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オカルトハンター渚編

第14話 トラウマと夢

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 先に目覚めたのはルカだった。
 全身を柔らかく温かい感触が包んでおり、ここ最近で一番よく眠れた気がする。
 まどろみの中でその感触を楽しんで、ゆっくりと目を開ける。
 すると目の前には、すぅすぅと小さく寝息を立てる渚の顔があった。
 途端に昨日の出来事を思い出し、顔が熱くなる。
 雰囲気にのまれてなすがままになり、手を繋ぎながら唇を重ねられ、イかされ続けた。
 その甘く蕩けるような時間を思い出し、ルカはスカートの端をきゅっと握った。
 その初めての相手が、今こうして幸せそうな顔で眠っている。
 昨日ほどの緊張は無いが、それでも胸が高鳴るのを感じていた。

 「ん……おはようルカ」
 「おはようございます、渚さん」

 少しして渚も目を覚ます。
 その小さな口からルカ、と名前を呼ばれた時、ルカはくすぐったいような感覚を覚えていた。
 寝起きだからか低くなった渚の声が、自分の名前を囁く幸せ。
 性的興奮とは違うその満足感をルカは目を閉じて噛みしめていた。
 ちゅっ、と、唇に柔らかな物が触れる。
 昨夜何度も味わったその感触がルカの目を開かせる。
 驚いた顔をするルカを渚は静かに抱きしめて、優しく頭を撫でた。
 その優しく、温かい時間はルカをまたまどろみへと誘う。
 お互いの体温が混じり、その境界が曖昧になる。
 あったかいお風呂の中に溶けていくような感覚。
 ルカはその誘惑に抗えず、快楽の中に溶けていった。
 
 「ルカ、そろそろ起きないと。 お腹減っちゃった」
 「ん……あれ……? また寝ちゃってました……?」

 渚の声でルカは再度目を覚ます。
 どうやら後ろから抱きしめられているようで、頭を渚の手が撫でていた。
 全身をまだ温かい幸せが包んでいる。
 その余韻に浸るように、ルカはうぅん、と小さく鳴いた。
 
 「ねぇ、ルカは初めてだったの?」
 「はい、未遂はありますけど初めてです。 嬉しいですか?」
 「うん、これで相思相愛でしょ」
 
 からかうつもりで聞いたのに。
 恥ずかしげもなく相思相愛などと言われ、ルカの方が赤くなってしまう。
 そんな反応を察してか、渚はぎゅっとルカを抱きしめ後頭部に顔を埋めた。

 相思相愛。
 ふたりはそれぞれそんな物には興味が無く、自分とは縁遠い物だと思っていた。
 家族にすらろくに愛されず、愛どころか友情すらも無い。
 世の中の一般から外れていると自覚していたふたりが、こんな異常な場所でそれを手にするなんて。
 まるで夢物語のようなこの現実を、ふたりは確かめ合うようにお互いの体温を感じていた。

 「あの……聞いてくれますか?」
 「うん、なんでも話して」
 「私、ラブホテルに行った事があるんですよね、男の子と」

 渚に抱かれたまま、ルカは話し続ける。
 これを話さずに同じベッドで寝ているのがなんだか悪い事のように思えて、ルカは話さずにはいられなかった。
 わりと最近の、たまには夢に出て来るような本気のトラウマ。
 過去を探っている時にも話せなかったマジなやつ。
 ルカはぎゅっと胸が締め付けられるのを感じながら、ゆっくりとそれを言葉にしていた。

 「酒飲んで愚痴ってバカ騒ぎするバカな友達だったんですけど、飲み過ぎて終電失くして、仕方なくホテルに入ったんです。 そしたら彼、豹変しちゃって、部屋に入るなり脱がそうとしてきたんですよね。 それで、クソ親父思い出しちゃって、あぁ、結局男ってこんなんなんだなー、って」

 優しかった目が獣のようになり、腕に痕が残るくらい強く握られた。
 荒々しい息を吐きながら首筋を舐めようとしてきて、次の瞬間には股間に膝蹴りを入れていた。
 その時の恐怖と絶望が蘇り、体が震えてきてしまう。
 そんなルカを優しく抱きしめて、渚はただ無言で頭を撫で続けた。
 
