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近未来スカベンジャーアスカ編

第33話 何度目かの地下

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 暗く、狭い地下を通るのはもう何度目か。
 ゴールドラッシュに来てからというもの地下ばかりで、まるでモグラにでもなったかのようだ。
 一攫千金を夢見たはずがモグラになり、命を狙われる。
 世の中楽な話は無いものだなと、マンホールを埋め尽くす勢いで殺到するブッチャーたちを眺めながらアスカは思った。
 
 「銃の件ですが、その銃は違法改造銃です。 ベースになった銃が実弾での運用を想定しているため、連射するとバレルが溶けて使えなくなります」
 「このタイミングで聞きたくなかったんだけど」
 「バレルが焦げ臭くなったり赤くなったら撃つのを一旦やめて下さい。 敵のど真ん中で武器を失うよりはマシでしょう」

 アスカは頭を上げ、ポラリスの背後を確認する。
 マンホールから落ちてきた小型のブッチャーがバシャバシャと水飛沫を立てながら汚水へと落下し、そのままこちらへと向かって来ている。
 蜘蛛のような足の構造をしているものやタイヤのついたものが居るが、どちらも汚水に足を取られ苦戦している。
 この様子なら動き続けている限り追いつかれる事は無さそうだが、ここからどう脱出を図るのだろう。
 下水道はスペースシップの発着場とは繋がっておらず、外にはブッチャーの群れが待ち構えている。
 タイムリミットは刻一刻と迫っており、ブッチャーたちには居場所がバレている。
 そんな絶体絶命な状況にありながら、ポラリスはただ真っ直ぐに下水道の先を見ていた。
 
 しばらくして、あの嫌な羽音が響き始める。
 ふたりを狙い飛び交う巨大なハエたちを、ポラリスは掴んでは壁へと叩きつけている。
 後方からぐちゃっと音がする度にアスカは身を震わせる。
 前回の一件からすっかり虫嫌いになっており、その姿を見たり音を聞くたびに足を這う蛆虫の感触を思い出してしまう。
 そうして何とかハエの群れを突破すると、ポラリスはようやく抱えていたアスカをおろした。

 「巨大な共生生物を倒せばその支配下のブッチャーは動きを停止する。 でしたよね?」

 そこは、ハエの苗床と化した死体から逃げる途中に、人の形をした共生生物を見た場所だった。
 確かに、あの人を模した共生生物は他のものとは違い、何か知能のようなものを匂わせていた。
 何も言葉を発さず、攻撃をしてきた訳でも無いが、静かに立っているその姿がこちらの様子を伺っているような、そんな不気味さを感じさせていた。
 あいつが目的とする巨大な共生生物で無かったとしても、それに近いものではあるだろう。
 床を薄く覆い、天井のひびから漏れ出し続ける共生生物の姿を見ながら、アスカは戦いに向けての覚悟を決める。
 今まで逃げてきた巨大な共生生物を、ついに倒す時が来たのだ。

 「少し離れてついて来て下さい」

 ポラリスはバリア発生装置をオンにする。
 エネルギーの節約やアスカの安全性を重視して普段は持ち歩かないのだが、今回のケースは流石にそうも言ってられない。
 ポラリスの通った後は焦げ臭い匂いと焼け跡だけが残り、共生生物は跡形もなく塵になっていく。
 お互いのバリアが干渉しないよう気をつけながら、アスカはその後を追った。
 一見万能に見えるバリアも、その安定性と持続時間に問題がある。
 個人携行用のバリアは目に見えない電線を体から少し離れた場所に張り巡らしているような物で、素早く動いたり迂闊に手足を伸ばしたりすれば自分の体が焼けてしまう。
 また使用するエネルギーも莫大で、連続使用においては数分が限界だろう。
 水のある場所とも相性が悪く、水中で使えば感電する恐れがあったりと取り扱いの難しい代物だ。
 そんな試作段階のポンコツが、これほど役に立つとは思わなかった。
 奥に進めば進むほど共生生物の層は厚くなり、周囲は不気味な姿へと変わっていく。
 狭い通路を黄色いぶよぶよとした共生生物が覆う様は、まるで内臓の中を歩いているようだ。
 こちらを捕まえようと伸ばされる触手も、クラゲの足や食虫植物の罠を連想させる。
 思わずすくみそうになる足を懸命に前へと進ませて、ふたりはようやく小部屋のような場所へとたどり着いた。
 もはや、見ただけではここが何の部屋なのかもわからない。
 四方が全て共生生物の厚い層に覆われて、伸びる触手の量はまるで雑木林のようになっている。
 人の形を模した共生生物も十数人は立っており、ぷるぷるとしたのっぺらぼうの顔をこちらへ向けていた。
 そんな地獄のような光景を入口から覗いたポラリスは、背中に回していたグレネードランチャーを手に取った。
 装填するのは改良型の焼夷弾。
 一発で全てを焼き尽くし、火の海へと変えるだろう。

