ヴァルホルサーガVR~夜明けの開拓者たち~《改稿版》~地雷スタートでもヒーローになれますか?~

夏冬春日

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第1章 宵闇の冒険者

第十五話 修行の時間です

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 遺跡の通路を喜助さんに連れられ進んでいくと、先に小部屋があるのが見えた。
 喜助さんはそこで足を止める。

「さてさて、次は一般的なナイフの使い方じゃな。さっきも見せたように、ナイフには、その大小含めいろんな形があってな、それ事に扱い方が変わってくる」

 そこまで言って、喜助さんはオリゴナイフを取り出した。

「おぬしが唯一持てるこれは、ナイフと言うには少し大柄だからの。こういう短剣じみた使い方もできる」

 もう一つ喜助さんが武器を取り出す。それは1メートル近くある刺突剣――レイピアだ。柄から護拳にかけて、柔らかな曲線をえがいた装飾が施されている。
 見るからにいい武器とわかるのだが、ちょっと待て。俺はナイフの扱い方を教えてもらいに来たんだが……。
 そんな疑問が顔に出ていたのだろうか、喜助さんが答える。

「ふふ、おぬしの言いたいことはわかるがの。これは西洋でよくある、右手にレイピア、逆側に左手用の短剣を持つ使い方じゃ。見とくとええ」

 喜助さんが武器を構える。さっきまでのひょうひょうとした感じは消え、空気が張り詰めてきた。

「ゲームじゃからな。武器を持てば装備したことになるんじゃが……。ただやっぱりの、ちゃんとした持ち方をした方が威力は当たるんじゃ。例えばレイピアなら持ち手のリングに指を通し、手の甲は上、ポンメルを手首の裏に当てて切っ先を相手の首筋に向ける。レイピアはそれなりに重いからの、この方が楽じゃ。んでもって左手のナイフはこう、レイピアにも相手にも角度をつけて持つ。おっと、手頃な相手が来たの」

 小部屋に足を踏み入れると、中央にゴブリンが現れた。ただ、今までのゴブリンよりも大柄で、かつでかい棍棒も手にしている。

「ほほう、ホブゴブリンか……。やはりこれくらいのサイズの方が相手にしやすいな。おあつらえ向きに武器も持っておるしのぉ。それでは授業開始じゃ」

 喜助さんは足を止めると、ホブゴブリンに向かってクイと顎をしゃくる。
 それ挑発ととったのか、ホブゴブリンは雄叫びを上げこちらに向かってきた。

「GAAAA」

 駆け寄ったその勢いのまま、ホブゴブリンは棍棒を振りかぶる。
 対する喜助さんは、左足を一歩踏み出し半身に構え――、

「GA!」

 ――振り下ろされる棍棒に、オリゴナイフをあわせた。

「まず一つ目、左手のナイフは相手の武器をそらすためにある」

 ――〈パリィ〉

 アーツが使われた途端、棍棒ははじかれたように軌道をそらされ、地面に叩きつけられた。

「〈パリィ〉のアーツを使うと、このように相手の武器をはじくことができる。じゃが実はの……」

 喜助さんは手を止め、ホブゴブリンの体勢が整うのを待った。
 なにもしてこない喜助さんに戸惑いつつも、ホブゴブリンはまたも棍棒を振りかぶる。

「GAA!」

 それに対し喜助さんは、先ほどと同じように半身に踏み出しナイフをあわせる。
 が、今度はアーツを使わない。
 そのままナイフの背を棍棒に這わせ、軌道を反らせていく。

 ――ギィイン

 最後の喜助さんはその身の軸もそらし、棍棒を避けることに成功した。
 ホブゴブリンはまたも棍棒を地面に打ち付け体勢を崩した。しかも今度は喜助さんに背を向ける形となっている。

