『R18』バッドエンドテラリウム

Arreis(アレイス)

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オカルトハンター渚編

第21話 チャペル

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 行雄の姿が見えなくなり、ふたりはゆっくりとエントランスへ下りていく。
 どこからか現れた霊たちは行雄の後を追っている。
 どうやら行雄が霊たちに影響を与え、引き寄せているようだ。
 霊の目的と近い願望を持っているためか、それとも別の理由があるのか。
 霊たちが通り過ぎたのを見計らい、ふたりは正面扉へと辿り着いた。
 その動かない自動扉はぴっちりと閉められており、力づくで開こうにもびくともしない。
 それどころか、触っているという感覚すらもしなかった。
 その虚無の感触に、ルカはあの家での出来事が蘇る。
 渚の記憶の家では扉に触れる事が出来ず、その感触も無かった。
 これも同じ原理なのだろう。
 となると、考えられる事はひとつ。
 観光ホテルにちなんだ過去が行雄にあり、ここが作り変えられてしまったのではないか。
 そこまで考えて、ルカは渚の方を見た。
 渚は開かない扉をどうにか開こうと必死で、考えている余裕はなさそうだ。
 その肩に手を置いて、小さく首を横に振った。

 「たぶん、あいつをどうにかしないとダメです。 あいつの影響が強いみたいですから」
 「やっぱりそっか……でもどうするの?」
 「とりあえず、祓えるかどうか試してみないとですね」
 
 あの様子を見る限りどう見ても正気では無いが、霊に憑りつかれて暴走してしまっている可能性もある。
 物理的にどうにかするよりは、そちらの方が安全で成功率も高いだろう。
 行雄の残した淫らな気はルカの体にまとわりつき、本人の意思とは関係なく、ある欲望を抱かせる。
 男に抱かれ、支配されたい。
 本来抱くはずの無い欲望が体の自由を奪い、ルカは思ったように体が動かせなくなっていた。
 残り香のような気でこれなのだから、接近されれば終わりだろう。
 あの汚い体に抱かれる姿を想像してしまい、ルカは体を震わせた。
 
 「ルカ、やっぱり影響受けちゃう?」
 「そうですね、体質的な物なので、こればっかりはどうにもできないっぽいです」
 
 一時的に霊感を抑えることが出来たとしても根本的な解決には至らず、集中が乱れてしまえば元に戻る。
 集中を維持したまま他の事をするのは、ちゃんとした訓練を積んでいないルカには難しい。
 ましてや性的な事をされるのだから、集中を維持するのは不可能だろう。
 もし渚に見られていなければ、ルカはこの場で自慰行為に耽っていたかもしれない。
 なんとか余裕を取り繕ってはいるものの、そんなぎりぎりの状態だ。
 手にしたお札の効力もじわじわと失われつつある。
 
 「お札ってもうないかな?」
 「どうでしょう、これだけ汚染されてると影響を受けにくい場所にないと……」
 
 言葉を交わしながら、ふたりは扉横に貼り付けられていたホテルの案内図を見た。
 するとそこには、チャペルの文字があった。
 
 「チャペルって、結婚式とかやる教会みたいなやつだよね?」
 「はい、でもなんでそんな設備がこんなボロホテルに……」

 振り返ると、カウンター横、今まで壁だったはずの場所に廊下が出来ている。
 二階から見ている分にはわからないその奥まった廊下には、チャペル、と書かれた矢印看板が取り付けられていた。
 ふたりの心理状態に合わせて街並みが変化したように、このホテルも何かしらによって変化したのだろう。
 系統は違えど、霊的に強い物に変わりはない。
 受ける影響を減らすためにも、ふたりはチャペルを目指す事とした。