 「バリアを解除するので背後は任せました」
 「わかった。 見張っとく」

 ポラリスは入口から距離を取り、バリアを解除して引き金を引いた。
 ポンっという小気味よい音がし、赤いグレネードが部屋の中心へと着弾する。
 その瞬間、部屋を火の絨毯が覆った。
 共生生物は悶えるように暴れだし、火から逃れようとポラリスへと殺到する。
 しかし展開されたバリアがそれを許さず、近づくそばから蒸発させていった。
 ゴオオオという凄まじい火の音がポラリスの背後に隠れるアスカにも火の凄まじさを教えていた。
 少しして、ポラリスのバリアが解除される。
 その脇から顔を出したアスカが見た物は、すっかり黒焦げになった部屋だった。
 共生生物はみな蒸発するか焼け焦げるかしており、室内には黒い塊がいくつも転がっている。
 そのどれもが近づくだけでパラパラと粉になった。
 辛うじて焼け残ったロッカーもまるで蝋で作られているかのようにぐにゃぐにゃに溶けており、その火と熱の凄まじさを物語っている。

 「法律で禁止されるのも納得ね」
 「人間が火を恐れたら猿に逆戻りだと思うのですがどう思います?」
 「大丈夫でしょ、水や兵器すら武器にするんだから」

 他愛もないジョークを交わしながら、ふたりはしばし休憩する。
 この先の道もまた共生生物に埋め尽くされており、バリアの安定性を考えると冷却が必要だ。
 ポラリスが床に落ちた黒いなにかを拾い上げる様子を見ながら、アスカは持ってきていた水とカフェインガムを摂取した。
 
 「最後の食事のくだりはどこにいったんですか?」
 「ガムくらい許してよ、まともに寝れてないんだから」

 明らかに不満げな顔をするポラリスにはアスカの苦労がわからない。
 最後にまともに寝たのはユートピアに着いたばかりの時ぐらいで、その後は仮眠やら気絶やら寝たような気がしない。
 恐怖や緊張によるアドレナリンでどうにか体を動かしてきたが、そろそろ誤魔化しの効かない段階にまで来ていた。
 
 「不便ですね、人間は」
 「ほんとにね。 脳だけ機械化するとか?」
 「絶対にやめてください。 もしアスカが機械化したら先輩としていじめ倒しますから」
 
 冗談に対する返しとは思えないほど真剣な顔をしたポラリスにぎゅっと手を握られ、アスカは思わずたじろいでしまう。
 心配して声をかけるような表情をしながらなんて事を言ってくるのか。
 性格がこうではなく、もう少し可愛げがあれば、アスカに拾われる事も無くまともな主人のもとで性処理用アンドロイドとして生きていただろうに。
 ふとそんな事を考えたアスカの顔をじっと見ると、ポラリスは急にぎゅっと抱きついてきた。
 
 「ポラリス、何して……」
 「なにやら侮辱の気配がしたので。 甘い言葉を囁き続けて誘惑するつもりですが可愛いのが好みですか? エッチなのが好みですか?」
 「いや、何も今しなくてもいいでしょ」

 そうですかと残念そうな顔をして離れるポラリスに、アスカはすっかり心を乱されてしまった。
 ポラリスは本当にアンドロイドらしくない。
 そう作られているからかあえてそうしているのか。
 どちらにせよ、変わってほしく無いとアスカは感じていた。
 
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