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オカルトハンター渚編
第9話 忘れられた願い
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渚に手を引かれ、ルカは中学校を出た。
合流するまでに何があったのか、バス停に関して何かヒントはあったのか。
色々と聞きたい事はあったがルカの口から一番に発せられたのは、
「渚さん、なんで脱いだんですか?」
先ほどのストリップショーの事だった。
前を歩いていた渚は振り返らずに正門を出て、助手席へとルカを押し込んだ。
その際に少しだけ見えた渚の顔は、恥ずかしさで真っ赤に染まった、とても可愛らしいものだった。
続いて運転席に渚が座り、ようやくルカの方にちゃんと顔を向ける。
「なんか、初々しかったから……本気で誘ったらビビるかなって……」
顔を真っ赤にさせてそんな事を言う渚にルカはときめいてしまった。
あれだけのストリップをしておきながら、こんなに恥ずかしがっているなんて。
そのギャップにやられ、思わず抱きしめてしまう所だった。
「ねぇ、聞いてる?」
「え、あ! 聞いてますよもちろん! ちなみにバス停の方はどうなったんです?」
心ここにあらずだったのがバレないように、ルカは咄嗟に話題を変えた。
それを聞くなり渚は黙り込み、難しい顔になってしまう。
地雷を踏んだかと心配するルカだったが、渚はそのまま静かに話し始めた。
「ルカに、辛いこと聞いちゃったでしょ? お詫びじゃないけどさ、私の話も聞いてくれる?」
「また脱いで見せてくれるならいいですよ?」
「それはダメ」
ちぇっ、というルカだったが、渚にはこれが自分を思っての言動だとわかっている。
わざとふざける事で雰囲気を軽くして、話しやすくしてくれているのだ。
ルカも、渚の事はだいたいわかっている。
お詫びと言いつつ本当はただ話を聞いて欲しいだけで、でもそれを直接言えない甘え下手。
そんな渚を甘えさせるのが自分のキャラだとルカは思っていた。
「私ね、中学校の頃にすごくいじめられてて、不登校だったんだ」
ルカは渚の告白を黙って聞いた。
中学校の思い出はルカもひどいもので、友達とも遊べず学校と塾を行き来していただけだ。
そんな過去があるだけに、その時期の辛い思い出がどれだけ辛いかは痛いほどわかる。
下手に励まされるより、全部聞いてくれた方が救われる。
それも身をもって体験していた。
「今まで忘れちゃってたんだけど、ここに来て思い出したんだ。 自分を見つめ直して過去を辿る。 この事も関係あると思わない?」
「確かに偶然ではなさそうですね、もうちょっと見て回ります? あのガキもぶん殴ってないし」
ルカはしゅっしゅっと口で風切り音を出しながら右ストレートを繰り出している。
てっきり平手打ちくらいだと思っていただけに、渚はその姿を見て笑ってしまう。
そんな渚を見て、ルカも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「たぶん、ここへはそれを思い出すために連れて来られたと思うんだ。 だから、次は別の過去を辿ってみようよ」
何の理由も無い考えだが、渚にはそれが正しいと確信できる。
女子トイレの個室でひとり泣いている時に感じたパズルのピースがはまるような感覚。
記憶を追ってあの感覚を集めていけば、ここから脱出できると渚の中の何かが告げている。
「良いですけど、忘れてる過去なんて思い出せませんよ?」
「そうだね、一度ちゃんと思い出してみようかな」
ルカの言う事は最もだ。
完全に忘れているから思い出せないのであって、そんなに簡単に思い出せたら苦労は無い。
渚は自身の内面へと目を向けるため、静かに息を吐いて目を閉じた。
左手に温かい感覚が伝わってくる。
シートに置かれた渚の左手を、ルカの右手が握っている。
手を握ったまま渚がするように意識を集中させ、自身の内面へと潜る。
ふたりの脳裏に浮かんできた光景は、どこかの家の一室だった。
「ねぇ、見えた?」
「はい……家、ですよね?」
ふたりは全く同じ物を見ていた事に驚くも、更なる手がかりを得るためにもう一度目を閉じる。
次に浮かんだ光景は、ひとりでテーブルに座って静かに泣き続ける女の子の姿だった。
「中学校の頃の私だ……」
「渚さんなんですか? 私の方だと影になっちゃってて顔がわかんないんですよね」
幼い渚が、キッチンのテーブルで泣いている。
置かれているのは帰りが遅くなるという簡単なメモと500円玉。
あの頃に何度見たかわからない、いつもの光景だった。
いじめられて帰って来ても頼れる相手はおらず、相談できる友達も居ない。
お腹が空くまで泣き続けて、死なないための最低限の事をして、両親を心配させないように眠る日々。