「……このようにアーツを使わずとも同じようなことができるんじゃよ。しかも相手が背を向けているおまけ付きじゃ」

 ホブゴブリンの延髄に向け、喜助さんがレイピアを突き込む――。
 が、寸前でその動きを止めた。

「ついでじゃ、これも見せておこうか」

 喜助さんが左手を払うと、手に持っていたオリゴナイフが消えた。

 ――〈影縫い〉

 オリゴナイフは地面、ホブゴブリンの影に突き刺さっている。

「Gu、Gi」

 体勢を立て直そうとしていたホブゴブリンの動きが止まった。

「ま、こんな風に相手の動きを止めるアーツもある。おまけじゃがな、見といて損はなかろう」

 そう言って喜助さんは、改めてホブゴブリンの延髄にレイピアを突き刺す。

「GA……」

 ホブゴブリンはびくりと身体を震わせ、数瞬の後その姿を虚空に消した。
 喜助さんがレイピアを振るいこちらに向き直る。

「まあこれが、このゲームにおけるアーツの使い方と応用の例じゃな。見てわかるように、アーツを使わずとも、同様の効果を得られる。むろん練習は必要だがの」

 なるほど確かにパリィと同じ事をアーツを使わずに行っていた。だが疑問が残る。

「でもそれって、単純に喜助さんの技量で相手の武器を逸らせただけのようにも見えるんですが」
「まあ確かにの……」

 喜助さんは頬をかく。

「そう思うのも無理はない。じゃがこれは、システム的には〈パリィ〉を行っとることになっとるんじゃよ。そうでもなけりゃワシ、あんなでかい棍棒を〈パリィ〉するなんてできんもの」

 喜助さんは肩をすくめた。

「ま、小難しい理由が知りたきゃ真理恵にでも聞くとええが……。実際の話、アーツなしで相手の大剣やどでかいハンマーをそらすことができた。おかしな話じゃろ?」

 確かに言われてみるとそうかもしれない。ナイフでハンマーを反らせるイメージがわかないものな……。

「だけどそうなると、アーツを覚える意味が無くなりませんか?」

 アーツを覚えなくても、同じ事ができるんだったら、わざわざGPを使って覚える意味が少なくなるんじゃないだろうか。
 少なくとも、現実にあるような技に関してはそうだろう。

「そう思うのも無理はないがの。ちゃんとデメリットも存在しとる。このアーツを使わずアーツを使う技、ワシらは模造アーツと呼ん取るんじゃが。これを使うと武器の耐久度がめっちゃ減るんじゃよ」

 喜助さんは手にしたオリゴナイフをくるくるともてあそぶ。

「こいつには不壊の能力がついとるから関係ないんじゃが。普通の武器だととてもとても……」

 喜助さんは手のひらをぱたぱたと振る。

「じゃがコダマ君。逆におぬしはオリゴナイフしか使えんのじゃろ? ならそれが利点になるやもしれんな」

 喜助さんはレイピアをしまった。

「さ、それじゃあお待ちかねのナイフの扱い方を教えるとしようか。おぬしもナイフを準備せい」
「あ、はい。わかりました」

 喜助さんに促されるまま、オリゴナイフを取り出し手に持った。

「よしよし。確かおぬしはナイフ・短剣系のアビリティやスキルはもっとらんのじゃったかの。それならとりあえずナイフの扱い方と立ち回りを教えるとするかね。基本的に人型相手の使い方になるが、役に立つじゃろう」

 そう言うと部屋の壁に大きく『米』の字を書いた。

「それってなんですか?」

 なんだろうと思って聞くと、喜助さんが答えてくれた。

「うん? これはナイフで攻撃する場所じゃよ。相手が人型なら、大体ここを攻撃すればええ。こういった風にな」

 喜助さんは壁に描いた線にそって、リズミカルにナイフを振り、そして突いていく。その姿は流麗で、思わず見とれてしまう。
 そうして一通りナイフを振り終えると、喜助さんが振り向いた。

「何をぼけっとしとる。次はおぬしの番じゃぞ」
「えっ!?」
「なーにが『えっ』じゃ。ほれ、ナイフをしっかり持つ。持ち方はこう」

 俺の手を取りナイフを握らせた。

「それじゃあさっきみたいに、あの的に向かって振ってみい」

 喜助さんに背中を押され、壁の『米』印の前に立つ。

(……確かこうだったか?)

