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異世界転生者マリー編

第14話 世界への不信

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 「やっと、着いた……」

 疲労困憊の末、マリーは夕焼けに染まる洞窟の出口へと到達していた。
 地底湖の端からは光を追うように歩き続け、数時間をかけてここへ辿り着いた。
 もうマリーには動く力が残されておらず、気を抜いたらこの場で倒れてしまいそうだった。
 テントの設営もそこそこに、マリーは洞窟脇の木の下で横になる。
 ぴくりとも動かない体で意識が沈むように無くなっていき、マリーは気を失うように眠りについた。

 まぶたの向こうに眩しさを感じ、マリーは目を開いた。
 暖かな陽気の下、穏やかな風が吹いており、絶好の旅日和だ。
 昨日の事が嘘のように体は回復しており、気分も絶好調だった。
 頭と体を蕩けさせる、甘い痺れを覚えている。
 体の奥にくすぶる願いは落ち着いているものの、確かにそこに存在している。
 それでもマリーは明るく前を向き、歩き出すことが出来た。
 理由はマリーにもわからない。
 何者かに体を好き勝手にされた事がそれほど深刻な事には思えず、快楽に溺れた事もそんな事があったくらいにしか思っていない。
 今はそんな事より、イーシャとアインに追いつく方が重要だった。
 
 しばらく進むと村が見えてきた。
 仮設住居なのかテントが立ち並び、中央のあたりには火にかけられた鍋を囲む数人の姿が見える。
 みんなボロボロの服を着て、見るからに貧しそうだ。
 ただ不思議な事に、その住人は全て男性だった。
 それを見て、マリーは歩みを止める。
 こんな場所にひとりで入ったら何をされるかわからない。
 体に暗い願いを秘めたまま、もし襲われでもしたら。
 お腹の奥が甘く響く。
 その疼きを振り払い、マリーは警戒しながら村へと近づいた。

 「おい、お嬢ちゃん大丈夫か!?」
 
 心配そうに声を掛けてきたのはくたびれた老人だった。
 骨と皮だけの体で立ち上がり、マリーへと駆けて来る。

 「はい、大丈夫ですが……何かあったんですか?」

 その真剣な目と迫力に押され、マリーはつい話を聞いてしまった。

 「この近くに地底湖のある洞窟があってな、仲間がだいぶやられたんだ……」
 「洞窟って、そんなに危険な洞窟なんですか?」
 「ああ、だが知らなかったんだ。 あの洞窟は魔の洞窟だ。 水は意思を持ち人を襲い、壁からは無数の触手が襲い掛かる……間違っても入っちゃいけないぞ、あそこは地獄だ……」

 頭を抱えて泣き出す老人に、マリーは胸が痛んだ。
 意思を持つ水に心当たりはあるが、触手も住んでいたなんて。
 分かれ道を思い出し、マリーは身震いした。
 もし触手に襲われていたら。
 体の奥にまた熱が宿る。

 「あの、ふたり組の旅人が来ませんでしたか?」
 「ふたり組……知らないな。 とにかく洞窟には入らない方が良い。 この道を進めばシルバーに辿り着く、休まず歩けば大丈夫だ」
 「大丈夫って?」
 「シルバー周辺は危険地帯だ。 変な魔物も多いし人狩りの奴らがうろついてる。 日が暮れてからは絶対に近づいちゃいけないぞ」
 
 シルバーは転生者の国だと聞いている。
 となると変な魔物や人狩りは、その転生者を狙ってのものだろう。
 他人事ではないその忠告を、マリーは深く心へ刻んだ。
 
 「ありがとうございます。 もしふたり組の旅人が来たら、マリーはシルバーへ向かったと伝えてくれませんか?」
 「ああわかった、くれぐれも道中気をつけてな」

 周囲から浴びせられる下卑た視線に気付かないふりをしながら、マリーは村を離れた。
 事情はわからないが、あの村が普通でない事は確かだ。
 あの村に居る男たちは誰もが屈強な体をしており、服の隙間から傷が覗いている。
 加えて、肌に刺さるような殺気を漂わせていた。
 シルバーに戻りもせず、仲間がやられたというのにその洞窟の目と鼻の先で仮初めの村を作っているなんて、大方、大事な仲間と商品を洞窟で失った人狩りの集まりだろう。
 シルバーへ向かう事も洞窟を抜ける事も出来ず、たまに立ち寄る旅人をカモにする下種の集団。
 マリーはそう結論付けて、シルバーへの道を急いだ。

