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近未来スカベンジャーアスカ編
第30話 大規模実験
しおりを挟む扉の前にはやはり端末が取り付けられており、手をかざす方式が取られている。
この端末とこの先の施設に関して、ポラリスには考えていた事がある。
この扉を作ったのがブッチャーたちであれば、その開閉方式は通信式にしただろう。
また端末の高さも、このように人の手の高さに合わせて設置しないはずだ。
人にとって使いやすいように作られたこの扉は、恐らく人間の手によって作られている。
それはあの実験施設の内部にも言える事で、扉の構造やらダクトやら、人の手による管理を想定して作られていた。
その端末に触れたアスカだけが中へと飛ばされたのは、生体反応があったからではないか。
いくらポラリスといえど静脈や指紋までは再現しておらず、人の手にだけ反応するワープ装置だと言うのがポラリスの推理だ。
現に、ポラリスが端末に触れようと扉がただ開くだけであり、アスカのように飛ばされたりはしない。
移動時間の短縮なのか、それとも罠なのか。
どちらにせよアスカは、この施設の設備に触れないようにするのが良いだろう。
「アスカ、ここから先機械類には触らないでください。 人間が触れた場合にだけ、何かしら予期せぬ反応が起こる可能性があります」
「それはわかったけど、急がないと敵が!」
ポラリスに抱きかかえられたアスカが空を指差し叫ぶ。
そこには四角いミサイルポッドを搭載したスペースシップがおり、こちらへとその発射口を向けながらすごいスピードで近づいて来ていた。
ポラリスが急いで端末を操作し施設の中へと滑り込むと、外から大きな爆発音がすると共に船からの電波が途絶える。
あの船はミサイルの餌食となったのだろう。
惑星の大気内に居ながら爆発物を使うとは、さすがは正規軍ではない非合法な連中だ。
建物の揺れが収まり、ふたりはようやく施設内へと視線を移す。
そこには、いつか見た白い廊下が伸びていた。
このあたりには予定されていた鉱山も無ければ居住施設も無く、とても人が寄り付くような場所ではない。
にも関わらずこのような施設があるとは、端末の転送は単なる移動時間の節約なのだろうか。
窓から見える赤い部屋にはただ簡単なベッドたけが置かれており、他には何も無い。
その光景はアスカにあの女の事を思い出させるのに十分だったが、そこに人の姿が無かっただけ気分はマシだった。
敵に追われているかもしれないという不安と、詳細のわからない施設の中に居るという不安がふたりを無口にさせる。
長い廊下を渡り、扉へとたどり着くまで、結局ふたりは一言も喋らなかった。
これまでの廊下はただ窓とそこから見える部屋がいくつかあるだけで、あの実験施設と変わらない。
この扉の先が大きな畑で、ブッチャーたちが居るのならどこも似たような構造だという事になる。
センサー類の使えない今、扉を開くだけでもかなりの緊張と警戒を要する。
その扉へと近づいたポラリスは、端末を操作し扉を開いた。
ウィーンと音を立てて扉が両サイドにスライドしていく。
そこから現れたのは、ただ白い照明が付いただけのだだっ広い部屋だった。
広さで言えばあの畑くらいはあるだろう。
開発が間に合わなかったのか放棄されたのか、とにかくこの施設はあまり重要では無かったらしい。
何も無い部屋の奥には同じような扉が取り付けられている。
その扉をポラリスが同じように開くと、やはりその先は白い廊下になっていた。
いくつかある扉を開いても様々な広さの何も無い部屋だけで、これといって見るべきものは無い。
ふたりは追手を警戒しつつ足早に施設内を進んだ。
生体部品の廃棄所、虫の楽園、精液工場。
そのどれもがこの施設には無かったが、それでも、見た事のある構造がそれを思い出させる。
もしこの星へ来るのがもう少し後だったなら、ここもそれらの設備で満たされていたのだろうか。
表情が曇ったアスカを見て、ポラリスは肩に手を置くとそっと同情するような視線を向ける。
いつものポラリスなら、期待していた施設が無くて残念でしたね、くらいの事は言って来そうだが、流石に状況が状況なだけあり無言だ。
アスカはそれを少し残念に思いながらも足を進める。
ここまでブッチャーの姿も追手の姿も無く、このまま進めば施設の最奥を見ることが出来るかもしれない。
そこにも何も無い可能性が高いが、扉や廊下をいくつか挟んだ分、位置の補足もされにくくなるだろう。
