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近未来スカベンジャーアスカ編

第14話 群れ

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 左腕からは射出用の鉄杭が伸び、右腕ではレールガンの加速装置が青白い光を放っている。
 アスカの前で盾を構え鉄杭を向けるポラリスは、まるで映画で見たスパルタ兵のようだった。
 
 こちらへと走って来ていたブッチャーの一匹がポラリスへと跳び掛かる。
 ポラリスはそれを盾で受け止めると、そのまま弾き飛ばしてしまった。
 先ほどから聞こえているキィィンという高い金属音は、加速装置が磁力を発生させている音だ。
 鉄杭を音速以上で射出可能なこの装置は、用途を変えれば強い反発力を生み出す事が出来る。
 跳び掛かったブッチャーが壁へと叩きつけられたのも、この反発力のおかげだ。
 脇から現れた二匹目へ、ポラリスは盾を向ける。
 すると、ガチャンという大きな音を立ててブッチャーが盾に吸いつけられた。 
 動けなくなったブッチャーの関節部分を鉄杭が穿つ。
 完全に破壊され動作不能となった二体目を反発により三体目へとぶつけ、続けざまに鉄杭を突き出した。
 ギャリギャリという金属同士が擦れる嫌な音が響く。
 胴体部分に風穴が空いた三体目は、そのまま鉄杭と一緒に地面へと突き立てられた。
 ポラリスは素早く加速装置に併設されたマガジンから鉄杭を引き抜き、左腕のパーツへと装填する。
 
 四体目と五体目はこれまでの戦いで単独での撃破が無理と察したのか、ポラリスの隙をつくように攻撃を仕掛けてきた。
 四体目が正面から跳び掛かり、盾に吸いつけられた所で側面の低い位置から現れた五体目がポラリスの足を掴む。
 四体目をバラバラにすると同時に、ポラリスは掴まれた方の足で五体目の頭を蹴りぬいていた。
 掴んでいた腕が千切れ、頭があった位置をポラリスのブーツが通り過ぎて行く。
 その目にも見えない速度の蹴りの後、ドカンという轟音が響き地面が小さく揺れる。
 ポラリスは蹴りぬいた足をそのまま地面へと叩きつけ、ブッチャーの胴体を貫いていた。
 そして数回鉄杭を突き刺し、関節部分を破壊する。

 ここまで時間にしてほんの数十秒、多く見積もっても一分足らずだろう。
 ポラリスはたったそれだけの時間で五体のブッチャーを倒してしまった。

 「人体のバランスを崩してまで四脚にする意図がわかりません」

 ポラリスがブッチャーから足を引き抜くと、床にはポラリスの足の形に穴が出来ていた。
 いくら装甲の付いた戦闘用ブーツを履いているとはいえ、どんなスピードで踏み下ろしたらあんな綺麗な穴が開くんだろう。
 涼し気な顔で鉄杭を回収するポラリスに、アスカは少し恐怖心を覚えてしまった。
  
 「えっと……お疲れ様?」
 「どうでしょう、せいぜいが装備の評価試験ですね」
 「怖っ……」
 「力で屈服させられるのも、好きな人には好きなシチュエーションらしいですよ、ねぇアスカ?」
 「はいはい、余裕ね」

 増援が来ないうちにふたりは白い廊下を後にする。
 廊下の突き当りには、大きな白い扉が待っていた。
 扉の横には地図が記されており、それによればここは資材倉庫であるという。
 この区画はもともと生鮮食品の保管庫だったようで、この通路を進めば牧場地帯へ着くらしい。

 「牧場ね……」
 「ベルトコンベアと外科処置設備の理由がわかりましたね」

 知りたくもない事実を受け止め、アスカは無言で扉を開ける。
 扉の先はアスファルトに囲まれた通路になっており、その道幅からして、大型車両での運搬を想定していたようだ。
 