あの頃は、まるで生きた心地がしなかった。
この頃の記憶を引きずって、高校、大学、社会人と、まともな人付き合いが出来なかった。
そんな人生の転機となった出来事を、忘れるはずが無い。
「これは、覚えてるよ。 きっかけが思い出せなかっただけで、ひとりで泣いてたのはよく覚えてるから」
「じゃあなんで見せられたんでしょう? その時の感情とか覚えてます?」
「感情?」
なぜルカがそんなことを聞いたのかはわからないが、この時はただただ悲しかった記憶がある。
なんで自分がこんな目に合うのか、頼れる人が居ないのか、それが悲しくて悲しくて仕方なかった。
「すごく悲しかったけど、なんで?」
「その時の感情とか、こうしたいって願いとか、そういうのがヒントだと思うんですよね。 根拠は無いんですけど」
ルカの直感がいうならそうなんだろう。
ルカがそう言ったというだけで信じられる証拠になる。
渚はそのくらいルカの事を信用していた。
「忘れてる感情があるのかな……怒り、とか?」
「探しますか、家。 周りには何がありました?」
「えーっと……公園が近くにあったよ。 小さな木の社がある公園」
「地図に公園は……あった!」
ルカが大喜びでスマホの画面を見せて来る。
中学校から数キロ地点、記憶にある公園と近い形の物がそこにはあった。
ここからなら住宅街を抜ければすぐだ。
「行ってみる?」
「はい、まずは足で稼ぐのが捜査の基本ですから!」
元気いっぱいのルカに励まされ、渚は明るい顔でハンドルを握る。
中学校の嫌な思い出もルカに話した事ですっきりしたしもう大丈夫。
きりっとした顔でハンドルを握る渚を見て、ルカは少し心配になってきてしまった。
嫌な思い出があんな二言三言で解決できるはずがない。
されてきたいじめの内容も、誰がいじめてきたのかも、何が一番嫌だったのかも聞いていない。
それに一番大切な、どうして欲しかったのかを聞いていない。
助けて欲しかっただとか話を聞いて欲しかっただとか、こうして欲しかったという願いを一切聞いていないのだ。
ルカはそれが心配でたまらなかった。
相談できる相手が居ないまま生きてきた渚の姿に、ルカは自分の姿を重ねてしまう。
信用されていない訳じゃない。
渚の甘えられないその強い性格がそうさせているのだろう。
「渚さん、いじめてきた奴で一番ぶん殴りたいのってどいつです?」
「なにそれ、ルカってけっこうアグレッシブなんだね」
楽しそうに笑いながらも相手の事を話さない渚の姿に、ルカは秘かに心を曇らせていた。
合流するまでに何があったのか、バス停に関して何かヒントはあったのか。
色々と聞きたい事はあったがルカの口から一番に発せられたのは、
「渚さん、なんで脱いだんですか?」
先ほどのストリップショーの事だった。
前を歩いていた渚は振り返らずに正門を出て、助手席へとルカを押し込んだ。
その際に少しだけ見えた渚の顔は、恥ずかしさで真っ赤に染まった、とても可愛らしいものだった。
続いて運転席に渚が座り、ようやくルカの方にちゃんと顔を向ける。
「なんか、初々しかったから……本気で誘ったらビビるかなって……」
顔を真っ赤にさせてそんな事を言う渚にルカはときめいてしまった。
あれだけのストリップをしておきながら、こんなに恥ずかしがっているなんて。
そのギャップにやられ、思わず抱きしめてしまう所だった。
「ねぇ、聞いてる?」
「え、あ! 聞いてますよもちろん! ちなみにバス停の方はどうなったんです?」
心ここにあらずだったのがバレないように、ルカは咄嗟に話題を変えた。
それを聞くなり渚は黙り込み、難しい顔になってしまう。
地雷を踏んだかと心配するルカだったが、渚はそのまま静かに話し始めた。
「ルカに、辛いこと聞いちゃったでしょ? お詫びじゃないけどさ、私の話も聞いてくれる?」
「また脱いで見せてくれるならいいですよ?」
「それはダメ」
ちぇっ、というルカだったが、渚にはこれが自分を思っての言動だとわかっている。
わざとふざける事で雰囲気を軽くして、話しやすくしてくれているのだ。
ルカも、渚の事はだいたいわかっている。
お詫びと言いつつ本当はただ話を聞いて欲しいだけで、でもそれを直接言えない甘え下手。
そんな渚を甘えさせるのが自分のキャラだとルカは思っていた。
「私ね、中学校の頃にすごくいじめられてて、不登校だったんだ」
ルカは渚の告白を黙って聞いた。
中学校の思い出はルカもひどいもので、友達とも遊べず学校と塾を行き来していただけだ。
そんな過去があるだけに、その時期の辛い思い出がどれだけ辛いかは痛いほどわかる。
下手に励まされるより、全部聞いてくれた方が救われる。
それも身をもって体験していた。
「今まで忘れちゃってたんだけど、ここに来て思い出したんだ。 自分を見つめ直して過去を辿る。 この事も関係あると思わない?」