それに、アスカにはこの先に何かがあるという謎の予感があった。
いくつもの廊下を越え、何も無い部屋を見て、ふたりはついに最奥と思われる部屋へと到達した。
そこに繋がる扉は明らかに他と比べて厳重で、二台の端末によるセキュリティロックと重厚なその鉄の扉が重要さを匂わせる。
ここまで何も無かったというのにセキュリティロックは生きており、IDを持つふたりによる同時認証が必要らしい。
どうしようかと考えるアスカを前に、ポラリスは左腕を鳴らしていた。
「ポラリス、まさか……」
「ええ、そのまさかです」
ポラリスは指先をまっすぐに伸ばし、扉と扉の境目目掛けて突き刺した。
ガインというすごい音を立ててポラリスの左手がそこを突き抜けると、ポラリスはその手を抜きできた隙間へと両手の指をかける。
扉はべきべきと音を立てながらひしゃげ、見るも無残な形になりながら人ひとり分の穴を開けた。
「どうなってるのそれ」
「どうも何も、純粋なパワーですが」
涼しげな顔でそう言ってのけるポラリスはどこか満足そうだった。
開かれた穴の先、そこにはいくつかの端末とポータル生成装置があった。
地面には直径三メートルほどの円が描かれており、生成されるポータルの規模が示されている。
端末による転送の他に、このポータルから何かをやり取りしていたらしい。
電源の点いていない端末は起動可能であり、そのセキュリティは早々にポラリスが突破してしまった。
椅子に座り、指先からケーブルを伸ばすポラリスの瞳が水色に光る。
「これは…… ブッチャーの転送に関する装置ですね。 どこかから捕獲してきたブッチャーを施設内に運び込んでいたようです」
「なにを目的に?」
「ブッチャーの性能試験。 どうやら実験を行っていたのはブッチャーでは無く、人間の側だったようで」
ポラリスから聞かされたのは衝撃の事実だった。
ブッチャーが人間をさらい、実験していたと思っていたのが、逆だったというのだ。
ブッチャーに対して何人かの人間と部屋を与え、何をするのかを試験するのがこの施設の目的であり、建設理由だという。
そんな試験を行う理由については、『我々の作りあげたブッチャー』という一文が全てを表していた。
「つまり、元々生体部品を欲しがるだけのバカなブッチャーを、人間がわざわざ賢くしたって事?」
ポラリスへと詰め寄るようにアスカは聞いた。
「そうなります。 目的こそ明記されていませんが、今のブッチャーを作り上げたのはここに居た人間。 ひいてはマーシャルという事になります」
淡々と話すポラリスは端末から全ての情報を得ようと探索を続けている。
端末内のデータはもちろん、ポータル設営のために繋がっているネットワークから他の端末への侵入も試みて、知り得る全ての情報を得ようとしていた。
アスカはポラリスの話を聞き、静かに怒りに燃えていた。
口封じを企むどころか、自ら作り上げた悪魔に対して調査しろだなんて。
となるとマーシャルの提示した条件も、別の側面が見えてくる。
無事に帰すつもりは無く、調査を依頼した対象については全てを知っており、情報を外部に漏らされたくない。
その上で、ある程度自由にしてほかっておくのは、これもひとつの実験だという事だろう。
となれば、繋がったと思っていたあの星域間通信も怪しくなってくる。
初めから実験のために用意されていたならば、外部との通信手段など残すはずがない。
「ポラリス、星域間通信は本当に繋がってたの?」
「……わかりません。 情報が偽装されていた可能性があります。 現在調査中のネットワークからも外部通信に関する情報は見当たりませんね」
探れど探れど、出てくるのは実験記録と、何も知らない人間のこの星を少しでも住みやすくしようという熱意のこもったログばかり。
その詳細を見るに、この星の本当の目的を知っていたのはマーシャルと一部の人間のみらしい。
後からやってきたユートピアの一般職員やVIP客などは、完全に騙された被害者だと言えるだろう。
そこまでしてブッチャーを育てた理由も、どうせ兵器転用か何かだろう。
愚かな人間の策謀に、ポラリスは頭が痛くなってくる。
わざわざ同族を実験に使うなど愚の骨頂だ。
しかめたくなる顔をアスカに悟られぬよう隠し、更なる情報を求めてネットワークのさらに奥へと潜航した。
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