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近未来スカベンジャーアスカ編

第36話 狩り場

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 アスカとポラリスはお互いの顔を見合わせ、ブッチャーの体の間に身を隠した。
 狭い下水道の入り口へと殺到したブッチャーたちは複雑に絡み合い山になっている。
 ギギギギという不快な音や生体パーツの生暖かさに包まれながら、アスカはそっと息を殺した。
 足音が近づいて来る。
 まず現れたのは、以前の追手と似たような姿の男だった。
 装備はほとんど固定なのだろう。
 見たことのある防具とライフルが目につく。
 周囲を警戒しているが、口に咥えたタバコと無駄の多い動きがプロとの差を感じさせる。
 男の視線が奥へと向き、首を右に振って合図を送る。
 視線の先にも何人か居るのだろう。
 ある程度ぐるぐると歩き回った後、面倒くさそうな顔で離れて行った。
 少しして、また別の男が現れる。
 手には小さなモニターと棒状の装置を持っており、それを色々な方向へと向けながらこっちに迫ってきていた。
 あれは、旧式の音響センサーだ。
 音のする方向を画面に指し示し、その大きさによって何が居るかをおおよそ判断できるといった代物だ。
 懸命に辺りを調べているが、小首を傾げたり乱雑に画面を操作したりと、上手くいって居ないのが窺える。
 当然だ。
 ブッチャーたちの機械音が続く限り、音響センサーは意味をなさない。
 男の横、ブッチャーの陰に隠れたポラリスが合図を送っている。
 九時の方向、一メートル、ひとり、銃、制圧、同時。
 ハンドサインからその内容を読み取るに、タイミングを合わせて二人同時に抑えようという事だ。
 アスカはテーザー銃を構え、頷いて合図を待つ。
 三、二、一。
 アスカは左側に飛び出した。
 驚いた表情を浮かべる男が銃を向けるより早くテーザー銃を撃ち込む。
 細い電気の束が男の体へと触れると、激しく体を震わせ始める。
 アスカは男が声を上げる前に距離を詰め、口にブッチャーの欠片を押し込んだ。
 男のもがく音は僅かだ。
 バチバチと電気で焼ける音も、ブッチャーのお陰で致命的ではない。
 男がぐったりとして動かなくなったのを確認し後ろを見ると、そこには涼しい顔をしたポラリスが立っていた。
 やれやれという表情をしており、左手には男が提げていたライフルが握られている。
 ポラリスはそれをアスカの下でのびている男へと向けると、全く躊躇わず引き金を引いた。
 チュン、と、まるで鳥の鳴き声のような微かな音がし男の額に穴が開く。
 穴が開くと同時に焼かれたその傷口からは血すら出ず、男は動かなくなってしまう。
 あ然とするアスカを尻目に、ポラリスは男の装備を確認していた。

 ポラリスは男の持つ端末からスペースシップの操作コードを見つけていた。
 これがあればスペースシップの一つを自由に動かす事が出来る。
 他にはいかにも支給品と言った整備の行き届いていない装備ばかりで、とてもじゃないが信用出来ない。
 唯一使えそうな手榴弾だけを回収し、男の死体をブッチャーの中に隠す。
 ブッチャーの山は物を隠すのにちょうど良い。
 助けを求めるように伸ばされた男の右手も、こうして見れば生体パーツそのものだ。
 隠蔽が終わり、またブッチャーの間へと身を隠す。
 ふとアスカの方へと視線を向けると、得がいかない表情を浮かべていた。
 アスカはまだ優しすぎる。
 確実に命を狙ってくる相手に対して遠慮していては対応が遅れてしまう。
 目には目を歯には歯を。
 殺意を向けてくる相手には殺意を持って対応しなくてはいけない。
 敵対者の少ない無人の星ばかりを狙うから、儲けも少なく経験も得られないのだ。
 帰ったら一言文句を言ってやろうと決意しつつ、ポラリスは次なるターゲットへと意識を向けた。