「確かに偶然ではなさそうですね、もうちょっと見て回ります? あのガキもぶん殴ってないし」
ルカはしゅっしゅっと口で風切り音を出しながら右ストレートを繰り出している。
てっきり平手打ちくらいだと思っていただけに、渚はその姿を見て笑ってしまう。
そんな渚を見て、ルカも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「たぶん、ここへはそれを思い出すために連れて来られたと思うんだ。 だから、次は別の過去を辿ってみようよ」
何の理由も無い考えだが、渚にはそれが正しいと確信できる。
女子トイレの個室でひとり泣いている時に感じたパズルのピースがはまるような感覚。
記憶を追ってあの感覚を集めていけば、ここから脱出できると渚の中の何かが告げている。
「良いですけど、忘れてる過去なんて思い出せませんよ?」
「そうだね、一度ちゃんと思い出してみようかな」
ルカの言う事は最もだ。
完全に忘れているから思い出せないのであって、そんなに簡単に思い出せたら苦労は無い。
渚は自身の内面へと目を向けるため、静かに息を吐いて目を閉じた。
左手に温かい感覚が伝わってくる。
シートに置かれた渚の左手を、ルカの右手が握っている。
手を握ったまま渚がするように意識を集中させ、自身の内面へと潜る。
ふたりの脳裏に浮かんできた光景は、どこかの家の一室だった。
「ねぇ、見えた?」
「はい……家、ですよね?」
ふたりは全く同じ物を見ていた事に驚くも、更なる手がかりを得るためにもう一度目を閉じる。
次に浮かんだ光景は、ひとりでテーブルに座って静かに泣き続ける女の子の姿だった。
「中学校の頃の私だ……」
「渚さんなんですか? 私の方だと影になっちゃってて顔がわかんないんですよね」
幼い渚が、キッチンのテーブルで泣いている。
置かれているのは帰りが遅くなるという簡単なメモと500円玉。
あの頃に何度見たかわからない、いつもの光景だった。
いじめられて帰って来ても頼れる相手はおらず、相談できる友達も居ない。
お腹が空くまで泣き続けて、死なないための最低限の事をして、両親を心配させないように眠る日々。
あの頃は、まるで生きた心地がしなかった。
この頃の記憶を引きずって、高校、大学、社会人と、まともな人付き合いが出来なかった。
そんな人生の転機となった出来事を、忘れるはずが無い。
「これは、覚えてるよ。 きっかけが思い出せなかっただけで、ひとりで泣いてたのはよく覚えてるから」
「じゃあなんで見せられたんでしょう? その時の感情とか覚えてます?」
「感情?」
なぜルカがそんなことを聞いたのかはわからないが、この時はただただ悲しかった記憶がある。
なんで自分がこんな目に合うのか、頼れる人が居ないのか、それが悲しくて悲しくて仕方なかった。
「すごく悲しかったけど、なんで?」
「その時の感情とか、こうしたいって願いとか、そういうのがヒントだと思うんですよね。 根拠は無いんですけど」
ルカの直感がいうならそうなんだろう。
ルカがそう言ったというだけで信じられる証拠になる。
渚はそのくらいルカの事を信用していた。
「忘れてる感情があるのかな……怒り、とか?」
「探しますか、家。 周りには何がありました?」
「えーっと……公園が近くにあったよ。 小さな木の社がある公園」
「地図に公園は……あった!」
ルカが大喜びでスマホの画面を見せて来る。
中学校から数キロ地点、記憶にある公園と近い形の物がそこにはあった。
ここからなら住宅街を抜ければすぐだ。
「行ってみる?」
「はい、まずは足で稼ぐのが捜査の基本ですから!」
元気いっぱいのルカに励まされ、渚は明るい顔でハンドルを握る。
中学校の嫌な思い出もルカに話した事ですっきりしたしもう大丈夫。
きりっとした顔でハンドルを握る渚を見て、ルカは少し心配になってきてしまった。
嫌な思い出があんな二言三言で解決できるはずがない。
されてきたいじめの内容も、誰がいじめてきたのかも、何が一番嫌だったのかも聞いていない。
それに一番大切な、どうして欲しかったのかを聞いていない。
助けて欲しかっただとか話を聞いて欲しかっただとか、こうして欲しかったという願いを一切聞いていないのだ。
ルカはそれが心配でたまらなかった。
相談できる相手が居ないまま生きてきた渚の姿に、ルカは自分の姿を重ねてしまう。
信用されていない訳じゃない。
渚の甘えられないその強い性格がそうさせているのだろう。
「渚さん、いじめてきた奴で一番ぶん殴りたいのってどいつです?」
「なにそれ、ルカってけっこうアグレッシブなんだね」
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