 印に沿うようにオリゴナイフを振る。が、自分でもわかる。
 さっきの喜助さんの姿とは比べるまでもなく、なんともぎこちない姿で振っている。
 だというのに喜助さんは、それでいいとばかりに首を縦に振った。

「最初は思い通りにいかんかもしれんが、ワシの振ったのをイメージして続けるんじゃ。おぬし、もしかして忘れとらんか? ここはゲームなんじゃぞ。ちゃんとしたイメージとステータスさえあれば、現実と違って体がついてこないことはない。最初はぎこちなくてもゆっくりでもええ。何度も反復すりゃそれなりに形にゃなるぞ」

 そうか……。確かに現実と違い俺の[感覚]のステータスは13もある。感覚の値は器用さも表していて、軽武器の取り扱いにも参照されたはずだ。
 そしてこの13という数値、現実で言うとちょっとしたスポーツ選手並みらしい。
 それならば、体がついてこないと言うことはないだろう。であれば後は何度も繰り返すのみだ。

 思い直し無心にナイフを振るう。
 縦に切る、横に切る、斜めに切る、右をつく、上をつく、真ん中をつく。

 最初はぎこちなくだが、だけどだんだんとスピードを上げていく。
 縦に、横に、斜めに切る。右を、上を、中心を突く。

 イメージに近づけるよう、喜助さんのナイフの振りに重なるよう何度も続ける。
 縦横斜、右上左下中――――。



「…………こりゃっ、そろそろやめんかい」
「え!? あ、ああ……」

 突然の喜助さんの声に、びっくりして手が止まる。
 せっかくいい感じに集中できていたのにと、つい恨みがましく喜助さんを見てしまった。

「そんな顔してもいかん。もう一時間以上ナイフを振っとる。時間は有限、いったん休止じゃ」
「……そんなに時間がたってたんですか?」

 驚く俺に、喜助さんがあきれ顔で答えた。

「そうじゃよ。……あれじゃなぁ。おぬしは一つのことに集中すると周りが見えんようになるの。修練を積むにはもってこいの資質かもしれんし、普段ならほっとくのも手じゃが……。今回は時間が無いし次に移るぞ」

 喜助さんがニヤリと笑う。

「何せ今日中に一通り体験してもらわないかんからの」

 え!? ちょっと待って。今日中に一通りって、それって相当なハードスケジュールじゃないのか?

「なーに驚いとる。いつもいつも時間をとれるわけじゃないんじゃ。できるときに駆け足にでもやっておいて、後々一人で練習できるようにしとかんといかんじゃろうが」

 そう言いながら喜助さんは、何やらメニューの操作をする。
 ほどなく、俺の目の前に【デュエル YES/NO】とウィンドウが開いた。

「え、これって……」
「次は演習じゃな。一度攻撃が当たれば終了にしてある。なあに痛覚設定も下げてあるから大丈夫じゃ。ほれ、はよう承諾せんか」

 喜助さんの勢いに飲まれデュエルを承諾してしまう。
 すると小部屋いっぱいにデュエルフィールドが展開された。
 喜助さんはそれを確認するとオリゴナイフを構えた。やや前傾姿勢になりこちらをうかがっている。
 なし崩しに俺も教えられた構えをとる。

「…………」
「ほれどうした。そっちからかかってこんのか? はようせんとこちらから行くぞ」

 一歩踏み出す勇気が持て無い俺を、喜助さんが体を揺らすようにして挑発する。
 ……だけどそうだ。喜助さんのあの流麗なナイフさばき。避けられるイメージがわかない。
 ならこちらから行くしかない。

「――ふっ」

 がら空きの顔をめがけナイフを突いていく。
 大丈夫、さっき何度も練習した軌道だ。
 ――――当たる!

