の火が宿ったのとほぼ同時に、門からドンッという大きな音が響いてきていた。
「私が……」
「マリー、防衛戦は一人の力じゃどうにも出来ない。 私たちを信じて、中央で指示を待って」
バイオレットの真剣な目を見て、マリーはその指示に従う事にした。
抜いた剣を鞘へとしまい、門の前で待機する。
「弓部隊、一斉射開始! 魔法部隊は防御魔法で弓部隊を援護! 攻撃部隊は城門前へ! 破られた所から順次反撃を開始して!」
バイオレットの指示の通り、転生者たちは戦闘を開始する。
少数ながら転生者たちの戦力は並の兵隊以上で、ただの矢が風の刃を生み兵たちの体を切り刻み、鉄壁の防御魔法は味方の矢を通し敵の矢だけを防いだ。
何とか城壁へと張り付いて矢を防いでも、自由自在に曲がる矢が死角から降り注いだ。
マリーにとって、当然こんな戦闘は初めてだ。
一人ずつではない、数十人単位の総力戦。
そこには見たこともない光景が広がっており、マリーの理解を超えていた。
「正門、そろそろ扉が破られる! 盛大に出迎えてやりなさい!」
破城槌が扉を破りその先端を見せた時、マリーの後ろから無数の火球が降り注いだ。
火球の群れが正門ごと周囲を焼き払い、その周りは地獄のようになっている。
灼熱の炎がまるで生き物のように敵兵を飲み込み、思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響いていた。
黒焦げになり動かなくなった仲間の死体を踏み越えて、敵が国内へと侵入する。
そこへすかさず第二陣となる無数の石が降り注ぐと、門はすぐに塞がれてしまった。
「これで時間が稼げる! 今の内に補給をしつつ後続部隊と交代! 後続部隊は攻撃の手を緩めないで!」
部隊の半分が入れ替わり、同じように矢と魔法による攻撃が続けられる。
数は少なくとも切れ目のないその攻撃が、敵の部隊を確実に減らしていっていた。
勝てる。
そうマリーが感じ始めた頃、前線から大きな悲鳴が上がった。
「総員退避! マリー、出番よ!」
突風が吹いたかと思うと門の残骸と死体の山が吹き飛ばされ、見慣れた顔が現れる。
両手にメイスを携えた大柄な男。
それは見紛うはずもない、グリズリーの姿だった。
「ありゃお嬢ちゃん、別行動かい? こいつはラッキーだ、下水道での続きを……」
つい先程までグリズリーの頭があった場所をマリーの剣が通り抜ける。
後ろに仰け反り躱したその一撃は、グリズリーにとって完全に不可視の一撃だった。
グリズリーがそれを躱せたのはひとえに、長年培った戦いの勘のおかげだ。
辛うじて見えたマリーの予備動作から攻撃を予測し、考えるよりも早く体が動いた。
その結果何とか躱せた一撃も、二撃目までは対処しきれない。
飛び上がりながら横薙ぎに放った勢いそのままに、マリーは鋭い膝蹴りをグリズリーへと放っていた。
「ぐうっ!?」
仰け反った体へとめり込む膝がグリズリーのアバラを粉砕する。
衝撃で吹き飛ばされたグリズリーはゴロゴロと地面を転がり、門の手前で止まると地面へと勢いよく血を吐いた。
その一撃に、戦場の時間が止まった。
バベルの兵にとってグリズリーの戦力は脅威であり、もし裏切った場合に備えて対策が練られていた程だ。
王も認める強者が、小さな女の子の一撃で吹き飛ばされた。
その事実はバベルの兵たちから士気を奪うと共に、転生者に対する恐怖を植え付ける。
転生者というだけで、あんな小さな子がここまでの脅威になり得るのだ。
腹を押さえて地面に這いつくばり動かないグリズリーを、兵士たちは怯えた顔で見ていた。
シルバーは一人玉座に残り、他のメンバーは術者を探して城の中へと散って行った。
この世界に残る選択をしたのはマリーのみで、もしかしたらと期待したミドリとバーミリオンすら着いてきてくれなかった。
