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近未来スカベンジャーアスカ編
第34話 アスカの本気
しおりを挟む休憩を終え、ふたりはまた共生生物で覆われた通路を進んでいる。
奥に行くにつれて層はさらに厚みを増し、今やほとんどが共生生物となってしまった。
常時バリアを展開しながら進むものの障害が多い分消耗も多く、思ったように進む事が出来ない。
休ませているとは言え連続使用に変わりなく、その持続時間は徐々に短くなって来ている。
後ろを振り返ると、一掃したはずの床には新たな共生生物が蠢いていた。
もしこのまま進み続けたもののボスとなる巨大な共生生物が居なかった場合、どうやって帰ろうか。
どんどん短くなっていくバリアの持続時間に、増えていく共生生物。
この道の最奥にたどり着いた時、安全な場所まで引き返せるのだろうか。
そんな不安が頭をよぎる。
しかし、どうやらその不安は杞憂だったようで、重い扉を開いたポラリスの視線の先には今までで最大となるサイズの共生生物が佇んでいた。
元々、下水道を管理する管理室だったのだろう。
共生生物の体の下に包まれた端末たちは画面を赤く染めて緊急事態を訴えており、ビービーと警告音が響いている。
ぐちゃぐちゃという水音も扉を開いた瞬間から周囲を埋め尽くす勢いで聞こえてきており、この部屋がいかに危険であるかがわかる。
部屋の中央で宙に浮かぶ玉のようになったボスはもちろん脅威だが、ボスが四方に伸ばした触手の先、壁や天井を覆い厚い層となった共生生物は先程までとは別物のように活発に動いており、新たな獲物であるポラリスをその質量で押しつぶそうと殺到していた。
黄色い波が押し寄せ、ポラリスのバリアがバチバチと凄い音を立てる。
バリアは一瞬で限界を迎え、警告音が鳴り響いた。
「一旦引きます!」
片手でアスカの体を掴み、飛び退きながら扉を閉める。
扉と壁との僅かな隙間に触手が差し込まれ、扉を閉め切ることが出来なかった。
細い触手がホースのように蠕動すると、その先端が水風船のように大きく膨らんだ。
全身を取り込もうとしている。
そう判断したポラリスは急いでグレネードランチャーを構え、シリンダーを回した。
凍結弾。
焼夷弾と比べると殺傷能力は低いが範囲が限定的であり、今回のような接近戦でも使いやすい。
ポンっと音を立て射出されたグレネードは、ポラリスの見立て通り口を開いた水風船に丸呑みにされてしまう。
直後、水風船から扉までの部分が凍りつき、床へと落ちるとパリンと音を立てて粉々に砕け散った。
その一瞬の攻防を、アスカはただ見ている事しか出来なかった。
何が起きているのか理解するより早く次の行動が行われており、人間の思考速度では追いつくことが出来ない。
パリンという音でようやく思考が追いついたが、それでもアスカにわかるのは共生生物の攻撃を何とか防げたという事だけだ。
「アスカ、今の内にこれを!」
そう言って、ポラリスはグレネードランチャーを投げて渡した。
「これをどうしろって……」
「合図したら扉の中に焼夷弾を撃ち込んで下さい、隙は私が作ります!」
珍しく張り上げられたポラリスの声に、アスカは一瞬萎縮してしまう。
どんな場面でも冷静だったポラリスが声を荒げるほどの事態が今まさに起きている。
その事実に圧倒されてしまったのだ。
しかし、アスカとて死線をいくつも乗り越えてきたスカベンジャーだ。
頭の切り替えを瞬時に済ませ、戦闘に意識を向ける。
周囲の音が気にならないくらいの深い集中へと脳を沈めると、大きく頷いてポラリスに答えた。
ポラリスは真剣なアスカの顔を見て成功を確信した。
一見頼りなく見えるアスカは仮の姿であり、こうなったアスカこそが従う理由の最たる物。
弱い人間の体を持ちながらポラリスにすら出来ない事を成し遂げてきたその姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。
バリアの安全装置を解除し、出力を最大にして前に出る。
扉を開けようと膨らむ次の触手を焼き切りながら、どうにか扉へとたどり着いた。
しかし、同時にバリアは限界を迎えてしまった。
バチンと大きな音を立てたきりオフになってしまい、迫る黄色い波を防ぐ手立ては無い。
ポラリスは自身の感覚レベルを最低にすると共に、その重い扉を一気に開け放った。
「今です!」
腰までを共生生物に呑み込まれ、引きずりこまれようとするポラリスの頭の上を焼夷弾が通り抜けた。
ポラリスを取り込もうと殺到していた分防御は手薄で、急いで触手を伸ばすも間に合わない。