 「かからなかったか」
 「あのお嬢ちゃんは転生者だ、今の数じゃ狩りきれない」
 
 マリーの推理は当たっており、マリーの去った村では男たちのため息が響いていた。
 久しぶりの上玉に殺気立ったのがいけなかったのか、欲望だだ洩れの視線がいけなかったのか、男たちは口々に獲物を逃がした原因を話し、対策を考えていた。
 シルバーに入国できず戻って来たならしめたもの。
 転生者狩りの定石である媚薬をもって、あの女を堕としてやろう。
 そんな妄想を巡らせて、股間を膨らませていた。
 
   
 シルバーへと向かう道の途中、マリーはレベルが上がっている事に気がついた。
 何かと戦っていないと上がらないと思われたレベルがなぜか3つも上がっており、頭に浮かぶスキルメニューには見慣れぬ項目が浮かぶ。
 通常のスキル取得の他に、Hスキルの項目が現れたのだ。
 そのピンクの文字と背景から大体を察し、マリーはその項目に目を通す。
 そこには目を瞑りたくなるような隠語の群れと、卑猥な単語が並んでいた。
 なんでこんな物が。
 まずマリーが疑問に思ったのはこんな物が存在している理由だった。
 元々魔王討伐のために召喚されていた転生者にこんな項目がある事自体がおかしい。
 さらには、そのHスキルのうちいくつかが取得済みになっているのだ。
 恋愛体質、苗床適性、感度上昇。
 その羅列を見て、マリーは背筋が凍り付いた。
 やけに気持ちよく感じたあの行為も、愛しいとすら感じたあの感情も、全てがこのせいなのでは。
 その仮説を確かめるためにも、マリーはスキル削除を選択した。
 
 マリーのHスキルは全て消え、通常スキルとHスキルのポイントだけが残った。
 Hスキルは見るに堪えない物ばかりだったが、いくつかいざという時に役に立ちそうな物もある。
 少し考えてマリーが取得したのは、確定避妊と性的防御力アップ、連続絶頂耐性だった。
 見ればみるほど、こんなスキルが存在している事自体が信じられない。
 この世界に対する不信感を更に強めたまま、マリーはシルバーの正門へと辿り着いた。

 「おや、転生者じゃないか。 転生者であれば誰でも歓迎だ入ってくれ」
 「ありがとうございます!」

 赤髪の好青年と気持ちよく言葉を交わし、マリーはついにシルバーへと辿り着く。
 門が開いた先にあったのは、先程の村とほとんど変わらない殺風景な景色だった。
 立派なのは正門と防壁だけで、中は広い空間にテントが並んでいるばかり。
 城どころかまともな建物も存在しない。
 そんな場所に似合わない、美男美女が数多く居る。
 その光景の異様さにマリーは言葉が出なかった。
 この国に来れば色々な転生者と出会え、この世界での生き方がわかる。
 そんな希望を抱いて来た先がこの景色だ。
 荘厳なバベルとは似ても似つかぬその姿に、マリーは打ちひしがれた。
 
 「おや新人さん、君もレジスタンス志望か?」
 「レジスタンス?」 
 「申し遅れた、俺はマイク。 よろしくな」
 「あ、マリーです……」

 金髪の青年はマイクというらしい。
 一見女性にも見える中世的な顔立ちで長い金髪を揺らし、豪華な装飾が施された銀の鎧と槍を持っている。
 本来なら目を奪われるのであろうその容姿も、今のマリーには何だか飾り物のように見えてしまった。 
 
 「異世界転生術の術者を殺して、元の世界に帰る。 それがレジスタンスの目標だ」
 
 マリーは驚いて唖然としてしまった。
 異世界転生に術者が居るのか。
 術者を殺したら元の世界に帰れるのか。
 それを目標とする団体が居るのか。
 一瞬のうちに与えられた情報のインパクトが強すぎて、正常に頭を動かすことが出来ない。
 
 「詳しくはシルバーに聞いてくれ、あいつはいつも中央に居るよ」

 そう言って、マイクはどこかへ歩いて行ってしまった。
 転生者に囲まれているというのに、マリーはどこか疎外感を感じている。
 ここに集まる人たちが、みんなレジスタンスだったら。
 そう思うと、マリーは今すぐどこかへ行ってしまいたい気持ちになった。
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