一体、何のためにここに来たのだろう。
好奇心と正義感から着いてきたのは確かだが、その結果がこれとは。
転生術に関してろくな情報も得られず、術者にも会えず、得たものと言えば守らなければならない存在だけ。
足枷にすらなり得るそれはマリーには重すぎて、シルバーから託されたものの気が滅入るばかりだった。
それでも、捨てるわけにはいかない。
シルバーたちが居なくなってしまったら、転生者たちはどうなってしまうのか。
この世界に来てから日が浅く、人を率いた経験の無いマリーは上手くいくとは思っていない。
ただ、何もしないわけにはいかないという使命感だけがマリーの足を急がせた。
行きが嘘のように城は狭く、マリーは難なく外に出る。
一介の兵士にマリーの姿が捉えられるはずは無く、兵士たちはみなマリーの通った後を不思議そうな顔で眺めていた。
バベルの町に出てからは影から影を素早く移動し、いつの間にか上がっていた太陽から身を隠した。
厳重に警戒されていた門も、見張りの交代のタイミングで何とかすり抜ける事が出来た。
そこからの道はわからなかったが、シルバーの国がある方向へとひたすら直線で移動した。
森を抜け、山を越え、マリーはようやくあの戦場へと戻ってくる。
一晩明けた後もひどい有り様のままで、バベルの方向からは少数の兵たちが進軍していた。
目標は、考えるまでもなくシルバーの国だろう。
重装備の兵たちは城門を破る破城槌と一緒に進んでおり、ペースは遅いものの数十人は居る。
マリーは素早くその横を通り過ぎると、一気にシルバー国の中へと入って行った。
国の中はひどい有り様だ。
シルバーに置いていかれた転生者たちは生きる希望を失ったかのようにうなだれている。
突然の崩落に分断され、シルバーが生きているかどうかもわからなくなってはこうなるのも無理はない。
人数も数えるばかりになっており、もはや到底国とは言えない状況だ。
それでも、マリーは何とか奮い立たせようと声を張り上げた。
「みなさん! シルバーからみなさんを守るために遣わされたマリーです! バベルの軍勢が迫っています、今こそ力を合わせて乗り切りましょう!」
マリーの号令に賛同する者は居ない。
シルバーたちを破ったとは言え、マリーは信用出来ないよそ者だ。
ミドリやバーミリオンならともかく、マリーには信用に値するだけの物が無い。
うなだれた転生者たちは、揃って疑いの目を向けていた。
「逃げるにしても、もうそこまで軍勢は来ています! 私が精一杯戦いますから、みなさんも力を貸して下さい!」
必死に懇願するマリーを見ても、転生者たちは動かない。
説得を諦めて軍勢を迎え撃とうと歩き出したマリーの腕を、バイオレットが掴んでいた。
「ごめん、かなり待たせちゃったね」
「バイオレットさん!」
いつの間に来ていたのか。
バイオレットは、はぁはぁと息を切らしながら杖に寄り掛かって辛うじて立っていた。
何があったのかはわからないが、かなりギリギリの状態だと言うことが窺える。
バイオレットはマリーに肩を支えられなんとか体を支えると、杖へと魔力を集中させた。
「全員整列! 草原の先から迫る軍勢あり、敵は少数! シルバーが戻る国を守らなくてどうするの!」
杖の魔力に乗せたバイオレットの声が転生者たちの脳へと響き、転生者たちはみな一斉に顔を上げた。
それぞれの装備に身を包み、バイオレットの号令通り整列する。
数にしてほんの十数名だが、誰もがきりっとした戦士の顔をしていた。
「魔力の回復が間に合わなくてシルバーたちには届かないけど、今はここを守るのが最重要なんでしょ?」
にこっと笑って見せるバイオレットが心強い。
マリーはバベルでの出来事を洗いざらい説明してしまいたかったが、バベルの軍勢がそれを許してくれない。
