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オカルトハンター渚編
第7話 忘れていた記憶
しおりを挟む車を中学校の正門前に停め、ふたりは車を降りた。
赤い色に染まった中学校は不気味そのもので、ただでさえ恐ろしい夜の学校という場所に更なる迫力を与えていた。
その威圧感たるや、地獄に中学校があったらこんな感じだろう。
「バス停、探しに戻ります?」
ルカは珍しく怖気づいたようで、渚の顔を窺うようにじっと見る。
ここまで話しながら来たもののバス停を見逃さないように注意はして来た。
それでも見つからず、この先は山への入り口だというのだから戻っても無駄だろう。
「ちゃんと見て来たんだから戻っても無いよ。 中に入ろ」
えーっと不満を言うルカを尻目に、渚は正門へと手をかける。
するとカチャンと、まるで入るのを歓迎するかのように南京錠が外れた。
その出来事に、ふたりは無言のままお互いの顔を見合わせる。
霊の姿の見えない直接的な怪奇現象がふたりの恐怖心を煽り、凍り付かせた。
「……本当に入るんですか?」
先に口を開いたのはルカだった。
今まで見た事の無い、明確に恐怖を浮かべた顔。
霊能力者としての感覚がそうさせるのか、ルカはこの中学校に怯え切っていた。
一方の渚は、怖がりながらもこの中学校に入るのを決断していた。
そうしないといけないと、渚の中の何かが告げている。
半ば導かれるように、渚は正門をくぐった。
「渚さん!」
ルカは置いて行かれないように渚を追いかける。
直後、ガシャンと大きな音を立てて正門が閉まった。
ふたりを分断するようにして閉まったその門に、ルカは驚いて尻もちをつく。
もし反応できていなければ体ごと挟まれていたかもしれない。
驚いて声も出ないルカの視線の先で、渚が暗い昇降口へと消えていった。
渚は夢を見ているようだった。
中学校の中は昔通っていた時のままで、明るい日の光が差し込んでいる。
教室からは子供の楽しそうな笑い声が聞こえ、廊下を走る元気な足音もする。
しかし、人の姿は見えなかった。
そんな校舎の中を、渚はすたすたと自分の教室へと進んで行く。
恐怖も、懐かしさも、疑問も、今の渚は感じない。
まるで現実味が感じられず、一人称視点の映画を観ているようだった。
3-2。
教室名を確認して扉を開く。
そこには相変わらず誰もおらず、ただカーテンが風で揺れていた。
教室内は綺麗なもので、全てがちゃんと整頓されている。
ロッカーの鞄も体操服入れも、掃除道具も、黒板も、チョークすら。
撮影用セットだとしたら納得がいく。
ここまで綺麗な教室なんて実在するはずがない。
渚はそんな教室の中で昔を思い出していた。
私の席は、一番後ろの窓際の席。
たまたま初めての席替えで引き当てた席で、同じクラスの何人かにはブーイングされたっけ。
それから少しして、いじめが始まった。
デカ女と馬鹿にされ、教科書を隠され、体操服を濡らされ、ちょっと美人だからって調子に乗るなとビンタをされた。
渚は教室を出て廊下を進み、女子トイレへと辿り着く。
トイレに連れてこられ、閉じ込められて、頭から水をかけられた。
校舎の一番奥の女子トイレ。
その一番奥の、この個室で。
渚が扉を開くと、そこには幼い自分の姿があった。
頭から水をかけられながらも平然としており、何事も無かったかのように教室へと戻っていく。
そうだ、すっかり忘れていた。
渚は、今まさに夢から覚めたかのように目を見開いた。
ドアが外れた個室に、壊れた洋式トイレがあった。
壁は色が変わっており、地面にはガラスが散乱している。
私は、一体こんな所で何を。
急いでルカの姿を探すが見当たらない。
渚は女子トイレを飛び出して、正門へ戻ろうとした。
廊下には、楽し気に走り回る子供の幽霊が居た。
鬼ごっこをしているのか、きゃっきゃと声を上げながら行ったり来たりを繰り返している。
その楽し気な雰囲気に、渚は戸惑っていた。
今までの霊は虚ろな目をしていたりあそこをいきり立たせていたり、見るからに危険そうだった。
しかしこの霊たちはとても楽しそうで、害を加えて来そうには見えない。
ルカの言っていた、霊は生きる事そのものに執着している、という言葉を思い出す。
まだ明確な性欲を持たないこの霊たちなら、変な事はされないんじゃないか。
トイレから顔を出して様子を窺っていた渚は、突然何かに引っ張られた。
強い力で腕を引かれ、女子トイレの中へと戻される。
振り向いた視線の先、下の方には、気の強そうな少女の霊が立っている。
ひっ、と引きつった短い悲鳴を上げ、渚は手を振り払う。
しかし霊の力は強く、手を放さない。
なぜ霊が見えていて触れるのか。
戸惑う渚をあざ笑うかのように、少女の霊は渚を個室へと押し込んだ。
「うっ……」
トイレに腰掛けるように座り込み、痛みに顔を歪ませる渚。
ぶつかった背中がじんじんと痛む。
少女の霊はそれを嬉しそうな顔で眺めた後、バタンと扉を閉めた。
忘れていた記憶が、より鮮明に蘇る。
中学校時代、何度こうしていじめられただろう。
それでも両親の期待を裏切りたくなくて、何ともない顔をして学校に通った。
当時のむなしさ、悔しさ、悲しさが蘇り、渚はトイレで一人泣いていた。
どれだけ泣いただろう、いつまでもここには居られない。
意を決してドアを押し、外の様子を窺った。
少女の霊は居ない。
それに安心し、渚は女子トイレを出る。
廊下は相変わらず霊が走り回っていた。
無害に見える霊も危険だという事を学んだ渚は、出来るだけ見つからないように近くの教室へ隠れながら正門を目指す。
渚が入った教室は視聴覚室。
扉についた小窓から中を覗いただけでは、そこが危険地帯だという事に気付けなかった。
暗い教室内に置かれたプロジェクターが真っ白な画面を壁に映している。
窓には暗幕が垂らされ、一切の光が差しこまない。
本能的に危険を察知した渚が部屋を飛び出るより早く、扉はぴしゃりと閉められてしまった。
小窓の向こうには、あの少女の霊のにたっという嫌な笑いが張り付いていた。
背後に気配を感じ、振り返ると、白い画面に数人の人影が映っている。
小さかった人影が徐々に大きくなり、消える。
近づいて来ている。
そう察知した渚は急いで窓際へと駆け寄って、窓から飛び出そうとした。
しかし、暗幕がピクリとも動かない。
まるで縫い付けられたかのように強固に固定されており、その繋ぎ目もわからない。
渚の手が何度か暗幕を撫でた後、突然体が動かなくなってしまった。
「いやっ……やめて……」
体中に掴まれている感覚がある。
姿は見えないが、手を、足を、腰を、何者かによって拘束されている。
渚の脳裏に、犯された女の姿がよぎる。
自分もそうなってしまうのか。
絶望に染まった渚の様子とは裏腹に、姿の見えぬ手の主たちは渚をプロジェクターの前へと誘導する。
暗闇に慣れていた渚の目にプロジェクターの光が刺さる。
あまりの眩しさに目に涙が浮かぶ。
しかし、すぐにくるりと体を回され、白い画面とそれに映る自分の影が見えてくる。
そこに映る自分の影には、まるで全身から生えているかのようなおびただしい数の腕の影が映っていた。
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