 そう確信した瞬間、喜助さんの顔がそらされた。
 伸ばした右手が、喜助さんの左手に絡め取られる。

「ぐあっ」

 そのまま関節を極められ、背中が反らされた。

「ふむ、ちゅうちょ無く顔面を狙ってきたのはよい点じゃ。以外と避けづらいし、大きく避けて隙をさらす者も多い」

 講釈する喜助さんに反撃を試みるが、きれいに関節を極められてるせいか、思うように動けない。

「ま、ワシ慣れとるから隙はさらさんが……。後、早くあいた左手を使うなり関節を外すなりして逃げんと負けるぞ。こんな風にの……」

 トントントンと喉、腰の上、股の内側に喜助さんはナイフを当てる。

「さて、これでワシの一勝じゃな」

 そう言って、喜助さんは俺を解放した。

「……んぐ、……はぁはぁはぁ」

 痛覚設定を下げているというのは本当だろう、痛みを感じない。なのに冷や汗が止まらない。何か根源的な恐怖を感じる。

「さっきさわったのはどれも人体の急所じゃな。リアルで刺されれば、激痛でのたうつか出血多量でころんと逝くぞ。ああそうそう、さっきの場所に何度も攻撃を当てれば〈ブラッディ・ダガー〉の模造アーツになる。覚えとくとええ」

 そう言いながら、首筋に手を当て血が出てないか確認する俺を、喜助さんが見下ろす。

「どうじゃ、案外怖いもんじゃろう」
「はい……。ナイフを当てられた瞬間、終わったと思いました。……それに、ナイフを持っていない腕をあんな風に使うのにもびっくりしました」

 俺の言葉に喜助さんは笑顔を見せる。

「ふむ、ええ所に気がついたの。ナイフはな、それ単体で使うことは少ない。左手で捌き、蹴り、投げたり決めたりしながら使うもんじゃ。何ならナイフを手の延長に見立てて関節を決めたり、ナイフを首にかけて投げるなんて事もできる。ま、俗に言うナイフ格闘術だわな」
「なるほど……」

 そういや映画で見るナイフ使いって、蹴ったり殴ったりすることも多かったな……。今更ながらに思い出す。

「ついでじゃ。一つ良いことを教えておいてやろう。格闘や投げな。あれ、スキルが無くてもそれなりにダメージは出るぞい。もちろん本職にはかなわんが、自分の肉体を使うのにスキルはいらんということじゃろ。これも覚えておくとええ」

 なんだと!?
 うかつだった。もしそれに気づけていれば、マーモット相手にあんな苦労をしなかったかもしれないのに……。
 ……ん? となるとナイフの扱い覚えてるのってもしかして遠回りなんじゃ……。

「ま、下手にスキルなしで使うと、反動でダメージが来ることもあるから気をつけんといかんがな」

 模造アーツと一緒の理屈じゃと喜助さんは言った。
 なるほど、それなら下手に手を出して無くてよかったといえるな。

「さて、さっさと立たんか。まだ始まったばかりじゃ。次にいくぞ」

 喜助さんから改めてデュエルの申請がされる。
 それを承諾しつつ、俺は立ち上がった。



 そこからの一時間は、控えめに言って地獄だった。
 何度も、何度も何度も喜助さんから「これで一死、……これで二死」と死亡を宣告される。
 投げられ、極められ、いつの間にか裏を取られ延髄にナイフを当てられたこともあった。

 そうして体感した動きを、今度は一人で再現していく。ゆっくりと……、喜助さんの動きをなぞるよう正確に。
 動き方を体に覚え込ませるのだ。[感覚]のステータス値のせいか、はたまた〔武器習熟〕のアビリティのせいか、動きに慣れるのが早い気がする。

 …………喜助さんがぱんと手をたたいた。

「さて、こんなもんじゃろ。やっぱりゲームはええの。演習も楽にできるし動きがすぐに体になじむ」
「やっぱり現実だとこうはいきませんよね」
「そりゃあ、の。ただそれを割り引いてもおぬしは飲み込みがいい。現実でもええ所までいけるかもしれん……」

 しごきがいがある、などと不穏当なことを言い始める喜助さんに、俺は首を横に振って答えた。

「いや、現実では結構です。こんな体験、リアルでしたくありませんよ」
「そういうな。今の状態でもこれだけ刃物になれたんじゃ、暴漢程度ならあしらえるじゃろ。それにのぉ……。己を、そして己の大事なものを守るためには、ちゃんと力を身につけておくべきなんじゃぞ」