転生者たちの目に闘志の火が宿ったのとほぼ同時に、門からドンッという大きな音が響いてきていた。
「私が……」
「マリー、防衛戦は一人の力じゃどうにも出来ない。 私たちを信じて、中央で指示を待って」
バイオレットの真剣な目を見て、マリーはその指示に従う事にした。
抜いた剣を鞘へとしまい、門の前で待機する。
「弓部隊、一斉射開始! 魔法部隊は防御魔法で弓部隊を援護! 攻撃部隊は城門前へ! 破られた所から順次反撃を開始して!」
バイオレットの指示の通り、転生者たちは戦闘を開始する。
少数ながら転生者たちの戦力は並の兵隊以上で、ただの矢が風の刃を生み兵たちの体を切り刻み、鉄壁の防御魔法は味方の矢を通し敵の矢だけを防いだ。
何とか城壁へと張り付いて矢を防いでも、自由自在に曲がる矢が死角から降り注いだ。
マリーにとって、当然こんな戦闘は初めてだ。
一人ずつではない、数十人単位の総力戦。
そこには見たこともない光景が広がっており、マリーの理解を超えていた。
「正門、そろそろ扉が破られる! 盛大に出迎えてやりなさい!」
破城槌が扉を破りその先端を見せた時、マリーの後ろから無数の火球が降り注いだ。
火球の群れが正門ごと周囲を焼き払い、その周りは地獄のようになっている。
灼熱の炎がまるで生き物のように敵兵を飲み込み、思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響いていた。
黒焦げになり動かなくなった仲間の死体を踏み越えて、敵が国内へと侵入する。
そこへすかさず第二陣となる無数の石が降り注ぐと、門はすぐに塞がれてしまった。
「これで時間が稼げる! 今の内に補給をしつつ後続部隊と交代! 後続部隊は攻撃の手を緩めないで!」
部隊の半分が入れ替わり、同じように矢と魔法による攻撃が続けられる。
数は少なくとも切れ目のないその攻撃が、敵の部隊を確実に減らしていっていた。
勝てる。
そうマリーが感じ始めた頃、前線から大きな悲鳴が上がった。
「総員退避! マリー、出番よ!」
突風が吹いたかと思うと門の残骸と死体の山が吹き飛ばされ、見慣れた顔が現れる。
両手にメイスを携えた大柄な男。
それは見紛うはずもない、グリズリーの姿だった。
「ありゃお嬢ちゃん、別行動かい? こいつはラッキーだ、下水道での続きを……」
つい先程までグリズリーの頭があった場所をマリーの剣が通り抜ける。
後ろに仰け反り躱したその一撃は、グリズリーにとって完全に不可視の一撃だった。
グリズリーがそれを躱せたのはひとえに、長年培った戦いの勘のおかげだ。
辛うじて見えたマリーの予備動作から攻撃を予測し、考えるよりも早く体が動いた。
その結果何とか躱せた一撃も、二撃目までは対処しきれない。
飛び上がりながら横薙ぎに放った勢いそのままに、マリーは鋭い膝蹴りをグリズリーへと放っていた。
「ぐうっ!?」
仰け反った体へとめり込む膝がグリズリーのアバラを粉砕する。
衝撃で吹き飛ばされたグリズリーはゴロゴロと地面を転がり、門の手前で止まると地面へと勢いよく血を吐いた。
その一撃に、戦場の時間が止まった。
バベルの兵にとってグリズリーの戦力は脅威であり、もし裏切った場合に備えて対策が練られていた程だ。
王も認める強者が、小さな女の子の一撃で吹き飛ばされた。
その事実はバベルの兵たちから士気を奪うと共に、転生者に対する恐怖を植え付ける。
転生者というだけで、あんな小さな子がここまでの脅威になり得るのだ。
腹を押さえて地面に這いつくばり動かないグリズリーを、兵士たちは怯えた顔で見ていた。
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