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近未来スカベンジャーアスカ編
第7話 虫の楽園再び
しおりを挟む歓楽街の排水用ダクトをふたりは下りている。
掴む場所の無い垂直の壁をブースターで下りるアスカと、その下で足と背中を壁にぴったりとつけて下りていくポラリス。
使われる事の無かった下水エリアは綺麗な物だが、それでも生理的な嫌悪感とぴちゃぴちゃという水音が不快感を煽ってくる。
本来、使われた水によって自動的に押し出され、浄水施設へと向かう構造であったため、残ってしまった水が茶色く濁り腐敗臭を漂わせていた。
「使われてないのにちゃんと下水なのか……」
「これでも人の排泄物が無いだけマシでしょう。 臭気レベルも大した事はありません」
アンドロイドのポラリスにはこの辛さはわからない。
大して臭くないとわかってはいても、下水道の中を進んでいるという事実が臭いを呼び起こさせるのだ。
うぷっと、ハンバーガーが帰ってきそうだった。
「私の上で吐いたら殺しますよ」
「はいはい、吐かない吐かない」
主人にここまで殺気の籠った目が出来るポラリスは本当にアンドロイドなのだろうか。
ようやく足の付けられる位置まで来たが、案の定汚水が地面を覆い、膝のあたりまでを満たしている。
なんだかヌメヌメとした感触も手伝い、本当に吐いてしまいそうだ。
「私一人で行きましょうか?」
「いや、大丈夫、ちゃんとついて行くから……」
心配するポラリスを制し、アスカは先へと進んで行く。
ポラリスの提案を蹴った選択である以上、ポラリスにばかり負担をかけるわけにはいかない。
これもアスカのプライドから来る行動だった。
下水管の中には小さなライトがいくつか取り付けられており、薄暗いながらも先は見通せる。
広さもポラリスが辛うじて通り抜けられるくらいで、何とか盾とレールガンも運べていた。
じゃぶ、じゃぶと、静かな管内に水をかき分けて進む音だけが聞こえる。
しばらく進むと、分かれ道へと突き当たってしまった。
管が左右に分かれ、どこへ繋がっているかはわからない。
「アスカ、座標データを送ります。 手分けして探しましょう」
「わかった。 気を付けてね」
「貴女こそ」
アスカのバイザーにこれまで通って来た下水管の地図と、エコーによるおおよその地形予想、そしてID所有者が居ると思われる場所が表示される。
それを確認しながら、アスカは左の道へと進んだ。
「通信テスト、通信テスト、聞こえますか」
「ええ、聞こえてる。 問題無し」
ポラリスと通信を繋ぎながら、管内を進む。
水の腐った、嫌な臭いが鼻の奥にこびりつく。
長い間ここに居たら一生匂いを思い出しそうだ。
そうして道を進んでいると、管の奥の方からブブブブブッという虫の羽音のようなものが聞こえて来た。
「あのーポラリスさん? 虫の羽音がするんだけど」
「どうやら管の素材に調査を妨害されていたようですね。 生体反応複数、群れですね」
アスカのバイザーに赤い点が数個光る。
その点はアスカの道の先の方でいくつも蠢いていた。
アスカはもう本当に吐いてしまいそうだった。
ブッチャーの施設でかけられた虫の体液と、あの精液工場の記憶が蘇る。
こうしてぬめりの有る液体の中に立っていると、まるで精液の中に立っているようで……。
今や汚水の匂いさえ、精液の匂いに感じ始めてしまっていた。
「接敵しました、排除します」
ポラリスの声に続き、ぐしゃっという気持ちの悪い音が響く。
耳元で聞こえたその音にアスカは身を震わせて、思わず自らの体を抱きしめてしまう。
「ポラリス、終わるまで通信切って!」
「了解しました」
ポラリスは相変わらずの涼しい顔で虫の相手をしていた。
体が汚れるのは嫌だが、もう下水に入る時点で覚悟はしている。
今さら虫の体液にまみれようと、どうせ洗うのだから結果はおなじだ。
今まさに顔へ目掛けて飛び掛かってきた巨大なハエを、ポラリスはぐしゃりと握りつぶした。
ポラリスの体は人間に近い温度で発熱しており、その呼気には二酸化炭素が含まれる。
つまり、大半の虫にとってポラリスは人間として認識される。
この星の虫たちはどういう訳か、人間を見つけると飛び掛かってくるのだ。
ポラリスはその原因を探るため、虫を排除しながら調査を行っていた。
まず目的1。
このハエたちは人間を食料だと思っているらしい。
肌に取りつくと口から伸びた管から消化液を浴びせてきた。
どうやらたんぱく質を溶かす事が出来る様で、多く浴びれば人間の体とて例外では無いだろう。
それを吸おうと必死に管を擦り付けて来た。
目的2。
このハエたちは人間を繁殖容器として利用しようとしている。
口や鼻、膣や肛門など、穴を見つけるとそこにまずメスのハエが張り付き卵を産み付ける。
続いて雄がやってきて、そこに精液を注ぎ込む。
どう進化したのかはわからないが、そうした方が卵にとって安全だと学んだのだろう。
大量のハエの死骸に囲まれて立つポラリスの肌は消化液にまみれ、その口にはハエの卵と精液が注ぎ込まれていた。
「感覚は最悪ですね」
肌についた消化液を拭いつつ、口からぺっとそれを吐き出す。
壁に張り付いたそれは不快な薄黄色をしていた。
もう残りが居ない事を確認し、アスカに報告をする。
バイザーの向こうのアスカは、もう二度と掛けてくんなと腹を立てていた。
アスカの気分は最悪だった。
何が嬉しくてハエの目的など聞かないといけないのか。
ましてや肉を溶かされ卵を産み付けられるだなんて。
そんな事を聞いてしまってはもうこの先に進みたくなくなってくる。
大人しくポラリスを待とうか。
そう考え始めた時、視界の先で何かが素早く動いた。
ハエだ。
どうやら向こうからやってきてしまったらしく、すでに数匹がブンブンとこちらへ飛んできている。
アスカは逃げ出したくなる体を抑え、テーザー銃を連射した。
近代のテーザー銃は効果はそのままに、完全なプラズマ化を果たしている。
昔のアニメに見られるレーザー銃のようなもので、青白い光の線が相手へ向かって飛んでいき、当たった相手を感電させるのだ。
ブッチャーに一般的な火器は通用せず、強い電気によって動きを止めるのが現状最も効率の良い対処法だ。
その為、アスカはテーザー銃を携行していた。
瞬く間にハエは撃ち落され、水中へと姿を消す。
姿が見えなくなったからといって倒したと判断するのは死亡フラグだ。
アスカは落ちたハエを確認すると、一匹一匹確実に頭を踏み抜いていった。
今回ばかりは水があって助かった。
直接ハエの頭を踏んでいたなら、その感触と音で発狂していただろう。
全てを処理し終え、アスカは先へ進む。
と、足元に何か柔らかい感触を感じた。
「なにこれ?」
足を水中から引き上げると、そこには数センチ大の蛆虫が蠢いていた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
アスカは素早く足を振り、蛆虫をあたりに散らす。
悲鳴はポラリスの元にも届き、すぐ救助に駆けつけてきた。
「蛆虫ですよ、居ないとでも?」
「いや居るのはわかるけど、こんな大きなのが私の足に……」
背筋が凍るような震えと吐き気が止まらない。
アスカの目には涙が浮かんでいる。
あの感触を思い出すだけでまた叫び出しそうだ。
そんなアスカの肩を叩きポラリスは、向いてないですね、とだけ言った。
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