 「これが、男が無理って言った理由のふたつ目です」
 「大変だったね、私にしといて正解だよ」
 「ふふっ本当に。 渚さんになら乱暴にされても良いですよ」
 「本当? じゃあいつか襲っちゃおうかな」

 首筋に優しくキスをされ、ルカはやんっ♡ とわざとらしく喘いで見せた。
 露骨な下ネタを交わし、ふざけたようにお互いの体を弄りあう。
 こうする事で嫌な思い出を薄め、新しい刺激で上書きするのが目的だった。
 しばらくそうした後、次は渚がゆっくりと口を開いた。
 
 「私の話も聞いてくれる?」
 「エロい話なら大歓迎ですけど、他の話も撫でてくれるなら聞きますよ?」
 「ありがと」

 ルカは頭を撫でられながら、その感触を楽しむように目を細めた。
 
 「中学のいじめの話したでしょ? 結局なんにも解決しないで卒業して、高校、大学も無事に卒業したんだよね。 中学以降、人付き合いが出来なくなって、友達も作れなくなって孤立してたから無事かどうか怪しいんだけど。 で、初めて就職した所がセクハラパワハラの嵐でさ、すぐに体壊して辞めちゃったんだ」

 ルカはくるりと体を反転させ、渚の胸に顔を埋める。
 そしてぎゅっと抱きしめて、静かに話を聞いた。

 「しばらくは引きこもってたんだけど、一年くらいして腹が立ってさ、配信サイトで全部暴露して社会問題にまでしてやったんだ。 暴露系美人配信者が社会の闇に斬り込む、ってちやほやされて、気付いたらそのクソ会社のネタに生かされてたんだよね。 いっぱいのお金と信者に囲まれて、すごくなったと勘違いして、クソ会社が潰れたらみんなどこかに行っちゃった」

 渚の声は震えていた。
 その声に、聞いているルカの胸まで締め付けられるようだったが、それでも黙って話を聞いた。
 
 「でも、そのおかげである程度の知名度は残って、心霊スポット巡ってるだけで生きていけてるんだよ。 あれだけ恨んで、憎んでた会社のおかげで……。 私、何やってんだろうって思っててさ」
 「いいじゃないですか、渚さんの心も体も、会社ひとつじゃ足りないくらい大切なんですから。 そのクソ会社には罰として、一生利用されてもらいましょ?」
 
 にへへ、と笑ってルカは渚の顔を見上げた。
 渚の目に溜まった涙を拭き、頭をぎゅっと抱きしめる。
 ルカの胸の中で、渚は小さく泣いていた。

 「でもいいなー動画配信で生きていけるなんて。 ここから出たら、一緒にカップルチャンネルやりません?」
 「カップルチャンネル?」
 「美人ふたりで幸せな日々を見せつけてやりましょ? 美味しいもの食べたり綺麗な所行ったり、お金に困ったらエッチな事してるとこ有料で配信してやりましょうよ」
 「あははっ、相変わらずアグレッシブだねルカは」
 
 口ではそう誤魔化しながらも、そんなのも良いなと渚は考えていた。
 ふたりで面白おかしく暮らしていけて、ふたりが居れば周りの人間は関係ない幸せな日々。
 少し前じゃ考えられなかったその夢は、とてもきらきらした物に思える。
 その相手がこのルカなら、心配する事は何も無い。
 静かにルカを抱きしめて、夢を深く心に刻んだ。

 「ねぇ、とりあえずご飯にしよっか、ここならご飯チン出来るよ」
 「そうですね! あったかいご飯久しぶりだなー」
 
 ふたりはキッチンへと戻り、ご飯をチンして部屋へと戻る。
 地獄のようなキッチンも、今のふたりには平気だった。
 渚が車から持って来ていたいざという時のための食料も、もうあと数日で切れてしまう。
 先の見えない状況の中、今だけはそれを忘れて食事を楽しもう。
 チンしたご飯をレトルトカレーの袋に入れて、ふたりは久しぶりの温かい食事をとった。
 
 口には出さないが、ふたりともわかっている。
 次の目的地はラブホテル。
 ルカのトラウマと向き合わなければならない。
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