 近づいてみるとその廊下は周辺の様子からかなり浮いており、まるでここだけが別空間のようだった。
 赤く染まったはずの夜の影響を受けず、ここだけは明るい日の光が差している。
 床も、壁も、天井も綺麗なもので、その白さも他とは段違いだ。
 取り付けられている窓も、天井に近い高い位置に取りつけられた小さなもので、風と光だけを通す特殊な材質で出来ている。
 明らかに近代的なその廊下はふたりの恐怖心をいくらか和らがせ、進む足を軽くしてくれる。
 ルカを蝕む淫らな気も弱まり、表情も柔らかくなっていた。 
 しばらく進むと、大きな木の扉が見えてくる。
 閉じられてしまっている事に不安を感じたものの、ふたりが近づくと扉はゆっくりと開かれ、その中が明らかになる。
 そこはチャペルの名が示す通り西洋風の作りで、真ん中には祭壇が置かれ、それに向かって長椅子が二列並べられていた。
 白を基調したデザインは美しく、荘厳な雰囲気を漂わせている。
 脇に置かれたオルガンなども、正しくチャペルといった様相だ。
 ホテルの備え付けにしては出来すぎなそのチャペルの中へとふたりは進み、正面の大きな窓から差し込む日の光を全身に浴びた。
 太陽を感じるのは一体いつぶりだろう。
 ふたりは同時に両手を広げると、体いっぱいにその光を取り込む。
 心が温かになり、不安が消えていく。
 ふたりはその一時のみ自分たちの状況を忘れ、心から休む事が出来た。
 
 「ここ、良い場所だね」
 「はい、とても神聖で、綺麗で。 でもあいつ、ここにどんな思い出があるんでしょう?」

 ここが行雄ゆかりの場所であると、ルカは感じとっていた。
 神聖な空気の中に微かに行雄の気配がする。
 その気配は現在のような穢れた物ではなく、遊び盛りの子供が持つような明るく元気な物だ。
 恐らくこの記憶の中の行雄は子供で、まだ何者にも染まっていない純粋な頃だったのだろう。
 変わり果てた行雄にもそんな頃があったのだと安心すると共にルカは目を閉じ、その頃の行雄を見ようと意識を集中させた。
 気配を辿り、霊力により補強し、ここで起きた過去の出来事を探る。
 ルカの脳裏には次第にその場面場面が映り、映画を作るかのように繋ぎ合わされていく。
 そんな様子を、渚はただ黙って見ている。
 ルカが何をしようとしているのかはわからないが、その集中した顔と雰囲気がこれが重要な事だと伝えてくる。
 そうして目を開くと、ルカの目には小さい頃の行雄の姿が映っていた。
 
 チャペルの角、人目につかない所に幼い行雄と、三人の男の子が見える。
 行雄は手に聖書を抱いており、まわりを囲まれていた。
 行雄をとり囲む男の子は行雄から聖書を奪うとそれを投げ捨て、行雄の肩を突き飛ばす。
 よろけた行雄が壁に手をつくと、即座に腕を引っ張って反対側へとよろけさせる。
 その様を指をさして笑い、ふたりで行雄の肩を掴むと地面へと引き倒してしまった。
 
 それは、チャペルには似合わない凄惨ないじめの現場だった。
 どうしてそうなったのかや、この時の行雄の心境はわからないが、少なくともこのいじめが原因でこのチャペルが現れたのだろう。
 渚やルカがそうであったように、この出来事が行雄の中に何かしらの欲望を抱かせたのだ。
 殴る蹴るの暴行を受けながら、幼い行雄はじっと声も出さずにうずくまっている。
 いじめていた三人が飽きたのか行雄から離れ、行雄はゆっくりと体を起こす。
 立ち去る三人の背中を見るその目が、ルカの背中を凍りつかせた。
 子供の物とは思えない強い憎しみと怒り。
 呪いにも似た思いがその目からは伝わってくる。
 ルカは思わず集中を解き、目を離してしまった。

 「ルカ」

 渚は心配そうにルカの肩を抱き、体を支えた。
 
 「あいつ、子供の頃に、ここでいじめられてたみたいです。 それで、いじめっ子を殺したいくらい憎んでたみたいで」

 静かに話すルカは息を切らしており、その恐怖がどれほどのものだったかがわかる。
 子供の頃の記憶でありながら、見た人を恐怖に震えさせるほどの憎しみ。
 こんな綺麗な場所にそんな禍々しい思い出があるとは思わず、渚は驚きを隠せない。
 渚は目を見開いたルカの体を後ろから抱きしめ、その恐怖を少しでも和らげようとしていた。
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