 笑みを浮かべる喜助さんの瞳が、一瞬鋭くなる。

「このゲームにはレーテメモリアの件もある。忘れてしまえば意味が無いとおぬしは思うかもしれん。じゃがそれは間違いじゃ。あれは思い出せなくなるだけで、その経験はしっかりと胸に刻まれておる。特におぬしは……」

 いやと喜助さんは首を横に振る。

「ま、こんな経験、現実で使わないにこしたことはないがの」

 喜助さんが俺の肩をぽんとたたく。重苦しい空気がふっと霧散する。

「さーて、これで演習は終わりじゃ。ようやく実戦に移れるの。ゴブリンを探しに行くぞ」

 喜助さんの発言に俺は耳を疑った。

「実戦って……、いやいや喜助さん知ってますよね。俺スキル持ってないからほとんどダメージが与えられないって。それともさっき言ってた格闘とか使って倒せって言うんですか?」
「いや、もちろん手に持っとるオリゴナイフを使ってもらうぞ。ほとんどダメージが与えられんのならちょうどよかろうに。なにせ急所に当てても倒れん。しかも逃げずに向かってきてくれる。これほど都合のいい相手はそうおらんぞ」

 にんまりと笑う喜助さん。
 それって何度も急所を狙って刺せって言ってますよね。さすがにドン引きです……。
 薄々感じてはいたが、喜助さんの歓声って現代人離れしている気がする。
 これは年のせいなのか、はたまたゲーマーのサガなのかは知らないが……。

「ほれ、何をぼさっとしとる。はよういくぞい」

 小部屋を出る喜助さん。背中を見せてるというのにそこには隙が無い。
 うん、この人が特別なんだな。年取ったりゲーマーだったりするだけで、こんな立ち振る舞いができるわけはないだろう。
 俺はその背中を小走りに追いかけた。


 ◆


 あの後、ご飯休憩を挟みつつ、喜助さんの宣言通りゴブリンとの実戦を続けた。
 だけどな……、正直に言おう。喜助さんとの演習の方がきつかった。
 何というか、ゴブリンがいくら武器を振ってきても怖くない。
 スピードはそこそこあるんだろうけど、避けて刺す、極めて刺す、投げて刺すの繰り返し。
 なんか拍子抜けだった。

 そんなゴブリンいじめ、もといゴブリン退治を喜助さんとの演習を挟みつつ終えると「もういいじゃろう」と喜助さんが声をかけてくれた。
 どうやら今日の所は終わりにするらしい。
 そして最後にと、いくつかのアーツを見せてくれた。相手を状態異常にするもの、隠密状態から致命的な一撃を与えるもの等々だ。
 どれも補助的な使い方をするものばかりだったが、よくもまあそんな数のアーツを持っているものだと感心する。あくまでナイフはサブウェポンだろうに……。

 そんなこんなで遺跡から出ると空が赤く染まっていたわけで、今は走って“妖精のとまり樹亭”に帰っている。
 日が暮れる前には帰ると言ってたのに、これでは時間ギリギリ。歩いていれば遅刻をしてしまう。
 おっちゃんたちが帰って来てれば良いけど、そうでなければ、ユエちゃん一人のお留守番だ。
 お店の防犯はしっかりしてるから一人でも安心して任せられるらしいが、それでもさみしいだろう。
 急いで帰らなければ。

 帰り着いた“妖精のとまり樹亭”。
 肩で息をしつつ見上げると、その明かりは消えていた。町外れにあることもあって真っ暗だ。
 おっちゃん達は帰ってきてないのだろうけど、ユエちゃんはどうして明かりをつけていないんだ?
 そんな疑問を浮かべながら扉に手をかける。

 ガチャリ

 鍵はかかっておらず扉は開いた。
 おかしい、ユエちゃんが鍵をかけてないなんて、何かあったのだろうか。

「……ただいま」

 怪訝に思いながらも声をかけ扉を開いた俺の胸に、どんっと何かがぶつかってきた。

「おにーちゃん! おにーちゃん助けて。おとーさんとおかーさんを助けて」

 胸にぶつかってきたのはユエちゃんだった。
 くしゃくしゃの紙を握りしめ、泣きはらした顔のユエちゃんが俺を見上げ、助けてとつぶやいた。
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