ボスの目の前へと迫ったグレネードは、粘着性の高い可燃液をまるでカーテンのようにボスの体へと纏わせた。
瞬間、ゴオオオという轟音と共にボスの体が火に包まれる。
急激な燃焼が周囲の酸素を奪い、風と焼けるような暑さをアスカへと感じさせた。
真っ赤に燃える視線の先、辛うじてドアにしがみついているポラリスが見える。
左腕一本でドアを掴んでいるが、巨大な触手と化した共生生物に腰を掴まれている。
ほぼ水平に宙に浮かぶその姿と軋むドアから、相当な力で引っ張られているのがわかる。
アスカは、はっとしてその扉へと近づこうとするが、ポラリスの優しげな笑顔がそれを制した。
「運が良ければまた会いましょう」
ポラリスは一瞬体を扉へと引き寄せたかと思うと、手を離して殴りつける。
ポラリスの拳の形に凹んだ扉は轟音を立てて閉まり、風と熱からアスカを救った。
「ポラリス!」
ようやく聞こえたアスカの声はポラリスに届いただろうか。
何度も呼びかけてはいたが炎の音と共生生物の暴れまわる音でかき消されていた。
あの優しげな笑顔を見た瞬間、ポラリスが何を考えているかわかってしまった。
狭い空間で焼夷弾を使えば、自分たちも被害を免れない。
少し離れていたとは言え、あのまま燃焼が続いていればその熱や引き起こされる酸欠がアスカを襲っただろう。
ポラリスはそこまでを考えて、自ら共生生物へと取り込まれたのだ。
鉄の扉が赤く染まる。
扉越しでも伝わるその熱にアスカはどうする事も出来ない。
ひしゃげた扉はガタガタと揺れている。
アスカは永遠と思われる時間その様子を眺めていたが、いつまで経っても扉は動くのをやめない。
「早く! 早く消えないとポラリスが!」
どれだけ叫んでも火が言う事を聞くはずは無い。
その場に崩れ落ち泣き続けるアスカをあざ笑うかのように、扉はガタガタと揺れ続けた。
「ポラリス!」
動きの止まった扉へと凍結弾を撃ち込み、無理やり冷やした上から思いっきり蹴り飛ばした。
そうして何とか開いた扉の先には、白くなり動かなくなった共生生物の玉が出来ていた。
ボスが火から身を守るために周囲の共生生物を集めたのだろう。
もはや部屋を埋め尽くす程になったその球体は、全身を白く染めてただ床に転がっていた。
その球体がある以外、部屋には何も無かった。
アンドロイドであるポラリスが火に包まれた場合、耐熱性に優れた骨格だけは焼け残るはずだ。
ここにそれが無いという事は、まだ希望はある。
アスカは急いでその球体へ近付くと、死んだ共生生物の中へと両手を突っ込んだ。
必死に体を掻き分け、ポラリスを探す。
死んでいるとは言え、まだ固いその体がアスカを遮る。
もし中心部がまだ生きていたら。
わずかながら媚毒が残っていたら。
そんな可能性を微塵も考えず、アスカはただただ球体を掘り進めていく。
手が痺れ、指が痛みで震え始めたその時、アスカの腕を掴む右腕が現れた。
その腕によって共生生物の体が左右に割かれると、中から涼しい顔をしたポラリスが現れた。
「スライムから産まれたらスラ太郎でしょうか?」
うーんと考えるような素振りで顎に手を当て、平然とアスカの顔を見つめている。
「はぁ……心配して損した。 ほら、行くよ」
ポラリスの腕をとり、一気に引き抜く。
呆気なく抜けたポラリスは服が焼け落ち、裸となっていた。
凄い事に、肌には軽い焼け跡がある以外特に損傷は無い。
強いとは思っていたが、まさかポラリスの体がここまで強い物だったなんて。
アスカが驚いていると、ポラリスはまた優しく笑った。
「そんなに泣かれると我慢できなくなるんですが」
自分では平然としているつもりだったが、アスカは部屋に入る前から涙を流し続けていた。
ポラリスを見つけた瞬間に流れる涙は最高潮に達し、足元に寝転ぶポラリスの顔をびちゃびちゃに濡らしている。
「泣いて、なんか……」
ポラリスは寝転んだまま強がるアスカの足を掴むと、ぐっと自分の方へと引き寄せた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げ、アスカは共生生物の体の上へと転んでしまう。
少し固いゼリーのような体に受け止められ痛みは無い。
驚いて天井を見上げたアスカの視界は、すぐにポラリスの顔で埋め尽くされてしまった。
「そんな可愛い悲鳴をあげて……誘ってますよね?」
そしてすぐに唇が重ねられると、アスカの体はポラリスの重さにより共生生物の中へと沈んでいった。
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