 「このあたりは何故か敵性反応がありません、嫌な予感がしますね」
 「具体的には?」
 「誘いこまれた可能性があります」
 「人間を狩るのに頭を使いだしたって事?」
 「数百年ありますからね、その間に学んだんでしょう」

 ブッチャーたちに知性らしい知性は無く、ただ正面から襲い掛かるのみだったと記録にはある。
 目的もわからず、ただ人間を襲い生体組織を集めるだけの存在が、何かしらにより知性を得て人間を襲うようになっていたとしたら。
 その進化にはぞっとするが、そこまで人間に固執する理由はなんなのだろう。
 

 何の面白みも無いアスファルトの道をふたりは進む。
 等間隔に付けられた明かりから進んでいる事を確認できるが、道の終わりは一向に見えてこない。
 アスカに出来るのはせいぜい道の染みを数えるくらいで、これだけ何も無い道が続くと緊張感も薄れてしまう。
 どれだけ道を歩いただろう。
 遠くの方から微かな光が見えてきた。
 
 「出口ですね。 この先は牧場地帯、敵性反応多数です」
 「じゃあ推測通り、誘い込まれたって事?」
 「そうですね」

 淡々と状況を説明するポラリスとは対照的に、アスカは出口が近づくにつれて気が重くなる。
 アスカにはテーザー銃を使って一時的に動きを止める程度の事しか出来ず、ポラリスのように何体も同時に相手をするなんて出来るはずも無い。
 待ち構えられている状態での接敵となれば、乱戦は必至だろう。
 出口が近づくにつれて緊張が高まり、足も重くなっていく。
 電子ロックによって閉ざされた重い金属製の扉が現れた時、アスカの緊張は最高潮に達していた。

 「大丈夫ですか? アスカ」
 「なんとか。 緊張で吐きそうだけど」
 
 青白い顔で手足を震わせているアスカがポラリスは心配だった。
 今まで見てきた非人道的な設備と、殺戮の痕跡がブッチャーへの恐怖心を煽っているのだろう。
 見た事の無い弱気なその姿に、言いようの無い不安を感じている。
 外の状況から見ても、どうにか戦いを避ける必要があるだろう。
 ポラリスは静かに決意を固めていた。

 「アスカ、向かって左に家畜舎群があります。 隙を見てそちらへ逃げてください」
 「逃げてって、ポラリスは?」
 「出来るだけ数を減らしてから迂回して合流します。 アスカを守りながらでは効率が落ちるので」
 「……わかった」
 「走るタイミングは私が指示します。 準備は良いですか?」
 
 ポラリスは扉の端末に手をかざす。
 アスカはそれに頷いて答え、覚悟を決めた。
 
 けたたましいブザーと共に、鉄の扉が左右に開く。
 ゆっくりと開かれたその先は燦燦と太陽が煌めく下に牧草が生える見事な牧場で、その緑の絨毯の上にブッチャーたちが押し寄せていた。
 人間の手足を生やした者、機械の体そのままの者。
 ありとあらゆる種類がこちらへ向かって走っている。
 
 「アスカ、今の内に!」
 
 ポラリスは先頭集団に囲まれていた。
 チャージ中のレールガンを地面へと突き刺し、それを軸にして戦っている。
 跳び掛かってくる者を盾で弾き返し、地上から迫る者は鉄杭で動きを封じる。
 レールガンのマガジンから鉄杭を補充し、チャージが終わるのを見計らって群れの中心へと射出する。
 舞うように戦うその姿は、緊張しきっていたアスカに美しいと思わせるほどだった。
 
 アスカは牧草地を駆けていた。
 目標は左手に見えている白い施設群。
 正面に見える家畜舎といくつかの施設が連なるその場所は、遠目に見る限りかなりの広さに見える。
 一旦施設に入ってしまえば体の大きなブッチャーは入って来れず、囲まれることも無いだろう。
 ポラリスの体が群れに飲まれ、姿が見えなくなるのを横目に見ながら、アスカは家畜舎へと飛び込んだ。
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