 足音が三つ。
 タイミングの合い方や雑音の少なさから熟練度の高さが窺える。
 最小限の音と明らかに早いスピード。
 これはかなりの手練れだ。
 足音を詳細に聞くために耳を澄ませる。
 途中でひとつが別れ、離れていく。
 右からふたつ、左からひとつ。
 どうやら挟み打ちにするらしい。
 ポラリスは音を立てないよう静かに、ひとつの方へと近づいた。
 この三人組の想定した場所からアスカは離れている。
 どう位置を特定したのかはわからないが、ポラリスを狙っての挟み打ちだ。
 であれば遠慮する必要は無い。
 素早く移動したポラリスは、ブッチャーの山の中にひとりを引きずり込んだ。
 
 「コンタ……」

 ぐしゃりと、腕の中で男の頭が潰れる。
 悲鳴を上げるよりも早くコンタクトと接敵を告げようとした。
 相手にもなかなかの手練れが居るようで、こうしてハンドガンを押さえていなければ数発は銃弾を受けただろう。
 これはもうアスカには任せておけない。
 男の持っていた通信機を拾い上げると、ポラリスは残るふたりの方へと移動した。
 男たちは周囲を余計に警戒している。
 僅かだが聞こえたコンタクトの声に、敵が居ると確信しているのだろう。
 見落としが無いよう念入りに周辺警戒を行い、死角になりそうな場所には近づいてすら来ない。
 出来るだけ射線の通る場所を狙うその動きから、持っている装備への自信や信頼が見て取れる。
 狙撃や不意打ちを警戒しないという事は、恐らくバリアかそれに近い何かだ。
 注意深く観察を続けていると、手前の男の肩に背後の男が手を置いた。
 これだけ近づけるという事はバリアではない。
 もし肩に触れている時にバリアを起動したなら、近くに居る仲間が巻き込まれてしまう。
 となると、残る可能性は弾道を逸らす事が出来るなにかだ。
 これなら近づく事が出来る上、近づけば近づくほど安全性が増す。
 本来船やステーションに備わっている防弾機構であり、個人携行用では出力が安定しないはずだ。
 ポラリスはそれを確かめるため、二発の銃弾を撃ち込んだ。
 チュン、という音と共に男の背後にふたつの小さな穴が開く。
 直進するはずの弾が曲がり、曲線を描いていた。
 驚き戦闘態勢を取る男たちの目の前を、美しい銀の髪が通り過ぎた。
 流れる髪のその根元、落とした視線の先に迫るポラリスの右手。
 引き金を引こうとした男たちは、突然耳元で鳴り響いた甲高い音に一瞬動きを止めてしまった。
 ポラリスの右手が男の顎を掴み、首をあらぬ方向へと曲げる。
 後ろの男が慌てて距離を離そうとするがもう遅い。
 顎から離れたポラリスの手が自分の頭上へと上げられたのを見届けた後、その顔面に深々と肘が刺さっていた。
 男の顔は真ん中に大きな穴が開き、中身を噴き出している。
 血に濡れたポラリスは涼しい顔のまま清浄装置を起動させ後片付けを始めていた。
 男たちの死体をブッチャーの山に埋め、何事も無かったかのように隠蔽する。
 簡易な音響兵器として役立てた通信機も握りつぶして山へと放り、新たな獲物が来るのを待ち構える。
 追われる身でありながら、このブッチャーの山はポラリスの狩り場と化している。
 息を殺すアスカの横でまたひとり、またひとりと山に姿を消していく。
 涼しい顔のまま淡々と仕事をこなすポラリスに、やはりアスカは恐怖を禁じ得ない。
 美しく、頼もしく、恐ろしい。
 追手の残りが七人となった頃、突然の轟音が鳴り響いた。
 地面を揺らすような轟音に混ざる銃声と悲鳴。
 少しの間続いたその音が静かになり、代わりに不気味な音が聞こえてきた。
 ギィギィと金属の軋む音が聞こえ、時々金属同士がぶつかり合う音と重いものが落ちたような音がする。
 真っ直ぐにこちらへと向かってくるその音が止んだ時、予感していたその巨体がアスカたちの前に姿を現した。 
 
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